12.アナルト騎士団本隊
現在精霊の森の入口付近には、五十人近い人間達の姿があった。彼らは一様に重装備で身を固めており、その装備は全て精霊の森に侵入していたアナルト騎士団員達と同じものだった。
「隊長、我々は行かなくてもよろしいのですか?」
「まずはあいつらだけで良いだろう。迎えに行ったのは、公爵令嬢とその奴隷である少年の二人だけ。我々全員で行く程のものではない」
「それはそうですが…」
「どうかしたのか?」
何か様子のおかしい部下を、隊長は訝しそうに見た。
「いえ、その…」
部下はそれに答えられず、視線をさ迷わせた。
「あっ!」
「どうした?」
「どうやら帰って来たようです」
部下は話題を逸らすように、森の入口の方を指さした。
「そのようだな。しかし、なぜアマーリエ嬢達の姿が無いのだ?」
隊長は部下に言われるがままに森の入口の方を確認し、森に行かせた部下達の姿を見つけた。しかし、彼らの傍に件の公爵令嬢達の姿はなかった。
「それに、あいつら何か動きがぎこちなくないか?」
「言われてみると、たしかに歩き方とかが変ですね」
隊長と部下達が見守る中、森の中から無数の鎧達が彼らに近づいて行く。全身鎧の為顔を確認することが出来ず、表情などはわからないが、明らかに様子がおかしいことはその場にいた大半の者達がわかった。
隊長や大半の騎士達は、単純にどうしたのだろうと思っていた。彼らはアマーリエ嬢達を迎えに行ったはずなのに、肝心のそのアマーリエ嬢達の姿が彼らの傍に見えない。ひょっとすると、何かアクシデントがあったのか?と、揃って思ったが、彼らの外見的なものからはその問題を推測することは出来なかった。
大多数の騎士達が内心で首を傾げている中、先程隊長と会話をしていた騎士は、フルフェイスのヘルム(兜)のしたで顔を蒼くしていた。また、他の一部の騎士達は、口元が笑っていた。しかし、顔が皆に見えていなかった為、己以外でそれに気がつく者は、誰もいなかった。
「お前達、いったいどうした?アマーリエ嬢達は見つけられなかったのか?」
「「・・・」」
隊長が話し掛けるが、誰一人として口を開くことはなかった。さすがに隊長達も、この帰って来た仲間達の様子に不信なものを感じ始めた。
「お前達、そこで止まれ!」
隊長はとりあえず状況確認を優先することにし、自分達に近づいて来る部下達に停止を命じた。すると、声をかけられた者達はまったく同時。一糸も乱れぬタイミングでその歩みを一斉に止めた。これによって、隊長達はさらに不信感をつのらせた。隊長達が知る彼らには、ここまで同じ動作を同じタイミングでするような技能がなかったからだ。
「お前達、いったい何があった?アマーリエ嬢達はいったいどうしたのだ?見つからなかったのか?」
「「「・・・」」」
隊長が幾つも問い掛けを行うが、そのどれにも答えが返ってくることはなかった。
「ええい!なぜ何も答えない!何か一言くらい言ったらどうなのだ!」
「「「・・・」」」
さすがに隊長達も焦れてきた。短気な者達にいたっては、剣に手をかける者まで出始めた。
「話にならん!こいつらを拘束しろ!」
「「はっ!」」
とうとう隊長は会話を諦め、部下達に沈黙を続けている部下達の拘束を命じた。騎士達が一斉に仲間の拘束に向かう。
「大人しくしろよ!」
そう言って騎士の一人が鎧に触れた瞬間、それまで立っていた鎧達が一斉にバラけて崩れ落ちた。
カラン!
