14.シルフ
セイヤ、アマーリエ、デュオンが席に着き、ラルとアンノーンはそれぞれセイヤの隣に移動した。
「まずは自己紹介だね。僕はセイヤと言います。どうぞよろしく。それと、こっちの竜がラルで、君達二人をここに連れて来たこっちの黒猫がアンノーンだよ」
「私の名前はアマーリエよ。前は家名もあったけど、今はただのアマーリエね」
「俺の名前はもう知ってるだろうけど、一応名乗っておく。デュオンだ」
三人はそれぞれ自分の名前だけを名乗りあった。
「それで、あなたはいったい何者で、ここは何処なのかしら?」
「最初の質問は、僕は僕としか言いようがないね。今のところ僕には、他の人間に示すような立ち位置的なものが無いし、接触した人間は君達が始めてなんだ。だから、他人からの。他の人間達からの評価も、今のところはまったく無しの状態なんだ。答えようがないよ。ただまあ、君はデュオンが転生者であることは知っているかい?知っているのなら、僕はそれと類似した者であるという認識でいいよ」
「一応は聞いているわ。ただ、詳しくは理解出来ていないけど」
「こっちじゃ、あまり一般的な概念じゃないからな」
「そうなの?」
「こっちには輪廻転生とかの宗教観や、異世界に行くような物語は無いんだよ」
セイヤがデュオンを見ると、デュオンはそうセイヤに説明した。
「なるほど、文化的な違いってことなのかな?」
「だろうな」
「じゃあ君は、どんな風に転生者のことを理解しているの?」
「そうねぇ、昔のことをよく覚えている人とか、物知りな人って認識かしら?」
「なるほど。たしかに広義の意味では、それであっているね」
前世という昔のことをよく覚えている。異世界の知識。何処かにある村の経験則。何処かにある町の慣習。何処かにある国の伝統。何処かにある大陸の文化。何処かにある世界の技術。それらを知らない人からみれば、たしかに自分の知らないことを知っている他人は、物知りな人という認識になるだろうな。と、セイヤは思った。
「なら次は二つ目の質問について答えるよ。ここは君達がやって来た精霊の森。いや、ダンジョンの中枢部だよ」
「「精霊の森がダンジョン!?」」
アマーリエとデュオンの二人は、席から立ち上がってセイヤに詰め寄った。
「そうだよ。まあ、ダンジョン化しているのはあの森だけじゃないけどね」
「それはいったい、どういうこと?」
「あの森を含めて、山とか谷とかこの辺り一帯はすでにダンジョンの一部になっているんだよ。より正確に範囲を言うなら、精霊の領域全てになるかな?」
「「精霊の領域が全部ダンジョン化!なんでそんなことに!?」」
「その必要があったからと、【調整者】達にとっては、自分達の領域がダンジョン化しても困らないからだね。だって、自分達の領域をダンジョン化しているのは、同じ主に仕えている同胞なんだから」
「「調整者?」」
デュオン達二人は、セイヤが口にした耳慣れない存在に揃って首を傾げた。
「ああ、そういえばこの世界の住人達は、【調整者】達を別の名称でしか呼んでいないんだったね。この世界の住人達が【小精霊】と呼称する存在。彼ら本来の種族名は、【調整者】と言うんだよ」
「「そうなの?」」
「そうだよ。せっかくだから、本人に聞いてみるといいよ」
そう言うとセイヤは、デュオンの傍にいた監視役の【調整者】を手招きした。
「器はこれで良いかな?…そう。なら決まりだね。あとはお願い」
『了承。器の顕現を開始』
そして、セイヤは【調整者】の要望に合わせて器を指定。その後ダンジョンコアに新しい形代の作成を依頼した。
ダンジョンコアは直ぐさま行動を開始した。デュオン達の目の前の空間で光が上下し、やがて20cm程度の小人の姿が現れた。
「準備万端。さあ、宿って」
