十三人峠の白装束の集団
「テニスサークルに横山って言う高校からの友達がいるんだが、奴らがサークルの合宿で行った奈良県の話しだ。夜、買出しで先輩と車で峠道を走っている時に遭遇したんだと」
「奈良県?」
「大学のセミナーハウスがあるんだよ」佳奈が補足する。
「ああ」
「深夜12時をまわってて真っ暗な道を明かりもつけづに歩いてきたんだとさ……しかも年寄りから子供までみんなボロボロの白装束姿で音も立てずに……」
「……」
「……」
声も無く聞き入る二人。
「人も街頭も無い真夜中の山の中だぜ……なあ、怖いだろう?これって絶対幽霊だよな…… 俺自分で話してて鳥肌立っちまったぜ」
裕二が両腕を抱いて身震いする。
「先輩……どう思います?」
視線を硬直させていた佳奈がクルリと瞳を優希に動かした。
「今の話だけではな……本当に新興宗教の行なのかもしれないし……」
大手の宗教団体ならともかく、新興宗教ともなるとこの日本にどれだけあるかは知れない。その全てを把握するのは不可能だった。
「公になってるならまだしも、秘教になってくるとその教義すら不明だからね……」
「中には深夜に山の中を歩くのを行とする宗派があるのかも知れない」
密教など山岳宗教ではよくある行である。
「ですよね」
佳奈はキーボードを操作するとモニターを見つめた。
「十三人峠?……出ないわね……」
「ああ、十三人峠って言うのは通称らしいですよ」
「通称?」
「本当の名前は知らないですけど」
「ふむ……」
佳奈は腕を組むと何か思案し始めた。
同じく思案していた優希が席を立った。
「やっぱり体験した本人に聞くのが一番だな」
優希は席を立つと裕二に合図する。
「待って……」
佳奈がその背中に何か言いかけた。しかし、差の先が続かなかった。彼女自身考えあぐねているようだった。
「先輩?」
「そうだね……」
彼女は言葉を濁した。
「本人には今話が聞けるのか?」
「それなら大丈夫だ」
優希と裕二が二人連れ立って部室を出て行くのを佳奈は不安げに見つめいた。
裕二の友人の横山はすぐに捕まった。
いかにも「テニスサークル」的な彼はカフェテラスのテーブルで数人の女子に囲まれて何やら盛り上がっているようだった。
「なんか、入りづらいな……」
女子と盛り上がってるなかに入っていって「怪談聞かせて」とは言いづらい……などと優希が思案していると裕二は構わず声をかけた。
「なあ、あの話しもう一度聞かせてくれるか」
横山は不意に横槍を入れられた事に一瞬〝ムッ〟っとした顔をしたが裕二と知ると普通に笑った。
「お前も本当に好きだよな」
「そういうサークルだからな。それでこいつが同じサークルの優希、こいつが本人から聞きたいって言うんで連れて来た」
「よろしく」
優希が挨拶すると横山が〝ニッ〟と意味ありげな笑みを浮かべる。
「裕二から聞いてます……こういう話がすげー好きな人だとか……」
「まあ、そんなとこですね……」
優希も連れれて笑う。
人によってはあまりこういった体験を話したくない人もいるので「よかったらでいいんでけど」と水を向けるが、彼は余り気にするタイプでもなく「大丈夫っすよ」と軽く言って話し始めた。
「テニスサークルの合宿は奈良にあるセミナーハウスでやってたんだけど、すげー山の中にあるんだよ……」
付いた日はもう遅かったのでその日はみんな直に寝ちゃって翌日からサークルの活動を始めたんだ。
日中はみんなでテニスをして夜は肝試し、まあサークルはどこもこんな感じだろ……で、真ん中の日の夜、一緒に合宿してたバスケサークルの連中と飲み会をすることになって俺と先輩とで麓まで買出しに行く事になったんだ。
先輩の車に乗ってハウスを出たのは11時を少し回った頃だったと思う。
民家はおろか街頭さえ無い真っ暗な山の中を俺達は車のライトだを頼りに峠を下っていった。
動く物も無ければ物音の一つ無い寂しさからラジオをつけていた。
ラジオから流れるDJの軽快なトークは俺達に人の世界と繋がっているという安心感を与えた。
車のライトさえ吸い込んでしまいそうな漆黒の闇に中、コーナーを照らす時だけ光が闇を照らした。
「先輩……コンビニまであとどれくらいです?」
「うーん……もうすぐだと思うが……ナビはどうなってる?」
「ナビは……あれ、地図出てないですよ……ナビの情報古いんですか?」
「そんな事はないだろう、昼間はそのナビで来たんだから」
「ですよね……もしかして壊れたとか?」
「えーっ……まじかよ……」
先輩がナビを操作する。
「あれ……本当に壊れたか……」
「道を間違えたって事は?」
「それは無いだろう上から降りてくるとほぼ一本道だからな」
その時にはまだそれ程慌ててもいなかったんだが、それから暫く走っても一行に何も見えてこない。
流石におかしいと思って車を止めると車外に出て辺りを見回したんだ。
「何か見えるか?」
「いいえ、何も……」
遠くに街の灯りとか期待したんだが何処を見ても山しか見えなかった。
「なあ、わかるか?確かにすげー山の中だったがこんな深い山では無かった筈だったんだ。それに、空さえ漆黒に塗りつぶされて星さえ見えなかった……セミナーハウスを出たときには空には星が出てて木々の隙間から下界の街灯りが見えてたんだぜ!」
横山はその時の事を思い出したのか早口で捲し立てる。
興奮してるのが傍からも見えて優希にもその時の彼等の恐怖が伝わって来るようだった。
「それで?」
