第0話 季節の止まった王国
「動かぬならばこちらから動く──そんなことが我らに赦されるのか」
部屋の中央にぽっかりと浮かぶ、楽団を模した人形たちが楽しげに曲を奏でると、剣を象り交差する針先が僅かに角度を変えた。ホログラム式の魔法時計である。
王はそれを一瞥し、窓から覗く景色にゆるりと視線を移す。
四季折々に表情を変える……はずだったもの。しかしもう5年もの間、それは春を迎えた状態のまま静止している。
だからと言って、時が止まっているわけでも、周回しているわけでもない。ただ歪に、全てがまるで泥のように停滞しているのである。
「神が不在であるならば、もはや是も非もありますまい。全ては陛下の御心のままに」
「創造主は、やはり?」
「ええ。我らは見捨てられたのです」
問い掛けるまでもなく、答えは分かっていた。重苦しい沈黙が2人の間を支配する。
【幻想国家・メタトロン】の国王たるヨハネス=シュテルンベルクと、彼に直属する騎士団、焔の団長ヴィクトール=キーファ。
ここは王の私室である。とはいえ過度な調度品などは置かれていない。
主従関係にありながら、同い年の彼らが、友として胸襟を開くことができる唯一の空間であった。
「何故、このような事態に……」
嘆息とともにヨハネスの口から漏れたのは、もう何度目か分からぬ疑問。
彼らには敵がいる。意思の疎通がまったく図れない相手であるが故に、何処から、何を目的に現れたのかさえ定かではない。
その〈異質さ〉から、共存の可能性など初めから検討すらされなかった。それは非常に攻撃的で、種としての根元的な拒絶反応さえ引き起こす。
【招かれざる者】。
名も無き敵は、最大級の恐怖と嫌忌を込めて、いつしかそう呼ばれるようになった。
だがそれは予定通りのことであり、彼らとて何の備えもしていなかったわけではない。メタトロンは平和然とした国家ながら、厳しく訓練された軍隊や諜報機関、工作部隊までを幅広く揃える。
問題は敵への対処が一向に進まぬこと。正確には、急先鋒となるべく存在が、どれだけ待っても姿を現さぬことにあった。
その者が居なければ、この世界は始まりを知らぬままなのだ。
払われぬ危機。かといって滅びもせぬ国家。
滅亡に瀕したまま前にも後ろにも進むことができず、先の見えない戦いに疲弊した人々。
それを統べる王がヨハネスであり、軍事面の最高責任者がヴィクトールである。
「準備はほぼ、整っております。後はリーシュ=フォレストを説き伏せるのみ」
「【魔壊のリーシュ】か! しかし奴は……」
「委細承知。だからこそ奴が適任なのです」
皆まで言う必要は無かった。メタトロン中を旅して回ることが可能なのは、招かれざる者に抗し得る者だけ。即ち、最強の騎士たるその男だけである。
無論、それだけが理由ではないことも、王は言外にて理解していた。
「さらに大神殿の巫女様が、既に出立のご意志を固められたとのこと。ご決断までの猶予はもう幾らも御座いませぬ」
「何と……イリア様が?」
本来なら、然るべき者の導きにより大事を成すはずの【紅涙のイリア】。王権でさえ自由にはならない大神殿の巫女までが動くとなると、待つべき時の終焉をヨハネスも認めざるを得ない。
決意を固めた王は、首を短く縦に振る。
「まさか、我らの方から【プレイヤー】を探すはめになるとはな」
物語の舞台は【エターナル・メモリーズ・オンライン】、略してEMO。
そして人工知能を持つ遊戯の登場人物。それが彼らだった。
タイトルロゴは桔梗様からの頂きものです。