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異世界での初戦


 筆記試験は割と簡単に終わり、俺はエルニール魔術学園の敷地内に建設された、一見体育館にも見える建造物の中に足を踏み入れていた。

 そこには、筆記試験の時は姿が見えなかった学園の講師と思われる人が十人程集まっており、ほとんどの人が爺を見て感動し、涙まで流している姿を見て、何のコントなのだろうかと思わずにはいられない。

 何の実感も湧かないが、俺の師匠でありヴォン・ウェルミストはまぎれもない有名人だという事を、今更ながらに再確認する事となった。

 それはともかく、爺が主となって会話を進め、魔術の実技試験は、爺の思惑通り、俺と講師一人との一対一という形になったらしい。そして俺のその相手が、俺から二十メートル程距離を取った先に立つ、魔術の触媒として有名どころの大杖を片手に構えた、金髪のイケメン――ヨハン・シュグロムという男だ。

 とりあえずイケメン爆発しろ、と脳内で知っている限りの大魔術をシミュレーションする。


「ではこれより、ローエン・ウェルミスト対ヨハン・シュグロムの模擬戦を行う。双方、如何なる魔術、得物の使用は自由とし、どちらかの戦闘不能、または降参の意思表示を以って試合の決着とする。異議はあるか?」

 

 今回、試験官兼審判となった、切れ目の美人な講師の言葉に、俺は無言で頷く。

 実の所滅茶苦茶異議申し立てたいのだが、今更そんな事を言える空気でもなく、あのヴォン・ウェルミストの弟子は一体どれだけ出来るのか、と期待の視線を込められている事に若干以上の恐怖を感じる。

 プレッシャーが半端ではない。


「もちろん、私の方も異議はない。彼の偉大なる魔導士殿のお弟子様だ。如何にエルニール魔術学園講師である私としても、一切の遠慮なく行かせてもらう」


 ヨハン・シュグロムが何やらすごくやる気なのが、逆に申し訳ない。

 すんません、その弟子、魔術使えないんですよ、とは言えない雰囲気に晒されつつも、面は冷静さを装う。

 ヨハン・シュグロムは、視覚から得られる情報からも魔術に精通した、生粋の魔術師なのが見て取れる。対魔術師戦の基本は、如何に相手の魔術を先読みするか――が酷く重要となってくる。

 焦る気持ちを抑えつつ、爺の教えを頭の中で反芻する。


「双方異議がない事を確認した。では、“争いと決闘の神レミス”の名において――――始め!」


 試験官が振り上げた手が、勢い良く振り下ろされると同時に動きを見せたのは、ヨハン・シュグロムの方だった。

 彼は高らかに大杖を掲げ、魔術を紡ぐ。


「<千と散りて万来の火種よ! 悉く撃ち下せ!>」


 若干気合を込め過ぎている感はあるが、魔術を発動させるための、現代において最もポピュラーな方法でヨハン・シュグロムは先手を取った。

 彼の掲げた大杖のさらに少し上空に、大きな“魔術陣”が総勢30は出現する。そして数寸違わず、ほぼ同時に全ての魔術陣が淡い光を放つと同時に発動し、手のひら大の火球が俺に向かって豪雨のように降り注いでくる。

 マジでやる気じゃんこの人……。


 内心で凄く、本当にうんざりとしながらも、直撃すれば怪我ぐらいはしそうなので、俺も行動に移る。

 人が通る隙間などない程に絶え間ない火球に対して、一体どのような策をとるのか。実に簡単で手っ取り早い方法をとる事にしよう。


「ふぅー、はぁー」


 火球が眼前に迫り、俺の皮膚を焼こうとする前に、深呼吸を一度行う。そして一気に、体内の魔力を体外へ放出させる。


「はぁっ!」


 魔術を扱えない俺にとって、魔力はあまり意味がないものだ。それに扱えもしないので、どれだけ余らせていようと使い道がない。だが、こういった場面では、魔力は戦闘以外にも使えるのだ。つまりまぁ、こけおどしという奴だ。

 体内から一気に放出された魔力は、軽く質量を伴って周囲に風を巻き起こし、ヨハン・シュグロムの火球を届く前に叩き落とす。


「くっ、流石は偉大なる魔導士の弟子――なんという魔力だ!」


 だからあまり期待しないでくれって。

 慄くヨハン・シュグロムに内心で答えつつ、すぐに魔力は収まるので、その前に次の行動へ移る。 

 下肢に力を込め、一気に駆けるのだ。床を砕き抜く音を後方で感じながら、俺は一瞬でヨハン・シュグロムへ接敵する。傍目には、俺の体がブレた程度にしか見えないだろう速度だろう。