「それで……それで車に戻るともう一度ナビを弄り始めたんだ。とにかく今自分達がどうなってるのか知りたくて……携帯もなぜか圏外になってるし……夢中になっていてふと気づいたら辺りに霧が立ち込めてくるんだよ……ゆっくり……音も無く……まるで辺りを覆い隠すように……」
霧は数分もかからず辺りをすっかり包んでしまった。
「だめだ、前が全然見えねえ!」
先輩が暫くライトをカチカチ動かしていたが目の前の霧を白く光らせるだけだった。
「霧が晴れるまで動けねえな」
「今車が来たら危なくないですか?」
「この霧だからな……他の車も停まってるさ……まあ、俺敵には誰か来てくれた方がありがたいけどな……」
状況も分からないまま立ち往生する事になって……暫く外を見ていた俺の耳に何かが聞こえたような気がしたんだ、それで「先輩、今……」って聞こうとしたら、
「何か聞こえたよな……」
って先輩も少し青い顔して言うんだよ。
〝ずずずずずずーっ〟
二人は顔を見合わせ互いに耳を済ませる。
〝ううううううううっ〟
「ラジオから……聞こえてません?」
「ノイズ……?いや……これは……外からだな……」
「車でも来るんでしょうか?」
「この霧の中をか?」
なんにせよ状況を確認するためにとりあえず車外に出て見る事にした。
夏の山のはずなのに虫の声一つ聞こえない。
次第にノイズが近づいてくる。
懸命に聞き耳を立てていた先輩が搾り出すように呟く。
「人の声……しかも大勢……それがこっちに来る……」
「先輩、冗談はやめてください」
「……いや……」
声は間近にまで迫っていた。
〝おんおんおんおん〟
それは大勢の人間が何かを唱えているように聞こえた。
「お経じゃねえ……」
「こんな時間に……なんで……」
「知るか、それより隠れるぞ!」
「え?」
「こんな場所でこんな時間、絶対見ないほうがいいに決まってる!」
先輩はそう言うと道脇の草むらに身を隠した。
俺も気になはなったけど、だんだん近づいてくる声に恐怖を感じて先輩の隠れている草むらに逃げ込んだんだ。そうしたら……霧の中からまるで溶け出して来るように人が現れたんだ。
次々、本当に次々、年寄りや、若者、そして子供まで揃いの白装束を身に着けて……
白装束もかろうじて分かる程度で全体に薄汚れてボロボロだった。
「特に怖かったのはみんな目が無いんだ……いやそう見えたんだ……ポッカリ空洞になってるように……でも良く見ると目が……黒かったんだ……真っ黒……」
「……」
聞いていた二人が思わず咽を鳴らす。
そして、その一団は口々にお経のようなものを唱えて目の前を通り過ぎていくと出てきたときと同じように霧の中に溶け込むように消えていったんだ。
「俺も先輩も全然動けなくて……」
やがてお経のような声も遠くへ離れていき聞こえなくなった。
気がつけば霧もすっかり晴れてて木々の隙間から街の灯りが見え空にも星が戻っていた。
「しかも、俺達が車で出かけてから3時間もたってたんだ。普通でも30分でいけるような距離にだぜ……もう何が起こったのか全然分からなくて……まるで夢でも見てたみたいだったぜ」
話しを終えた彼の顔は真っ青になっていた。
「なあ……俺が見た“アレ”って何?」
二人ともそれに即答は出来なかった。
話しを聞き終えた後優希は気になった幾つかの質問をする。
「その集団って何人くらいだった?」
「20人くらいかな……年寄りから子供まで含めて……」
「20人……13人じゃないんだ……」
「13人?」
横山は首を傾げる。
「いや通称で十三人峠って呼ばれてるんだろう……その集団の幽霊に関係してるんじゃないんかなと思って」
「ああ……通称の由来か、それなら確か戦時中にあの峠で十三人の村人が事故死したからじゃなかったかな……」
横山は地元の人に聞いたという話をする。
「じゃあ十三人峠とその白装束の集団は関係ないのか……」
「まあ、それじゃああまりに安易すぎるよな」
優希は自分を納得させるように呟く。
「白装束の集団は最近現れるようになったんだと思うぞ」
横山はそんな優希に指を軽く振った。
「どうして」
「セミナーハウスに戻ってから皆にその話しをしたんだけど、地元の人達もそんな話は聞いてないって言ってたから……だから昔からあった話しじゃなくごく最近現れるようになったんじゃないか」
裕二も横山に同意する。
「セミナーハウスはもう何十年もあそこにあるんだし、そんな昔から出てたんなら噂になってるだろう」
「だよな……」優希も頷いた。
「だとしたら、その集団って何?」
「幽霊なのは確かだな」
「……どうして?」
「何となくだけど、人の髪型が今風じゃなかったような」
「ちょんまげだったとか?」
「いや、そこまで古くない……明治、大正、昭和の戦前、位かな」
「なら少なくとも百年位前の幽霊って事か……それなら何とか調べられるか……」
「あ、そうそう……幽霊が口にしてたのって先輩はお経って言ってたけど、あれは祝詞だと思う」
「祝詞?……じゃあ神道系か……」
優希は腕を組んだまま唸る。
「そんな昔の幽霊がなんで今更……」
「その幽霊はさ……まるでゾンビ見たいだったよ」
「ゾンビ?」
「歩き方がさ、まるで映画のゾンビ見たいでさ……何ていうのかな……魂の無い動く死体……見たいな」
「うへー、何だよそれ、すげー怖いじゃん!」
(また……魂の無い……動く死体……)
優希の中で何か得体の知れない不安が大きくなっていく。