10.追っ手
「アマーリエ、大丈夫か!」
「大丈夫よ!」
「キシャアァァァ!」
アマーリエはデュオンにそう答えながら、自分の目の前にいるモンスターを剣で切り捨てた。
現在デュオンとアマーリエの二人は、絶賛モンスター達との戦闘中だ。
小精霊に先導されながら森を進んでいた二人は、森に入って一時間辺りの場所でモンスター達からの襲撃をうけた。
「それにしても何なのよ!このモンスター達の組み合わせわ!?」
「俺にもわからない!だけど、これは明らかに異常だ!」
「そんなのは、この状況を見れば誰にだってわかるわよ!」
現在二人を襲撃しているモンスターは、根の先を足の代わりにして移動する歩く食獣植物、【キラープラント】。それと、徘徊する骸骨、【スケルトン】の二種類。片方は植物型で、もう片方は死霊型モンスター。アマーリエ達の常識では、この種族系統の違う二種類のモンスター達が共闘することは、本来ならありえないことだった。しかし、現実としてそのありえない光景が二人の目の前で成立していた。その理由は、現在この森がセイヤのダンジョンの一部となっていることにある。またこのモンスター達は、サエーナとノーディオンが封印から解放されたことで生まれたモンスター達だ。それゆえ、上位者である二者の友好で共闘している面と、同じダンジョンに生息しているものとして共通の外敵を排除しようとしている二つの面で共闘しているのだ。
「うわっ!」
多勢に無勢。多方から襲い掛かってくる攻撃達を、デュオンとアマーリエは二人だけで捌いている。だが、ここはモンスター達の領域であるダンジョン。いつまでも耐え切れるものではなかった。だんだん二人に疲労とダメージが蓄積していき、徐々に二人が押されはじめた。
「おい!なんで今回も手伝ってくれないんだ!」
デュオンはモンスター達を相手にしながら、ここまで自分達を先導してきた精霊にそう悲鳴混じりに問い掛けた。普段なら、この精霊はデュオン達の戦闘をいろいろと手伝ってくれる。属性攻撃をしたり、モンスターの攻撃を防いでくれたり、危険を教えたりet c。しかし、この森に入ってからの戦闘では、一度として戦闘には参加していない。目下戦闘を観戦しているだけである。
デュオン達は当然知らないことではあるが、これは当たり前のことである。精霊。【調整者】達にとって、デュオンはあくまでも監視対象。普段戦闘を手伝っている理由にしても、あまりにも危険な状況になって、異世界知識で取り返しのつかない事態になることを未然に防ぐ為である。もちろん精霊にも愛着といった概念はある。だから役目を抜きに、デュオンを手伝っても良いかなぁ?と思う気持ちはこの精霊にだって持ち合わせている。しかし、今回は相手が悪かった。現在デュオン達が戦っているモンスター達は、この精霊の上司にあたる精霊竜のパートナー(契約相手又は相棒)である、セイヤの眷属扱いなのだ。その為、この森での戦闘への介入は、【契約】に引っ掛かる可能性があった。もちろん引っ掛からない可能性もあるのだが、【調整者】としての優先順位はデュオンとセイヤでは、比べるまでもなくセイヤの方に軍配が上がる。結果、この精霊はデュオン達が『生き残ると良いなぁ~』と思いつつ観戦することを選択したわけだ。
この辺は、立ち位置や価値観の問題である。
「くっ!さすがは精霊の森、私達をここまでてこずらせるなんて。だけど私は簡単にはやられないわよ!」
「そんなことを言っている場合か、アマーリエ!」
なんか戦意を高揚させているアマーリエに、デュオンは悲鳴を上げた。無理もない。戦況が芳しくないのに、主人であるアマーリエがノリノリのイケイケなのだから。デュオンからは、苦労人のオーラが滲み出ていた。
そんなデュオンに同情するものがいた。精霊に同調して二人の様子を伺っていたセイヤである。
