2.調整者達の領域
「わっ!?」
扉に引き込まれた後、少しの間僕の身体は球体達に包まれて浮遊した。
そして、扉を抜けた先でゆっくりと身体を降ろされた。
「着いたのか?うわっ~!」
僕は異世界に着いたのかと周囲の状況を確認した。するとそこには、ひどく幻想的な光景が広がっていた。
澄み渡る青い空。流れ行く白い雲。その下に広がっているのは、色とりどりの花を咲かせている多種多様な樹木の森林に、その足元に広がる無数の花畑。また、その森林と花畑を囲むように無数の崖が各所に見受けられるのだけど、その崖もかなり美しかった。透き通るような水晶のような表面。豊かで明るい色彩。そこに太陽の光りが当たる度に、窪みや出っ張りで光りが屈折しながら煌めいている。その輝きはまるで、宝石のような美しさがあった。
その美しい空間を、【調整者】達が縦横無尽に踊っている。球体の身体を蛍火のように淡く光らせ、花と花、崖と崖の間を気の向くままに舞っている。その姿は、まるで妖精のように見えた。
「すごいなぁ!うん?」
しばらくその光景に魅入った後、僕は誰かにローブの裾を引かれた。誰が引いたのだろうかと裾元を見てみると、一際大きな球体。【調整者】が僕のローブを引っ張っていた。
「ええっと、どうかしたのか?」
『・・・』
「・・・」
僕の質問に、相手は無言を返してきた。いや、本当は何かを僕に言っているらしいことは何となくわかっている。しかし、その言っている内容が僕にはさっぱり伝わってこない。お互いに会話をする意思があっても、これじゃあ話しを先に進めることは不可能だ。
「うん?」
どうしたものかと悩んでいると、突然目の前に【星導のグリモアール】が出現してきた。そして、一人でに本が開いてページが勝手にめくれていった。やがてあるページでその動作が止まると、【星導のグリモアール】から数枚のページが抜け落ち、僕と【調整者】の間に滑り込んできた。
「ええっと、いったい何が?おや?」
何が起こるのだろうかと見ていると、抜け落ちたページに【調整者】が触れた。すると、今まで白紙だったページに何か文字が浮き出てきた。
「ええっと、何々。……契約書?」
その文字を読んでみると、そこには目の前にいる【調整者】との契約に関する内容が書かれていた。
契約内容は簡単なもので、【調整者】は僕との【契約】に同意する。
同意後、僕のサポートを開始する。
いつどこにいても僕の召喚に応じる。
大まかにはそんな内容で、ソフィアさんが口頭で説明してくれた内容とほぼ同じだった。違う点があるとすれば、契約内容の中に【調整者】が要求した時に形代を与えるという項目があったことだ。ダンジョンコアとの契約の時にはなかったけど、今回は向こう側に要求があるらしいということだ。だけど、この形代というのが何かは僕にはわからない。相手の立場を考えれば僕に害は無いと思うんだけど、このまま契約しても良いものなんだろうか?
「……良し!考えてもしかたがない、【契約】しよう」
少し考えてみたいが、現状では判断材料が少な過ぎるし、自分からでは現状を変えられない。ここはひとつ、勇気を出して相手のアクションに応えることにした。
僕が契約書に手を伸ばすと、契約書が二つに分かれてそれぞれ僕と【調整者】の身体の中に溶け込んでいった。そしてその直後、【契約】が発動して僕と【調整者】の間に繋がりが構築された。
『・・・』
「う、うん、わかった。<召喚>」
繋がりが出来た為、今度は【調整者】がなんと言ったのかわかったので、言われたとおりにダンジョンコアを召喚した。
すると【星導のグリモアール】から幾何学模様の魔法陣が展開され、召喚したダンジョンコアがその魔法陣からその姿を現した。
『・・・』
「わかった。ええっとまずは、モンスター生成システムにアクセスして、魂抜きの身体だけの生成を指定。次に生成するモンスターを選んでっと……」
僕は【調整者】に言われたとおりに、ダンジョンコアを操作していった。
「これで決定で良い?」
『・・・』
「わかった。それじゃあ<実行>っと」
最終確認をした後は、ダンジョンコアにGOサインを出した。
直後僕の着ている【星天のローブ】からダンジョンコアに向かって光りの粒子が流れていき、ダンジョンコアに吸い込まれていった。
それから少し待つと、今度はダンジョンコアからバーコードリーダーのような横長の光りが誰もいない空間に照射され、その光りが上下することで何かがその場にその姿を現そうとしている。
SF的な言い方をするなら、3Dプリンターのようなものなのだろうか?そんな出現のしかただと思う。
やがて光りの照射が終わり、指定したモンスターが完全に実体化した。サイズは20cm程度の大きさで、外見は透き通るような白い羽根を持った、同色の鱗と赤い瞳をした小竜の姿をしている。ただ、魂まで生成していないせいか、赤い瞳はガラス玉のようだし、全体的な印象もモンスターというよりはただの置物といった感じだ。
ダンジョンコアからの情報によると、このモンスターの名前は【精霊竜】。正規のモンスターではなく、隠し要素にあたるモンスターだそうだ。【調整者】はなんでこのモンスターを形代としてチョイスしたんだろう?
「おっ?おおっ!」
僕が疑問に思っていると、【調整者】が精霊竜に接近していき、そのままその身体に入っていった。少しすると置物のようだった身体に生気が宿り、ガラス玉のようだった赤い瞳が、好奇心を含んだ眼差しでくるくる周囲を確認し始めだした。
『適合完了』
少しすると視線が僕で固定され、甲高い子供みたいな声で【調整者】はそう口にした。
『良いものだよね、身体があるのって!』
「そうなのか?」
『うん!やっぱりあの姿だと、感覚器が無いからね』
「まあ、あの姿じゃねぇ…」
たしかにあの球体の姿には、目や耳などはなかった。そういう意味では、感覚器が無かったというのはわかる。そして、感覚器が無かったということは五感が無かったということ。何も見えず、何も聞こえない。何の匂いも感じず、何の味も理解出来ない。そもそも何かに触れたということさえ認識が出来ないはずだ。自分ではどんな風に感じるのかは想像もつかないが、そんな状況には絶対になりたくないものだ。
『我々はそれが普通だけどね!』
「我々……」
声が子供のものなのに、自称が我ということに違和感を覚えた。というか、【調整者】も僕の内心を読んでいる。僕の友人とやらの眷属は、人の内心を読めることが普通なのか?
『そういうわけじゃないよ!我々の場合は、さっき契約したからだよ!』
「…契約。そんな特性があるんだ」
『そうだよ!』
【調整者】が肯定しているので、そういうものだと納得しておくことにする。
というか、それよりも【調整者】の外見と声にあっていない複数系の自称がすごく気になる。話し方も子供っぽいだけに、その部分の違和感が半端じゃなかった。
『そんなに違和感がある?なら、自称は僕達とかの方が良い?』
「出来ればそっちでお願いします」
僕なら子供っぽくて違和感がない。
『わかった!なら今度からは僕達って言うね!』