1.旅立つ先、旅立った先
「いや、突然最初の運試しと言われましても…。この扉達って、どんな場所に繋がっているんですか?」
『いろいろな場所に繋がっているよ。人の生活圏からモンスターの領域、大国の王都から無人島まで、本当にいろいろな場所に繋がっているよ』
「バリエーションが多ければ良いというわけじゃないと思いますけど……」
『そこは運試しだからね、ハズレやハズレっぽい場所も混ぜとかないと、運試しにならないじゃないか』
「そもそもなんで運試しなんです?安全圏に送り出してもらうのじゃ、駄目なんですか?」
『駄目じゃないけど、人の出会いは一期一会。ランダム性を取り入れた方が、意外性や予想外の出会いを確保出来るんだよ。生活環境は確保してあげてるから、サバイバルとかとは無縁だし、そこまで気にせずに選んだ方が良いよ』
「はぁ…」
僕はぐるっと周囲を見回す。扉の外見に差はほとんど見当たらない。特徴があれば選ぶ参考にもなるんだけど、それは無理そうだ。
「うん?」
なのでとりあえず扉を順番に見ていると、いくつかの扉に引っ掛かりを覚えた。その引っ掛かりを覚えた扉達に意識を集中してみると、だんだんその扉達の周囲にそれぞれ色がついて見えてきた。
赤、青、黄色のような普通の色。明るい色に暗い色。様々な色彩が扉の縁を囲っている。
これはヒントなのだろうか?
だがそれだと、運試しとは違ってくる気もする。というか、この色が何を示しているのかがわからない。何を基準に配色されているんだろう?
『どうかしたのかい?』
「いえ、なんか扉を見ていたら、一部の扉の周囲に色が見えてきまして。何かのヒントかなぁっと、思いまして」
『えっ!』
「驚くってことは、ソフィアさんからのヒントじゃないみたいですね」
『う、うん。私はそんなヒントは出していないよ。けど扉に色か、何が原因なんだろう?……うん?これって……』
「何かわかりましたか?」
『どうやら、扉が接続した向こう側から干渉を受けているみたいだね』
「扉に干渉…。誰が何の為に干渉しているのかわかりますか?」
『ちょっと待って。……どうやら干渉してきているのは、【調整者】、【監視者】、【囁く者】達みたいだね』
「誰なんですか、その人達?」
結構おうぎょうな名前をしているけど、どんな人達なんだろう?
『向こうの世界では小精霊、小天使、小悪魔って呼称されている私の同胞達だね。おそらくだけど、あの方の友人である君を自分達の領域に招待したいんだと思うよ』
「ああ、なら危険はなさそうですね」
ソフィアさん達の関係者なら、僕に危険はないよね。
『うん?』「えっ!?」
と、安心したのもつかの間のことだった。突然色付きの扉が全て一斉に開き、扉の向こう側から無数の球体がこの空間に押し寄せて来た。
『どうやら君を直接招待するつもりみたいだね』
「そんな暢気なことを言ってないで、この事態をなんとかしてくださいよ!」
僕は無数の球体の波にもみくちゃにされながら、必死に抗議の声を上げた。
『そう言われても、とくに問題も無いしね』
「問題無いって!」
『だって【調整者】達は私達の側の存在。君の味方だよ。運試しは成立しなくなるけど、彼らの領域に連れて行かれるなら君の安全は保証されるんだ。なら、このまま波にさらわれて向こうの世界に旅立つのも、それはそれでありだろう』
「いや、それは結果論でしょう!!」
『たしかに結果論だけど、やっぱり問題は無いしね。それじゃあ、いってらっしゃい』
「ちょっ!?」
ソフィアさんがそう言った直後、球体の波がそれぞれの扉を目指して移動を開始しだした。僕は球体達に担ぎ上げられ、ろくな抵抗も出来ずに扉の方に持って行かれる。
幸いというべきか、彼らは僕の取り合いはしなかった。もしされていたら、僕の全身はそれぞれ引っ張られて、とても痛いことになっていただろう。
『どうやら行き先が決まったみたいだね。それでは良い旅を、セイヤ君♪』
僕はそのソフィアさんの言葉を最後に、虹色に縁取れた扉に引き込まれていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『行っちゃった。さて、君達はどうする?』
