姫と奴隷君③
エナメル聖教国の若き法皇エメラーダ
それはトリニティがレツと出会って数年後に作った肩書きだ。
それにより、彼女の名前は
トリニティ・レオ・アメージュ第1皇女から、エメラーダ・エナメル・トリニティ・アメージュ法皇と言う肩書きに変わった。
長くて覚えられないよ!
まぁ、王位継承権を破棄して手に入れた安定職だとも言える。
他国で言う大公みたいな分家扱いなのだ。
ここはアメージュ国内の郊外に作られたトリニティが治める自治区だ。
国を名乗ってはいるものの、完全なアメージュ国の付属的な衛星学園都市だった。
なので、諸外国には国とは呼ばれて居ない。
エナメルでの彼女の仕事は、この地では独特だったが、日本だと懐かしい手法だ。
幼稚園保育園施設で幼児を預け、女達や年寄りの仕事先を増やした。
小学生から中学生くらいまでの子供を寮付きの学園で文字計算魔法武術医療工作理科家事料理一般と言った基礎教育を受けさせるシステムを作り上げた。
その先は、この世界は15で成人扱いになる為、専門分野の学校に行くか。
就職し仕事や家庭に入る事となる。
似たようなシステムも有るには有るのだが、これまでは貴族専用だったそうだ。
又、神力や魔法に頼らない知識を与えた医療機関を増やし。
衛生面を強化して浸透させて、重病人や怪我が重篤な人以外の患者の死や重症化を防いだりして居た。
そんな訳で、何も知らない異世界人達はコロっと皇女に騙される。
素晴らしいお方だと騙される。
そして、純粋な民な下々になればなるほどトリニティが女神の生まれ変わりとか聖女とかの眉唾話を真に受ける事となる。
そりゃ、怪我や病気治すたびに。
「女神レルファ様の御導き故ですわ。」
などとキラキラ美少女スマイルで、毎回洗脳チックに言ってればなぁ。
トリニティの自称や他称は多いのだが、特に多いのが眉唾宗教レルファ教の創造神な女神レルファの生まれ変わりと自称する事だ。
何で眉唾かと言うと、トリニティの広めた宗教だからだ。
皇女の奇行は、ぶっちゃけ国の上層部では有名なのだが。
父である皇帝陛下が過保護にそれを容認して居て誰も逆らえない。
後はレルファ教の聖女とも言い張っている。
なまじっか、回復術や破邪っぽい力が有る上、国内に彼女より能力が上の者がいない事も増長させる原因だろうと思っている。
周囲のたいこ持ちがイエスマンしてるんだもの、すっかり天狗だよホント。
と言うか、彼女の魔法に頼らない医療知識は、日本的過ぎて転生者だと疑っているが、まぁだから何だって感じなので僕はスルーしている。
もし、元日本人だとしたら。
相当デンパな前世だったんだろうなぁ、今も相当だけども。
しかし、聖女?女神?
俗物のこいつが?性女じゃねえの?
イヤイヤ、まさか、アリエナイっしょ?
嫉妬深く我儘で独占欲の塊で、気短で傲慢で他人を思いやれないこの皇女からは、清らかで清廉なカケラも感じない。
せいぜい魔王とか悪魔とか邪神なら納得出来るんだけどな。
じゃあ諌めようとするんだけど、僕は奴隷なので否定的な行動や発言が彼女には出来なくなる魔道具の隷属首輪が付けられていて、こうやって心で呟くだけだ。
彼女には腐れ縁的な気心も出てはいるのだが、同等ではない。
あの、翡翠・風魔君と言うお兄さんへの歪な独占欲の手伝いは本当怖い。
完全に数年レベルのヤンデレストーカーなんだもの。
でもある日、僕は思い出してしまった。
彼、翡翠お兄さんは死ぬ直前にハマってたゲームの主人公なのではなかろうか?
新機種参戦で新機能てんこ盛りにしたら別ゲームになってたけど、面白いからいいよね?って感じなやりこむゲーム。
タイトル忘れちゃったよ。
恋愛要素がほぼオマケになってたのはご愛嬌で、ファンも二分したらしい。
ゲームでは、トリニティは完全なるモブだ。
ストーリーには街の噂で名前がチラッと出たくらいで、全然登場キャラに絡ま無いはずだった。
もしかして、二次創作界隈でよくあるメイン乗っ取りとか転生者俺ツェーとか逆ハーとか、そんなアホな事をやろうとしてるのだろうか?
そして無意識に黒幕隠れボスが彼女に入れ替わった?
前世のゲームの記憶を細かく思い出してトリニティの奇行を繋げると、僕は気絶した。
あの皇女がとんでも無く怖い。
どうしよう。
なんて事を手伝わされているんだよ、僕は…。
ごめん、ゴメンよ翡翠お兄さん達。
何で僕は奴隷になんかなっちゃったんだろう。
逆らいたい気持ちが激しくなって、とうとう気絶に繋がったのだろうか?
その日から3日程僕は魘されながら意識を失った。
目覚めると、髪が真っ白に色が抜け落ちて居た。
ショックで白髪化って奴だろう。
丸坊主にしたら治るかな?
感情と思考は冴え渡って居た。
今は何も感じない。
防衛本能は気絶で働いたのかもね。
多分ちょっと心が壊れたのかも?
「まぁ良かったわ、気付いたのねレツ。
わたくしの術が効かずに3日も意識が戻らなかったのよ。
本当、目覚めて良かったわ。」
だが俺は、感情の抜け落ちた無表情で視線だけ彼女に向ける。
そして、淡々と言葉をかえした。
「申し訳ありません。
直ぐに仕事に戻ります。」
人形のようになってしまったレツを見下ろす。
「レ…ツ?
貴方髪の毛が白く…。」
子供にさせるには酷な事を散々やらせて居た自覚のないトリニティは、年相応だったレツが心を病んで変わってしまった事に戸惑う。
いや、何故こうなったのかも理解不能だろう。
そしてそれは、トリニティの最後の心を守って居た微かな人間性的な物も自ら壊した末路だったが、それに気づくのはもう少し先の事だ。
「ではティー様、指示されて居た方々の調査結果はこちらになります。
では俺は次のターゲットの行動範囲を予調べたものをまとめて置きます。」
でわ、と足早に医務室から出て行ったレツを、ぼんやりと眺めて呟いた。
「白髪化?俺呼称?
寝込んでる間に貴方一体何があったのよ、レツ。」
わからない、わからない、ワカラナイ。
困惑するトリニティに、開いた窓から吹き抜ける風は、雨を含んでじっとりとして居た。




