13.接触
ドサッ!
「ニャ~ン!」
「お帰り」
ダンジョン中枢部。セイヤは外から帰って来たアンノーンを抱き上げた。そしてアンノーンの頭をよしよしと撫でながら、アンノーンが持って帰って来たお土産に目を向けた。
セイヤの視線の先では、一人のアナルト騎士が目を回して倒れていた。
「さてさて、アンノーンの精神攻撃から生き残ったのはこの人だけか」
「ニャ~」
「ううん、君はよくやってくれたよ。アマーリエ達を暗殺しようとした奴らの仲間は、全員きっちり葬り去ったんだからね。けど、部隊の大半の人間達があの暗殺と無関係だったのは、普通に驚きだったな。てっきり、アナルト騎士団自体に暗殺命令が出ているのかと思ったのに」
「ニャ~」
「うん。短絡的にみなごろしにしなくてよかったよ」
「ニャ~!」
「うん。君に任せて正解だったよ。僕も君があそこまで簡単に犯人捜しが出来るなんて、予想外だったよ。だけど、それは嬉しい予想外だったよ」
「ニャ、ニャ~!」
「うん。これからも、頼りにさせてもらうよ」
セイヤがアンノーンの頭を撫でると、アンノーンは嬉しそうに身を任せた。
「さて、そろそろ彼女達をここに招こうかな。ラル、今二人はどの辺にいるの?」
『まだ森を進んでいるよ』
「そう。なら、森を抜けた時に二人をここに招こう。アンノーン、もう一仕事頼める?」
「ニャ~ン!」
アンノーンは了承の返事をすると、自分の影の中にその身を潜り込ませて姿を消した。
「ケット・シーの妖精の道。便利だよねぇ」
『そうだね。この世界と妖精郷を繋ぐあの能力があれば、何処へでも自由に行けるからね』
「やっぱり、空間関係の能力はすごく便利だね。移動能力が高いと行動の幅が広がるし、こういう時とか、すぐに会いたい相手に会える」
『そうだね。だけど、問題が無いわけじゃないんだよね』
「問題?何かあるの?」
『アンノーンと契約しているセイヤには関係無い話しだよ』
「なら誰に問題があるの?」
『あの森に入ろうとする人達にかな?』
「どうして?」
『妖精の道が開いた場所は、この世界と妖精郷との境界が曖昧になるんだ。だから、ふとした拍子に誰かが妖精郷に迷い込んじゃう可能性があるんだよね。いわゆる神隠しとか、妖精のイタズラって呼ばれている現象だよ』
「神隠しねぇ?知識としては理解出来るんだけど、この世界の場合だとどんな感じになるの?」
『突然消える感じだね。こお、突然現れる無色透明な落とし穴に落ちる感じで』
「落ちた後はどうなるの?」
『運が良ければ、妖精郷に到達出来るよ』
「運が悪かったら?」
『境界の狭間で迷子になって、永遠にさ迷うことかもしれないね。もちろん、その状態からでも脱出出来る可能性はあるよ。ただし、境界の狭間から抜け出た先が何時の何処かは知らないけどね』
「?」
『妖精郷は妖精達の世界。この世界とは空間の広がりも、時間の流れ方も違うんだ。全てが均一なこっちと違って、向こう側は時間も空間もバラバラ。場所によって現在過去未来に、ランダムに時間が流れているし、空間の連続性もほとんどない。だから、妖精の道案内が無い者は、ほぼ確実に遭難することになるね』
「遭難した相手を救助することは可能なの?」
『僕達なら不可能ではないね。僕達【調整者】達が人海戦術で捜索すれば、遭難者を発見するのは難しくからね。ただ…』
「ただ?」
『遭難者を無事な状態で救助出来るかはわからないよ』
「…時間的な問題?」
セイヤは少し考えて、そうラルに確認した。
『うん。下手な時間流のところに迷い込んでいたら、餓死か精神崩壊している可能性が高いからね』
「…餓死に精神崩壊。なにそのデストラップ」
最初の落とし穴モドキという罠が、最終的に致死率の高いデストラップになっていることに、セイヤは恐怖を覚えた。