小人の姿を確認したセイヤは、【調整者】にそう促した。
【調整者】はゆっくりと小人型の形代に近づいて行き、そのまま小人の中に吸い込まれていった。【調整者】の姿が完全に小人の中に消えると、小人の姿に変化が起きた。まずは小人の背中に、透明な蟲のような薄い羽根が生えた。次に、小人の服の色が白から薄い緑色に変わった。最後に、ガラス玉のように透明だった小人の目が、澄んだエメラルドの色になった。
「これで受肉は完了。精霊種、風精シルフの完成っと。調子はどう?」
「全然問題無いよ!」
「そう。それじゃあ、二人に自己紹介をどうぞ」
「うん!」
セイヤがそうすすめると、シルフは空中に飛び上がって、デュオン達と相対した。
「こうして話すのは初めてだね。僕は【調整者】!個体名はとくにないから、二人がいつも僕を呼ぶ名前で呼んでくれて構わないよ」
「お前、喋れたのか!」
突然元気に自己紹介をしてきたシルフに、今までずっと傍にいたデュオンから驚きの声が上がった。それも当然の話。デュオンと彼女との付き合いは、すでに十年にも及んでいるのだ。だが、その間にデュオンがシルフと会話をしたことは、一度としてなかった。せいぜい、デュオンが一方的にシルフに話し掛け、シルフがそれに応える。二人は今までそんな関係だった。それが突然シルフがデュオンに話し掛けてきたのだ。驚かない方がおかしい話だった。
また、アマーリエも【小精霊】が突然自分に話し掛けてきたことに驚き、デュオンの隣で目を白黒させている。
アマーリエ達この世界の住人達の常識では、小精霊に会話する能力はないはずだったからだ。この世界の住人達が限定的にでも会話が出来るのは、【小精霊】達を除いた精霊達だけ。この世界の住人達が決めた区分でいえば、下級、中級、上級、精霊王のという四つの階級に属する精霊達だけだ。逆に言うと、その階級に属していない【小精霊】達とは、有史以来会話した住人はこの世界に存在していない。知られていないとかではなく、実際に完全に絶無であり、それはこの世界の住人達にとっての揺らぐことの無い常識であった。
まあ、正確に言えば【小精霊】達は他の四階級の精霊達とはまったくの別物なのだから、この世界の住人達がただ物を知らないだけの話しである。
「ううん、今までは喋れなかったよ。いや、空気振動を操れば出来ないこともなかったけど。でも、こうして話せるようになったのは、今器である形代をもらったからだよ!」
「「形代?」」
「そうだよ!」
「形代って何なんだ?」
「うーんと、僕達の入れ物というか、この世界の住人達と接触する為に必要な緩衝材かな?」
「緩衝材?なんでそんなものが必要になるんだ?」
「単純に規格的な問題もあるけど、僕達はこの世界に今いる人間達と合わないからだね」
「それはどういう意味なんだ?」
「それは言えないよ。誓約にひっかかるからね」
「誓約?誰と誰との間で交わされたものなの?」
「今この世界で人間を名乗っている者達。君達の先祖と、僕達の同胞である【誓約者】との間で交わされたものだよ」
アマーリエの質問に、シルフはそう答えた。
「誓約の内容はどんなものなの?」
「それを答えることも出来ないよ」
「誓約にひっかかるのかしら?」
「そうだよ。誓約の内容については、当事者達がその子孫達に伝承していく形式になっているんだ」
「伝承、ね。なら、その子孫という人達を捜せば、誓約の内容を私でも知ることは出来るのかしら?」
「出来るよ。もっとも、大半が継承出来ずに途絶えちゃってるけどね」
「そうなの?」
「うん!だって、その証明が君なんだもの。ねぇ、【忘却】のエアルハインのアマーリエ?」
「「えっ!」」
そのシルフの最後の言葉には、侮蔑や嘲笑が混じり込んでいて、アマーリエやデュオン達は驚かずにはいられなかった。