さらに今起こっている戦闘の原因を考えてみると、セイヤがモンスター達を番犬がわりに使っているせいとも言えなくはない。この際、二人が侵入者であることをセイヤは置いておくことにした。セイヤは、急いでモンスター達を静める為の手配を開始した。
「見つけたぞアマーリエ・エアルハイン!」
「誰よ!この忙しい時に!」
アマーリエ達が戦闘を継続していると、森の入口の方向から誰かがアマーリエのことをフルネームで呼んだ。アマーリエ達が戦闘の合間に視線を声のした方向に向けると、そこには重装備の西洋甲冑で全身を固めた騎士の出で立ちをした一団の姿があった。
「アナルト騎士団?何故あなた達がこんな場所に?」
その一団の正体は、アマーリエ達の国の騎士団であった。
「知れたこと!エアハルト殿下の命により、アマーリエ・エアルハイン。貴女には消えてもらう!」
「あの色ボケ王子!騎士団を暗殺者にまでしたの!?」
アマーリエは、騎士団の来た目的に頭を痛めた。また、その命令を出した自国の現色ボケ王子。元婚約者の頭の悪さに、ため息をつかずにはいられなかった。
「殿下を色ボケ王子などとは、口を慎め!」
「他にどう言えというのよ!何人もの男を侍らせている女に熱を上げて、私と婚約破棄するような男のことを!」
「ええい、黙れ!そして死ね!」
アナルト騎士団の面々は一斉に抜剣し、アマーリエに襲い掛かった。
「アマーリエ!」
「奴隷ごときが我々の邪魔をするな!」
デュオンはアマーリエを庇う位置に割り込んで、アナルト騎士団を迎え撃った。
こうしてアマーリエ達とアナルト騎士団との戦いの火蓋は、切って落とされた。
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「どうなってるの、これ?」
アマーリエ達とモンスター達との戦闘を止めようとしていたセイヤは、突然始まった人間同士の戦いについていけていなかった。
『追ってが追いついたみたいだね』
「追って?」
『そうだよ』
「なんの追ってなの?」
『邪魔者を始末する為の追ってだね。今さっき女の子が言っていたとおり、暗殺だね』
「…暗殺。…どうしたら良いと思う?」
『セイヤはどうしたいの?』
「……あのアナルト騎士団とやらを始末したい」
ラルの質問に、セイヤは少し考えてそう答えた。
『排除や捕縛じゃなくて、始末で良いの?』
「うん。あのアナルト騎士団とやらを見ていると、アマーリエとは違う不愉快な違和感と嫌悪感が沸き上がってくるんだ」
『ああ、なるほどね。転生者らしい男の子の影響を受けている女の子と違って、あれらは正常だもんね。そりゃあ、このダンジョン内では異物感が浮き彫りになって、セイヤにとってはそうとう醜悪に見えるだろうから、まあ嫌悪の対象だろうね』
「あれらが正常って、いったいどういう意味?」
『そっちも内緒。けど、それなら早々に始末しちゃおうね』
「良いの?」
ラルがやたらとあっさりそう言ったので、セイヤは【調整者】的にそれで良いのか確認した。
『構わないよ。僕達【調整者】が責任を持つのは、自然環境や世界のバランス。それと、セイヤのことだけだからね。それに元々人間なんて、調整の過程や自然環境に適応出来なくて簡単に死んじゃ存在なんだ。いちいち人間の生死なんて気にしてちゃ、僕達は与えられた役目を果たせなくなっちゃうよ』
「たしかにそうだよね」
ラルのその答えに、セイヤは納得がいった。たしかに自然の側の立ち位置から見てみると、それは当然のことだった。
「それじゃあ、介入を始めるよ」
『うん!ダンジョントラップでも使う?』
「それはやめておくよ。まだダンジョン化していることを知られるつもりはないから」
『じゃあ、どうするの?』
「彼らにはひどく当たり前の終わりを迎えてもらうよ」
『当たり前の終わり?』
「そう」
そう言うとセイヤは、【同調】と【眷属召喚】を使用してアナルト騎士団の抹殺を開始した。