『たしかにデストラップだよね。だけど、それは人間とかに対してそうなっちゃってるだけなんだよねぇ』
「どういう意味?」
『そもそも妖精の道を利用するのは、妖精や精霊なんかの半霊体や非物質存在なんだよね。そっちなら迷っても、餓死することも精神崩壊することもないんだよ。だって、精神構造自体が人間達とは違うし、元々永遠に存在するような存在達だからね』
「ああ、なるほど」
たしかに正規の利用者には問題が無いわけだ。セイヤはその点には納得した。しかし、同時に巻き込まれた被害者の人にはあまり関係のない話しだなぁ、とも思った。そして、デュオン達は大丈夫かなぁっと、少し心配になった。まあ、すぐにアンノーンがついているから大丈夫だと思ったが。
「アンノーンが帰って来る前に、歓迎の準備をしておこうかな?」
『そうだね。お茶ぐらいは用意していた方が良いよ』
「そうだね。一応お茶菓子も出しておくよ」
そう言うとセイヤは、ダンジョンコアにアクセスした。セイヤはまずは部屋の構造を書き換え、椅子とテーブルを用意した。次に紅茶の類いを人数分、茶菓子としてクッキー等もテーブルの上に出した。
「こんなものかな?」
『良いと思うよ』
「あとは、内装の方も弄っておこう」
お茶の準備を終えたセイヤは、今度は内装。というか、ダンジョンの風景を弄りはじめた。
「ニャ~ン!」
「きゃっ!」「うわっ!」
そいしてセイヤがアンノーンの帰りを待っていると、アンノーンがアマーリエ達を連れてセイヤの下に戻って来た。
「お帰り」
「ニャ~ン!」
アンノーンは、褒めて褒めてとセイヤに擦り寄った。
「お~、よしよし」
「ゴロゴロ」
セイヤがアンノーンの顎の下をくすぐるように触ると、アンノーンは喉を鳴らして喜んだ。
「ど、何処よ此処!」
「わからない。だけど気をつけろよアマーリエ。何が起こるかわからないからな」
「それくらいはわかっているわよデュオン」
セイヤがアンノーンの可愛いがっていると、アマーリエ達からそう混乱気味な声が上がった。
「ふむ。多少は心配だったけど、問題は無さそうだね」
「誰?」
セイヤはアンノーンを抱き抱えながら、そんな二人の状態を確認し、異常が無いことに安堵した。
アマーリエはそんなセイヤを訝しそうに見た。
「……誓夜?」
そのアマーリエの隣で、デュオンはセイヤを見て驚いた顔をしている。
「デュオン?」
また、呟くようにセイヤの呼んだことで、アマーリエはデュオンの方にも訝しげな視線を向けた。
「僕の名前を知っているってことは、前世での知り合いかな?でもごめんね。僕は転生する時に記憶を洗浄されているから、君が誰でもあっても君は僕にとって初対面の相手なんだ」
セイヤはそれで、デュオンが転生者であることを確信した。
「そ、そうなのか?」
セイヤの言葉に、デュオンは困惑したように瞳を揺らした。あるいは、かつての自分を知っている相手との再会とその記憶喪失にこそ困惑しているのかもしれないが。
「うん。だけど一応聞いておこうかな。転生者である君のかつての名前はなあに?」
「…理音。風間理音だよ」
「風間理音っていうんだね。昔の僕は、君のことをなんて呼んでいたの?」
「理音くん、だな。お前は昔から俺をそう呼んでいたよ」
「そうなんだ。こっちと向こうでの名前、どっちで呼んだら良い?」
「……お前に任せるよ。どっちも俺の名前には違いないし、お前に記憶がないのなら、昔の名前にこだわる理由が薄いからな」
「なるほどね。なら暫定的に、君のことをデュオンと呼ぶことにするよ」
「…なんで俺のこっちでの名前を知っているんだ?」
「さっき、君の隣の女の子が君をそう呼んでたからね」
「ああ、たしかにそうだったな」
「さて、そろそろ話し合いの方に移ろうかな」
セイヤはそう言うと、デュオン達に用意しておいた席をすすめた。




