5.セイヤと【王】
レルリオスは、視線をそれぞれの【王】達に向けた。他の【王】達も、それぞれの感覚器官を他の【王】達に向けて動かした。サエーナは蔓を動かし、ノーディオンは落ち窪んだ眼窩を動かした。アンノーンについては詳細は不明だが、意識の方は確実に他の【王】達を捉えていた。
【王】達の視線などが交錯する中、それぞれの監視役であるオリハルコンゴーレム達が動きだした。突然出現した、自分の担当以外の【王】達を侵入者と判断したのだ。
【王】達の視線がそれぞれのオリハルコンゴーレム達を捉えるが、【王】達は封印されていて動けない。ただ迫り来るオリハルコンゴーレム達を待ち受けるしかなかった。
そんな状況の中、また別の動きがあった。
【王】達の頭上にある空間の一部が歪みだし、直ぐにその箇所に白い穴が空いた。【王】達はその穴にそれぞれ意識を向けるが、プログラムどおりにしか動けないオリハルコンゴーレム達は、その穴を認識出来ずに【王】達に向かって歩き続ける。だが、その歩みはすぐに止まることとなった。
突如それぞれの白い穴から鎖のようなものが飛び出し、それがオリハルコンゴーレム達の四肢を撫でた。直後、オリハルコンゴーレム達は四肢を失い胴体を床に落下させた。そしてオリハルコンゴーレム達の四肢の断面は、まるで鏡のようににツルツルになっていた。
これにはロボットのような当事者のオリハルコンゴーレム達ではなく、成り行きを見守っていた【王】達の方が驚いた。
【王】達はそれぞれ封印期間が長く、当然監視役であるオリハルコンゴーレム達の性能をある程度把握していた。
型式の違いで多少の認識の差異はあるが、それぞれの【王】達はある程度オリハルコンゴーレムについての共通の知識と認識を持っている。
まずは圧倒的な防御性能。オリハルコンゴーレムのメインの材料は当然オリハルコンの為、物理、魔法に最高ランクの耐性を持っている。よほど攻撃に特化させた武器でもなければ傷一つつけられず、大半の攻撃魔法も弾くことが可能。
次に運動性。一般的なゴーレムと違ってかなり柔軟かつ滑らかな動きが可能で、行動速度もそれなりに素早い。
最後に攻撃能力。これは当然というべきか、オリハルコン製の高硬度・超重量を活かしての肉弾戦を主体としている。一見単純だが、それゆえに対処が難しい。なぜなら、その単純な基本的ステータス部分を越えなければどうしようもないからだ。
いじょうが四人の【王】達共通の認識である。
「意外に脆いですね」
【王】達が自分達の認識を確認していると、不意に声が聞こえてきた。
【王】達が声の出所とその主を探すと、今まで白い穴から伸びていた鎖のような物が、一斉に白い穴の向こう側に引っ込んでいった。鎖のような物が全て消えると、今度は【王】達の頭上にある白い穴が一斉に閉じた。そして次の瞬間には、【王】達の中間点に新しく一際大きな、人間サイズの白い穴が空いた。
「オリハルコンって、こんなに脆いものなんですか?」
『ううん、この世界では上位に位置する硬さがあるよ』
その新たに出現した穴から、先程と同じ声と共に誰かが出て来た。
艶やかな少し長めの黒い髪に、同色の瞳。顔立ちは整っているが、まだ幼い印象を受ける。背丈も小柄で、一目見ただけでは性別もわからないだろう。年齢は目算で、十二、三程度に見える。厚手の黒いローブを纏っていて、その裾の部分からは白銀の手甲と脚甲が見えていた。
その正体は、セイヤと精霊竜の二人である。
【王】達はまずは突然の侵入者に驚き、次いでその侵入者が幼い子供の容姿をしていたことでさらに驚いた。
そして揃って、『なんでこんなところに人間の幼体が?』と、思った。
「ねぇ、彼らがそうなの?」
『そうだよ!』
【王】達が疑問を覚える中、セイヤ達は【王】の姿をそれぞれ確認した。
「じゃあ、向こうのヒュドラみたいなのがレルリオスで、あっちの植物がサエーナ。こっちの骸骨がノーディオンで、そっちの影みたいなのがアンノーン?」
『うん!』
『『『『!?』』』』
セイヤの声を聞いていた四人は、セイヤが自分達の名前を口にしたことでまた驚きを覚えた。
