プロローグ1
「……ああっと、何処だ此処?」
周囲をぐるっと見回して見る。
……何も無い。木や草、岩のような自然物も無ければ、建物や彫刻のような明らかな人工物も周囲には影も形もなかった。もちろん壁や天井といった遮蔽物も無く、ただただだだっ広い空間が僕の周囲には広がっていた。さらに言えば、ここは自分の知っている現実の世界ではないことは間違いなかった。なぜなら、目を焼かない淡い虹色の輝きが満たした空間なんて、現実にあるわけがないのだから。
僕はしばらく周囲を散策した。不思議なことに、こんな謎空間に居るのに不安はまったく覚えていなかった。しかし、謎空間は謎空間。調べないことには何もわからないままだ。
「……この空間を調べるのは、いったん置いておこう」
僕は体感で二時間程この謎空間を歩き回り、最終的には成果無しで探索をやめた。
目印も無いこの空間をただ歩き回るのは、難易度が高すぎたのだ。というか、そもそもなんで僕はこんな所にいるのだろうか?
この謎空間に対する関心が薄れた僕は、次に自分が何故ここに居るのかということに疑問を向けた。
「……あれ?」
そして疑問を内側に向けた結果、僕はある事実に気がついた。
自分にはこの謎空間の記憶が無いこと。そして、本来ならあるはずのこの謎空間以前の現実での記憶も無いことを……。
「無い?無い!無い!?なんで記憶が出て来ないんだ!?」
僕は何度となく記憶を漁った。しかし、記憶と呼べるものはカケラも出てこなかった。
ただ、先程現実の世界という言葉が出てきたように、記憶ではない知識の類いは普通に自分の中にあった。
現実の世界の学校で習う知識に、一般常識。電子ゲームや娯楽小説、漫画や雑誌の知識。
見たり読んだ記憶は出てこないのに、内容は知識の中に普通に存在していた。
これはいったいどういうことなんだろうか?
『それは洗浄された結果だね』
唐突に僕にかけられた声。
僕は慌てて周囲に声の主の姿を捜した。しかし、周囲は相変わらずの謎空間で人の姿は見当たらなかった。
『ごめんね、今の私には姿形は存在していないんだ。昔はあったんだけど、失って久しいんだ』
「姿形を失う?貴女は何なんですか?」
謎の声は女性的だったので、とりあえずは貴女と呼びかけてみる。
『私かい?そうだなぁ~、【玩具】かな?』
「玩具?おもちゃ?」
僕の中にある知識では、玩具とは子供の遊ぶおもちゃの別称である。最初の言葉と合わせると、姿形を失ったおもちゃ。意味がわからない。
『そうそう!私はあの方に創られた【玩具】。あの方と遊び、あの方を喜ばせる存在。あの方の笑顔を見ることが私の喜び!あの方に褒められる時間こそが、私の至福の時なのさ!』
「はぁ」
なんかテンションが高めだ。下手をすると、ヤンデレになりそうなニオイがする。
『ヤンデレとは酷いな。私はただ、あの方の為に在りたいだけなんだからさ』
「いっ!?」
今、僕は口に出してたか?それとも……。
『当たり。私は君の内心を読めるんだよ』
「うえっ!」
内心を読める!なら、下手なことは考えないようにしないと。
『それは無理だよ。私は君の思考を全て把握出来る。だから、恣意的に思考を偏らせるのは辞めておくことをオススメするよ。精神的にも、肉体的にも負担がかかるからね』
「そう、ですか」
ここはお言葉に甘えておこう。
『そうそういい子だね。さて、自己紹介はここまでにしよう。というわけで、私のことは【玩具】と呼んでくれたまえ』
「いえ、さすがにそれはちょっと」
その呼び名はどう考えても駄目だと思う。
『そうかい?』
「その、あの方という人から名前をもらっていないんですか?」
『うん?もらっているよ』
「なら、その名前でお願いします」
『そうかい?けどその名前は、私に姿形があった時の名前なんだ。つまりは、器の方の名前と言ってもいいね。それでもかまわないかい?』
「貴女がそれで良ければ、僕としては玩具と呼ぶよりも良いです」
『わかった。ならば改めて名乗ろう。私の名前は、ソフィアだよ』
「ソフィアさんですか」
『そうだよ!』
「それでソフィアさん、何故僕に声をかけたんですか?たしか、最初に洗浄がどうとか言ってましたよね?」
『うん、言ったね』
「説明をお願い出来ますか?」
『もちろんだよ!君がここにいる理由。何故君に記憶が無いのか。何故私が君に話しかけたのか。全部ちゃんと説明してあげるよ!』
「よろしくお願いします」
『まずは君がここにいる理由から説明するよ。君はね、元の世界で事故で亡くなったんだ』
「やっぱりですか」
こんな謎空間にいる理由を想像すると、それは候補の一つとして真っ先に思い浮かんでいた。
『そしてあの世に向かった君の魂は、洗浄されて輪廻の輪に加わろうとしていた。それをあの方が拾い上げて、ここに送られたんだ』
「それじゃあ、僕に記憶が無い理由は、死んで前世の記憶を洗い流されたから?」
『そういうことだね』
「僕の記憶が無い理由はわかりました。ならあとは、ソフィアさんの言うあの方が僕を輪廻の輪から拾い上げた理由は何ですか?」
『あの方は君の前世での友人だったんだよ』
「友達?僕の?」
『そうだよ!』
突然そう言われても、記憶の無い僕にはそのことに実感が持てなかった。
『それは無理無いね。けど、それが事実なんだ。あの方は君が若くして亡くなったことを悲しまれた。あの方のお力なら君を蘇生可能だったけど、向こうにはまだ死者蘇生の技術がなかった。だからあの方は、君を異世界に転生させることになされたんだ』
「異世界に転生。……異世界!?」
『そうだよ!生前の君が好きだった、剣と魔法の世界にご招待だよ!』
「本当に!?」
剣と魔法の世界。記憶は無いのに、その言葉には心がときめかずにはいられなかった。
『もちろんだとも。もちろんそのまま転生させるような理不尽なことだってしないよ。私があの方から受けた命令は、君に次の人生を楽しんでもらうことだからね』
「それじゃあ、チートとかも?」
『もちろん!と、言いたいところなんだけど…』
「言いたいところなんだけど?」
『君の魂の容量的な関係で限界や無理なことはあるし、私の性能面での制限とかもあるんだ。だから、無限の魔力とかは不可能なんだ。そういうチートについては、無理なことをあらかじめ了承してくれたまえ』
「ああ、まあ、そういうのは当然ですよね。というか、別に魔力が無限にあっても使い道に困りそうですよね」
『まあ、そうだね。基本的に魔力なんてものは、有限であるものだ。だから魔法なんかは魔力を使って使用するものだが、当然の結果としてその有限の魔力を有効活用する感じで技術として確立していく傾向になってくる。だから無限の魔力というのは、残弾的な意味では有益だけど、技術的な観点から見ると不用なものだね。なんせ魔法を効率化等しなくても、量的な力押しでどうにでもなるんだからさ』
「そうですよね。それに、本当に無限なんてもの、あるわけ無いんでしょうしね」
『まあ、そうだね。概念的にはあっても、実際の無限は観測のしようがないからね』
「ですよね」
『さて、そろそろ話しを現実的なものに移そうか』
「お願いします」
それから僕らの話しは、僕がこれから行く異世界の話しに移った。