セイヤ君を見送った後、私は残った同胞達に声をかけた。
『『『・・・』』』
『そう、向こうで待つことにするんだ』
私の質問に答えた【調整者】達は、それぞれ自分達が出て来た扉から撤収を開始した。そしてほとんど時間をかけず、この空間にいた存在は全て退場していった。
『みんな帰っちゃった。さて、私も次の準備とかしておこうかな。……おや?』
私も帰ろうと思ったら、部屋の隅に何かが残っていた。
『どうしたんだい?君はまだ帰らないようだけど』
誰が残っていたのか少し気になったので、声をかけてみる。
『・・・』
残っていたのは、【誓約者】と呼ばれる同胞。数いる同胞達の中でも、向こうの世界でかなり重要な役目を与えられている存在だ。その彼がなぜまだここに居残っているのだろう。
『・・・』
『うん、うん、ほう。もうそんな段階にきているのかい?』
『・・・』
『そうか。セイヤ君も大変な時期に向こうに渡ってしまったな。まあ、ダンジョンがシェルターの役割を果たせるだろうし、ダンジョンに逃げ込んでくれれば問題は無いだろう。……だが一応、彼の行き先を確認しておいた方が良いな』
私はどうせ身内の領域だからと、調べようともしなかった彼の行き先を確認した。
『……辺境の地、【イストレア】。随分と人間達の生活圏から離れた場所に出るみたいだね。だけど、あそこはたしか向こうの世界で最大の【調整者】達の領域。それを考えれば、スローライフには向いている土地ではあるか』
『・・・』
『うん?それだけじゃないって?他に何かあったっけ?』
【誓約者】に言われて私は、何を忘れているのか記憶を漁った。
『あっ!』
そしてあることに思い到った。
『ああ、そうだそうだ、あそこの地には彼らが居たんだった!』
『・・・』
『えっ、どうするのかって?私はどうもしないよ』
『・・・』
『そうだよ。だって、彼らはセイヤ君の敵とは言えないだろう。むしろ、彼の後援者になってもらいたい相手だ』
『・・・』
『なら、なんで何もしないのかって?それは簡単だよ、私が何もしなくてもきっと【調整者】達がセイヤ君と彼らを引き合わせるだろうからさ』
『・・・』
『やっぱり君もそう思うかい?私もそう思うよ』
『・・・』
『そうだね、上手くいかなかったら私も介入するよ』
『・・・』
『うん、どうなるのか楽しみだよ。女神に邪神、悪神に偽神。魔王も勇者も人間も魔族も、誰もかれもどれだけ滑稽に踊ってくれることだろうね』
『・・・』
『もちろん選択するのはセイヤ君自身さ。彼の選択があの世界の道行を決める。そしてセイヤ君に対する行いが、彼らの道行を決定づける。せいぜい派手にザマァな展開を披露してもらいたいよね、あの方が笑い転げてしまう程の喜劇を』
『・・・』
『ふむ。愚かさには定評のある奴らだし、たしかにあらかじめ多少の方向性を持たせておいた方が良いかもしれないね』
『・・・』
『うんうん、それじゃあセイヤ君の為に、グランドクエストを用意しておくことにするよ。彼らがグランドクエストに右往左往するのを見て、セイヤ君はどう判断を下すだろうね?』
『・・・』
『うん、そうだね。【調整者】達と共に、あの世界を守ってほしいね。ヒール(悪役)ではなく、ヒーロー(英雄)になって』
『・・・』
『手伝ってくれるって?いや、君は自分の役割を優先してくれ。大丈夫、心配しなくてもグランドクエストの道行は君達に繋げておくからさ』
『・・・』
『うん、それじゃあ待っていてよ』
私がそう頼んだ直後、【誓約者】は扉をくぐってこの空間から去って行った。
『それじゃあ始めよう』
私は彼を見送った後、この空間に残されている扉達に目掛けて、私の力を分割して無数にばらまいた。
力は扉を越え、向こう側にある世界に散っていった。これでクエストの配置は出来た。さて、向こうの世界の住人達は、表で起きる騒動の裏側で起きる異変に気がつくことが出来るかな?
私は彼らの道行を想い、わらった。