「それならまずは自己紹介をしないとね。はじめまして皆さん、セイヤと言います」
そう言って一礼したセイヤに、【王】達も慌ててそれぞれのやり方で礼を返した。
「皆さん、とても驚いていらっしゃるようですね。まあ、いきなり知らない場所に飛ばされたら普通はそうなりますよね。ならまず最初は、ここが何処なのかをお教えします。ここは、僕が【契約】しているダンジョンの中です」
『『『『!』』』』
四人の【王】達は、自分達がいつの間にかダンジョンの中に居たことに驚いた。また、人間の幼体がダンジョンマスターをしていることが信じられなかった。
四人の【王】達からすると、ダンジョンとは人間を捕食するモンスターである。そのダンジョンが人間と契約している。にわかには信じられない話しであった。
「次に皆さんがここにいる理由ですが、僕が皆さんに会うことを望んだからです」
『『『『?』』』』
このセイヤの言葉に、【王】達は内心首を傾げた。
「やっぱり不思議に思いますよね?」
当然である。四人の【王】達からしてみれば、自分達は人間達から魔王と呼ばれている存在である。実際には違うのだが、それがなくとも自分達はモンスターだ。人間の幼体がわざわざ会いに来るような相手ではない。
「それは僕のスキルに理由があります。僕のスキルは【契約】。自分と相手が条件を出し合い、互いの合意をもって成立するというスキルです。そして契約が成立した後は、互いに直接・間接を問わずに契約相手に危害を与えられなくなります。また、契約条件についてはスキル自体が保証人となり、スキルの効果として強制的に遵守させられます。そしてこれが僕にとってもっとも重要なことなのですが、契約した相手を自由に召喚出来るようになるんです」
セイヤのこの説明に、四人の【王】達はセイヤが自分達に会いに来た理由を理解した。つまりセイヤは、自分達を召喚獣にしにきたのだと。
「皆さんこの雰囲気だと、僕の目的が想像出来たみたいですね。そうです、僕の目的は皆さんと契約を結んで、皆さんに僕の手伝いをしてもらいたいんです。もちろん強制というわけではありません。先程説明しましたけど、僕のスキルには皆さんの同意が必要です。ですので、僕は皆さんに無理強いなどはいたしません。ですが、契約してくれるなら僕は皆さんの封印を解きます」
それは脅迫じゃないのか?と、【王】達は同時に思った。
「皆さんの来歴はこの子から聞いて知っていますから、僕としては別段契約してくれなくても封印は解くつもりなんです。だけどこの子が、最低一体とは契約してからにするようにというんですよねぇ」
『当然でしょ!』
セイヤが困ったように精霊竜を指さすと、精霊竜は胸を張ってそう言い切った。
四人の【王】達には精霊竜の声は鳴き声にしか聞こえなかったが、セイヤが嘘を言っていないことは何となく理解出来た。四人の【王】達は何とは無しに互いに意識を向け合った。
レルリオス、サエーナ、ノーディオンの三人は自分が契約しても良いかなぁっと、思っている。セイヤみたいな幼体を放置しておくのはなんとなく心配だし、対等な契約なら結ぶことに問題は無いと考えているからだ。だが他の【王】達がどうするのかはそれぞれ気になっているので、すぐには行動に移せなかった。レルリオス達三人は元々面識があり、お互いのことをそれなりに知っている。なので、相手が自分と似たようなことを考えているだろうことは簡単に推察出来ていた。
レルリオス達がどう話しを進めるべきかと悩んでいると、アンノーンがセイヤ達に向かってゆっくりと動きだした。
なぜ封印されているアンノーンが自由に動けるのかというと、先程の攻撃で封印役のオリハルコンゴーレム達がすでにバラバラになっており、アンノーンの封印はすでに解けているからだ。
「お帰り。……?」
自分に近づいて来るアンノーンにそう言うと、セイヤはアンノーンを抱きしめた。もっとも、そのすぐ後に、セイヤはなぜ自分がアンノーンにそう言ったのかと首を傾げることになったが。




