俺だけの場所
ーーーザッと風が吹く。
散り始めた桜の花びらが舞う。
俺は、桜が嫌いだ。
春が嫌いだ。
優しくて ぽかぽかしていて いつまでもこの空気に包まれていたい、と思わせる春が嫌いだ...
**
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。
まあいい、どうせ今日も遅刻だ。
こんな俺を今更叱るやつはいない。
先生も、クラスの奴らも。俺を怖がって目も合わせようとしない。
「今日もあの場所に行くか」
誰も知らない、俺だけの場所。
今は春だ。あそこで昼寝でもしよう。
「あそこ誰もいなくて落ち着くんだよなぁ」
一人で呟く。
よし、見えてきたぞ。
俺の好きな場所。
小道を歩き迷路のような道を進むと、そこには大きな桜の木がたくさん咲いている原っぱがあった。
俺がガキの頃からあって、ガキの頃から好きな場所だった。
「よし、今日も誰もいない.....ん?」
木の下に...誰かいる!?
俺がこの場所を知ってから12年間、俺以外の人がここにいるなんて見たことなかった。
ふと、その人影がこっちを向いた。
目と目が合う。
ドキッとした。
そいつはまるで、桜の花びらのように
儚くて、触ったら壊れてしまいそうな
そんな目をしていたから。
ザッと風が吹いた。
誰も知らないはずの、俺だけの場所に。
「お前、誰?」
気づいたら俺は近づきながら そう聞いていた。
「私は、桜。」
とその女は答えた。
それは まるで春を音にしたような声だった。
「桜...?」
俺は、その声に、瞳に、吸い込まれそうになった。
いけねっ、どっかに飛んでいった俺の思考を強引に引き戻す。
「名前聞いてるんじゃねぇんだよ。お前が誰だろうと俺には関係ねぇ。お前は、ここで何をしてんだよ。」
「あら、別にいいじゃない。私がここで何をしてようが。ここはあなただけの場所ではないわ。」
「よかねぇだろ。ここはずっと前から俺しかいなかった場所だ。俺の場所って言っても過言じゃねえんだよ。」
「あなた...見た目によらずに結構子供っぽいのね。」
「なんだと...!? もうなんでもいいからここから出てけ!!!」
「まあまあ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。あなたが怒鳴るとここの桜が全部散っちゃいそうだわ。」
こ、この女...
見た目に反して気が強い。
「何ぼーっと突っ立ってるの?こっちきて座ったら? お茶もあるわよ。」
俺は無言でそいつの近くまで行って座った。
「あなた、名前は?」
「.....春。」
「春?また見た目に反して可愛い名前だこと。」
「てんめ....!」
俺はむっとなって女の方を見た。
その女は、綺麗な目を細めて笑っていた。
そんな姿に俺は不覚にも 綺麗だな と思った。
何も言い返してこないでいる俺に、そいつは不思議そうに俺を見た。
「なぁに、何も言い返してこないの?」
「うるせ。お前に関係ないだろ。」
「そのさー、お前とかてめえとかやめてくれない?私にもちゃんと名前、あるんだけど。」
「わ、わりぃ...」
「ほら、さっき教えたでしょ?私 桜って言うの。よろしくね、春。」
「....よろしく、桜。」
ーーーこれが桜と俺の、出会いだった。
儚くて、悲しい、でも美しい思い出の始まりだった....。