 

「――ッ?!」

「はっ!」


 ヨハン・シュグロムに接敵し、一瞬の出来事に驚く間に、俺は右の拳を強く握り締め、ヨハン・シュグロムの腹部へ強く拳を叩きつけ――ようとしたが、


「――?」


 俺の拳がヨハン・シュグロムの体へ直撃する前に、何か紙を突き破るような感触を何度か感じながらも、俺の拳がヨハン・シュグロムへ届くことなく、彼の体が後ろへ吹き飛ぶ。


「ぐォッ!」


 後ろへ飛びながらも、ヨハン・シュグロムは空中で何とかバランスを保ちながら無事着陸する。ふむ。今の感触は……。


「結界か」

「ごほっ……、その通りだ。ローエン・ウェルミスト。よもや私の<千火球>があのような方法で防がれるとは、流石は偉大なる魔導士の弟子、という事だな。それに常に発動させている結界層を、七つも破られるとは……」


 <千火球>というのが、最初の魔術の名前の事だな。

 結界というのは、内と外を断ずる壁のようなものの事だ。魔術師ならばそれほど難しくなく発動する事が出来、魔術師の力量によっては何十枚も重ねて結界を張る事も出来る。まぁ爺の事だが。

 それに今の感触で考えると、ヨハン・シュグロムの結界は八枚程度だろう。


「だが、ここで容易く私が破れては試験にはならないだろう。私の最高を以って、お相手していただく事としよう <我が真名を以って糧とし! 我が意思を以って力とせん! 白雷の瞬き! 矢となりて敵を穿て!!>」


 またしても気合の入れ過ぎている感がある魔術を発動させる。出現する魔術陣はたったの一つ。だが、込められた魔力は並々ならない。

 つうかあれだ、これやっぱり発動するまで待たなくてはいけないのだろうか?

 魔術の発動は、威力が高くなれば高くなるほど、効果が高ければ高い程、使用する魔力、発動までの時間が長くなる。魔術師はそもそも、一対一の戦いに向いていないのだ。一体多数の、遠距離からの一方的な蹂躙こそが、魔術師の最も得意とする戦術だ。

 もちろん、これは俺が知識として知っているだけの魔術師の事だが、発動までの時間が既に十秒。これだけの時間があれば、一瞬で距離を詰め、先ほどのような攻撃を四回は行える自信がある。

 さっきは少し、手加減が過ぎた。


「諸共消し飛べ! <神の雷>‼」


 その台詞はいろいろと問題があると思う。

 そのツッコミはともかく、どうやら魔術が完成したようで、ヨハン・シュグロムの上空に出現した巨大な魔術陣から、その大きさに見合った巨大な、剣のような形をした雷が姿を見せる。

 

「あぁ――全く、ヨハン・シュグロム先生よぉ」


 初戦の緊張感は既になく、肌にひりつくような、ヨハン・シュグロムの魔術から感じる威圧に自ずと口角が上がってしまう。

 

「――その選択は、間違いだぜ?」


 俺は、先ほどと同じように、下肢に力を込める。いや、同じではない。床の強度が少し物足りないのか、力を込めた足に床が陥没する程に。

 そして、ヨハン・シュグロムが魔術を放った瞬間を狙い――本気で駆ける。

 まるで爆発でも起きたかのように、足場になっていた床が吹き飛ぶのを確認せず、迫りくる巨大な雷の大剣に自ら迫り――加速する視界の中で、肌が雷で焼かれるよりも早く、ヨハン・シュグロムの魔術を眼前スレスレの所で避け――ヨハン・シュグロムへ肉薄し、その拳を腹部へ叩き込む。


 まぁなんていうことはない、雷は文字通り、雷速だが、雷の性質を知っていれば――目をつぶっていても、デカい雷の大剣なんて避けるのは簡単なのだ。


「ぐごっ……!」

「もう一丁!」


 体を九の字へ曲げるヨハン・シュグロムに、おまけとばかりに左の拳を、テンプルへ叩き込む。ヨハン・シュグロムの体は、数瞬の滞空の後、地面を十数回バウンドし、そして――起き上がる事はなかった。

 

 


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