「「「なっ!?」」」
その結果、伽藍洞の中身がアナルト騎士団の面々の前に晒された。その鎧が仲間達だと思っていた騎士達は、突然の出来事に混乱し、驚き固まった。
「い、いったいどうなっているのだ?」
「わ、わかりません。ですが…」
「ですが?」
「今確認しましたが、この散乱している鎧自体は、たしかに彼らに支給されていたもので間違いありません」
一部の騎士達が地面に散乱している鎧をいくつか検分した結果、それが間違いなく森に入って行った同僚達のものだと確認がとれた。
「鎧は本物で、中身がいないだと。いったい何が起こっているのだ?いや、そもそもなぜ中身の無い鎧が歩いて来たのだ?まさか、その鎧達はリビングアーマーと化しているとでもいうのか…」
その情報を聞いた隊長は、現状を理解しようと頭を廻らせた。しかしなかなか答えは出ず、疑問ばかりが増えていった。だが、すぐに目先の問題の方が重要だと隊長は判断した。行方不明の部下達のことは当然気になる。が、目の前にある異常の原因や理由を先に把握しなければ、何か致命的な問題に発展する可能性があると隊長は判断したのだ。
隊長の呟きで、鎧の正体がモンスターの可能性があることを理解した騎士達は、一斉に鎧達から距離をとって抜剣した。
少しの間、緊張をはらんだ嫌な静けさがその場を支配した。
しかし、いくら騎士達が待っても鎧達に新たな動きが生じることはなかった。
「隊長、これはリビングアーマーとかではないようです」
「そのようだな」
騎士達がゆっくりと鎧に近づき、それぞれが剣で鎧を突いてみるが、鎧からは何の反応も見られなかった。
なので隊長達はとりあえず、この鎧達はモンスターではないと判断した。しかしそうなると、なぜこの鎧達が一人でに動いていたのか、予想もつかなくなった。この状況からでは現状は何もわからず、完全にお手上げな状態だ。
「ニャ~」
「猫?」
アナルト騎士団全員が判断に困っていると、何処からか猫の鳴き声が聞こえてきた。騎士達がなんとはなしにその鳴き声の主を捜すと、散乱している鎧の間に、幼児大のぽっちゃりとした黒猫の姿があった。
「随分と肥えた猫だな」
「たしかにすごく丸っこいですね」
「けど、とっても可愛いいですよ」
「そうだな」
その黒猫の姿を見た騎士達は、口々に感想を言い合った。大半の騎士達は楽しそうに会話しているが、一部の騎士達は黒猫を見て顔を青ざめさせている。いや、彼らは黒猫のことを見ているようで見ていなかった。彼らの目はすでに焦点が合っておらず、傍から見ると何処を見ているのかわからない状態となっていた。
「おいお前達、どうしたんだ?」
そしてしばらくの間黒猫の話しで盛り上がっていた面々も、一部の仲間達の様子がおかしいことに気がついた。
騎士達が様子のおかしい仲間達に声をかけるが、誰ひとりとしてまともに反応を返すことはなかった。
「動く鎧の次は、こいつらか。いったい、何がどうなっているというんだ?」
「「「う、うわあぁぁぁぁぁぁ!!」」」
隊長が次にそう言った直後、青ざめていた面々が一斉に悲鳴を上げ、その場で崩れ落ちた。
「今度はいったいどうしたというんだ!」
「た、隊長…」
「どうした?」
「死んでいます」
「何!?」
騎士達が倒れた仲間に駆け寄って状態を確かめてみると、彼らはすでに事切れた後だった。
「…わけがわからん。本当にいったい何が起こっているのだ?」
「わかりません。ですが、これは明らかな異常事態です。ここは一旦、王都に帰還した方がよろしいと思われます」
「そうだな。我々がこの状況では、アマーリエ嬢達の捜索を続行するのは難しいからな。よし、一度王都の方に帰還するぞ。こいつらの弔いもしてやらねばならないしな」
「「「はっ!」」」
隊長の決定に騎士達は敬礼し、死んだ仲間達を担いで精霊の森前から撤退を開始した。
その後はあっという間で、すぐにアナルト騎士団の姿は精霊の森近辺からいなくなった。
彼らはこの時気がついてはいなかった。いつの間にか黒猫が姿を消していたことに。そして、自分達の仲間の一人もいつの間にか姿を消していたことに。彼らは王都に帰り着くまで気がつくことはなかった。
まるで、誰かにそう望まれたが如く。




