15.忘却された誓約
「…どういう、こと?」
「どういう?そのままの意味だよ。君の先祖も、彼らと誓約を交わしていたんだよ。なのに、君の先祖達は君にまで誓約の内容を継承出来ていない。だから君達は、【忘却】のエアルハインなんだよ」
「……」
アマーリエは気まずいようで、シルフから視線を逸らした。
まったくの他人ならともかく、自分の先祖が約束事をちゃんと自分にまで伝えていなかった事実が、とても恥ずかしかったのだ。貴族は約束事や伝統、対面を気にするものだ。なのに、それがかけらも自分に伝わっていない。
これで相手が人間だったのなら、誓約の話しが嘘の可能性もあった。しかし、アマーリエが知るかぎり、精霊は嘘をつかない存在だ。むしろ、契約をガチガチに絶対遵守する相手。どこをどう見ても、アマーリエの先祖が誓約を蔑ろにしたとしか思えなかった。
「ねぇ、聞いても良い?」
「なに?どうかしたの?」
アマーリエが視線を逸らしていると、セイヤがシルフに声をかけた。
「その誓約って、破ったら何か起こったりするの?」
「……なんでそんなことを聞くの?」
「うーんと、僕の【契約】だと、破ったらペナルティーが発生するよね」
「発生するね」
『発生するよ!』
「だったらその誓約の場合は、どうなるのかなぁって、ふと疑問に思ったんだけど」
「セイヤはそんなことを気にしなくて良いよ」
「どうして?」
「セイヤには全然関係無いからだよ」
「…本当に?」
「ホントホント。ですよね!」
『そうだよ!セイヤにはまったく、全然、これっぽっちも関係無いよ!』
「……その言葉を信じるよ?」
「『うん!信じて信じて!』」
セイヤのその言葉に、シルフとラルはうるうるした目で信じてを繰り返した。
セイヤはラル達の言葉を信じた。だけどその半面、何かを隠しているというか、ごまかしているような感触をセイヤは覚えていた。
「僕に関係無いというのは信じるとして、そっちの二人についてはどうなの?」
「『えっ?』」
セイヤがアマーリエ達の方を見ると、ラルとシルフは視線をさ迷わせだした。
「ふ、二人についてもだ、大丈夫だよ!」
『そ、そうだよ!そっちの二人も大丈夫だよ!』
「……本当に?」
セイヤがじっと二体を見てみると、二体は冷や汗を垂らした。
「で、実際のところはどうなの?」
そうセイヤが再度聞くと、二体は互いに視線を交錯させた後、同時に頷き合った。
「ほ、本当に大丈夫だよ」
『そうだよ。ただ問題が無いのは、僕達の領域の中にいる限りってだけの話しで、ね』
「じゃあ、外で誓約が破棄された場合、二人はどうなるの?」
「『………』」
「どうなるの?」
「・・・誓約が破棄されたエリアもろとも、この世界本来の法則の影響を受けだすよ」
「するとどうなるの?」
『この世界との適応不全を起こして、現状を維持出来なくなるよ』
「現状を維持出来なくなる?それって、最終的にはどうなっちゃうの?」
「『滅亡だね!』」
異口同音。ラルとシルフの二人は、揃って彼らの終わりを告げた。
「「「…滅、亡」」」
ラルとシルフの声を聞いたセイヤと、シルフの声を聞いた二人の口からその言葉がこぼれ落ちた。
「…なんでそんなことになるの?」
しばらく沈黙が続いた後、セイヤはそう絞り出すように二体にきいた。
「それは当然だよ。だって、彼らがこの世界で生存する為に必要な誓約を破棄するんだもん。破棄したら生存出来なくなるのは、しごく当たり前のことでしょう?」
「因果関係的にはそうだと思うけど、具体的なところはどうなの?」
「それは誓約の内容に関係してくるから、秘密だね」
『それを知りたいのなら、知っている人間。誓約を今も伝承している相手に聞くしかないね』
「けど、セイヤなら【誓約者】達に直接聞いてみるのはありだよ。僕達は教えられないけど、誓約した本人達が教えることには、何の問題も無いからね」
「そうなの?」
「そうだよ。だって、僕達が誓約の内容を教えられない理由には、【誓約者】達の領分を侵さないという理由もあるんだもん」
「役割がきっちり、分かれているんだね」
『そうだよ!だって僕達は、その役割をちゃんとこなす為に生み出された【玩具】なんだからね』「……なんて言っていいのかわからないけど、自分の役目に誇りを持てているのなら、良いことだよね?」
「『もちろんだよ!』」
ラルとシルフは、元気良くそう声を上げた。
「…それで、その【誓約者】は何処にいるの?というか、達ってことは複数で誓約を結んでいるの?」
「うーんと、そうだけどセイヤが思っているのとは違う感じだよ」
「どういうこと?」
『【誓約者】達は一つのエリアにつき、一体が単独で誓約をしてるんだ。ただし、人間の方は複数人で誓約を結んでいるけどね』
「一つのエリア?それに、【誓約者】達の方はなんで単独なの?」
「それは誓約内容の違いのせいだよ。それぞれのエリアごとに、誓約の内容や条件が細かい違いがあるんだ。だからエリアごとに管轄を区切って、担当者が一括でそのエリアの誓約を遵守する仕組みなっているんだよ」
「へぇー、そうなんだ」
『それでさっきの質問についてだけど、彼女達のエリアを管轄している【誓約者】は、そのエリア。彼女達の国の王都にいるよ』
「へぇー、王都にいるんだ。てっきり、【調整者】達みたいに何処か特殊な場所にいるのかと思ってたのに」
「もちろん、そういう場所にいる【誓約者】もいるよ。ただ今回は、王都にいる方が都合がよかっただけでね」
「都合がよかった?」
『うん!』
「それは誰の、どんな都合?」
『それはもちろん、【誓約者】達の都合だよ。そして、その都合の内容はね』
「うんうん」
「王都があのエリアを構築した時の起点で、、【カサルテア】の末裔達が最初に降り立った地だからなんだ。【カサルテア】の末裔が最初に出現した場所だから、もっとも誓約を遵守するのに適した場所なんだよ!」
「「「カサルテアの末裔?」」」
シルフが言ったこの単語に、セイヤ達は同時に首を傾げた。転生したてのセイヤはともかく、アマーリエとデュオンの二人も今まで聞いたことのないようだ。
「……本当に忘却しやすいよね、人間って。忘れっぽくて、いい加減で、自分勝手。なんであのかたは、こんな人間達の存在なんかを許容したんだろうね?」
『うんうん』
シルフとラルは、心底不思議そうに首を傾げた。
「ああそうそう、カサルテアについてだったよね?カサルテアっていうのは、アマーリエ達の先祖の故郷の名前だよ」
「私達の先祖の?」
「そうだよ。君達のエリアに現在住んでいる住人達は、全員がカサルテアの末裔なんだよ」
「うん?全員が?」
セイヤはシルフの言葉に何か引っ掛かりを覚えた。
「そうだよ!」
『だけどそのことについては、今はお預けだよ。二人には聞かせられないからね!』
「わかった」
ウインクしてきたラルに、セイヤは小さく頷きを返した。




