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世界地理

 22歳の私は毎日せっせと集落の皆のためにご飯を作る。それが仕事だ。

 さて、9歳の清人は何をしているのかというと、子供の仕事は遊びと勉強。というわけで半日は学校に通っている。


 そう、学校あるんですよ。イメージ的には寺子屋だけど。こっちで知り合って結婚しましたっていう人々のお子さんもそれなりにいらっしゃるので、本当に普通に読み書きと計算とあれこれ教えるんだそうだ。

 やっぱり異世界の学校って興味が沸くなあ。うん。分かっています。それもこれも皆、同じ世界からやってきた誰かが我が子のためにと作ったものだから、どっかで見たような感じになってるんだろうってことは。魔法学校でも騎士養成所でもないから、ファンタジー炸裂なとんがり帽子の先生とか、やたらマッチョな美形先生とかいないってことも。


 それでも、やっぱり、見たいよね。

 

 ほら、私は清人の保護者でもあるわけだし。

 もしかして、本当にどうしても元の世界に帰れないうえに、こっちで素敵な出会いに恵まれて結婚して子供を産んで、子供を学校にやる日も来るかもしれないわけだし。

 知っておいた方がいいじゃないですか、学校ってどんなものなのか。


 ということで、今日は急遽ランチ営業を取りやめて勝手に授業参観なのです。

 おめかし。いつもエプロンで見えないからって適当な恰好してるけど、今日はおめかしです。ハイヒールは履かないですよ。道路が舗装されてないから、道に穴開けるだけだからね。でもこう、チュニックの胸の下の切り替え部分とか、靴のつま先の真ん丸具合とか。分かる人には分かるはず。いつもより気合いれてます。


「ヒカリ姉。もう行くよ」

 あ、待って待って。今行くから。左斜め後方からの自分を確認できたらすぐ行くから。


 ・・・・・


 学校は巨大庄屋屋敷の中にある。小梅さんの小部屋の他にもいろんな部屋が存在する庄屋屋敷。まだ、全貌を把握していません。

 学校エリアに入るのは初めて。うわあ、なんか緊張する。お部屋はけっこう普通の板張りで長机が並んでる。

 ひい、ふう、みい。

 子供は十人に足りないくらいか。思ったより少ないな。結構駆け回ってる姿を見かける気がするんだけど。

「毎日必ず来ないといけないわけじゃないから」

 ああ、そうよね。義務じゃないもんね、教育。

「あと、実習もあるし」

「実習?なんの?」

 ちゃっかり清人の隣に腰かけて、気分はすっかり学生。そう思うとこの長机が大教室に見えてくるな。


「牛の出産とか。養豚やりたい人は豚の解体も教えてもらえるよ」


 わお。サバイバル。

 そうだよね。私はいつも皆さんから解体後のお肉もらってるけど精肉工場があるわけじゃないし、必要な技術だよね。


「畑の畝づくりとか、米の収穫とかもあるし、狩りもあるよ」


 嬉々として指を折る清人。


「道徳の教科書なんか読むより、こっちの方がずっといいよ。豚の解体見たら、動物虐待なんかする気なくなると思うなあ」


 そうか。清人は日本の普通の小学生だったんだもんね。元のカリキュラムも分かった上でのこれか。歴史も謎の原人の発生地点とか覚えなくていいし、都道府県名が全部言えなくてもいいのか。

 暗記物のない学校生活。それってすごく良さそう。



 そう思ってすぐひやっとした。



 ここで生まれた子は別にしてもさ。この教育を受け続ける清人はもう元の世界に戻る気がないんだってこと。何年か経って、女神の気が変わったり、みんなを元の世界に戻せる人が出てきたとしても小学校の後半からの勉強の代わりに農作業と創世記を覚える清人は、戻っても大変なだけだ。にこにこして隣のお友達と話している清人の丸い後ろ頭を見て、ドキドキした。

 この子は、もう元の世界に未練がないんだ。本当にそれでいいのかな。けん玉世界チャンピオンになれたら。

 本当にそれでいいのか?



 ぼんやりしている間に先生がやってきた。変な帽子も思わせぶりなローブもない善良そうなおじさん。この人もたまにお店に来てくれるな。

「おや、ヒカリさんも一緒にお勉強ですか?」

 にこにこして物腰柔らか。絹ごし豆腐くらい柔らか。元の世界でも先生だったのかも。

「いえ、今日は清人の押しかけ授業参観っていうか、私の社会科見学っていうか」

「そうですか。清人くん、優しいお姉さんで良かったね」

 先生ににっこりされて、清人も元気よく「はい」と答える。

 ああ、可愛い。この子に反抗期はあるのだろうか。清人に「うるせえよ、ばばあ!」とか言われたら心臓が止まってしまいそうだ。


 先生、優しい子の育て方って授業はないですか。え? 今日は社会ですか。はい。分かりました。


「じゃあ、世界の地図を書いてみてくれるかな?」

 先生は一人の女の子にチョークを渡した。そういえばチョークはあるんだな。どこで購入するんだろう。あそこかな、あのすごいジェットコースターが空中を駆け回ってるところ。

 前に出た女の子ははにかみながら、ダイナミックに大きな丸を二つ描いた。ほう。斬新な世界地図だね。アーティスティックだ。

「はい、よくできました」

 先生、物腰柔らかいなあ。もうおぼろ豆腐くらい柔らかいな。

「こっちが西大陸、こっちが東大陸だったね。じゃあ、次に、日本村の場所は覚えているかな?」

 なんと先生は丸書いてチョンしないで、もう一個丸を描いた世界地図を採用した。あ、そうか。異世界。異・世界。世界地図なんか元の世界と違って当然なのか。五大陸じゃなくて二大陸なんだね。すごい今更なカルチャーショック。


「はい、そうですねー。日本村はここ。東大陸の右下の方だね」


 いつの間にか授業、完全に聞き入ってました。だって異世界の地理だもん。初めて習うんだもん。ものすごい初歩からやってくれたけど、もしかすると先生、今日は私が見学にきたからおさらいしてくれたのかも。なんていい人なんだ。こんどお店に来てくれたらご飯大盛りにしてあげよう。




「じゃあ、最後に質問がある人」

「はい!」

 挙手! 久々に挙手!

「はい、ヒカリさん」

「あの、この世界に着いたときの部屋はどこにあるんですか?」


 思えば女神に瞬間移動させてもらったから、日本村とあの不気味な石の棺がある場所の距離感が分からない。もし元の世界に戻れるとしたら、絶対あそこからだと思うんだよね。ゆえに、私をその場所を知っておく必要があるわけだ。移動手段が徒歩しかないけど、頑張れば歩いていける距離なのかな。


「ああ、招きの部屋ですね。それは、西大陸の真ん中あたりですね」


 なんですと?歩ける距離とか距離じゃないとかいう問題じゃないじゃないですか。どうやっても歩けないじゃないですか。だって、それ、大陸違うじゃん。泳ぐの? ドーバー海峡よりも遥かに広そうなその海を泳げってことなの?


「大陸間は月に一度、連絡船が就航してますから、懐かしい招きの部屋訪問をする場合は、まずここまで行ってそれから船に乗ると良いですね」


 良いですねっていうか、それ以外に辿り着く方法って魔法使いを捕まえるしかないじゃないですか。うわあ、なんか遠い。戻るのは無理って言われてはいたけど、これだけインチキの横行する世界なら、いつか何とかなると思ってたのに。少女Aの書いたダイナミックな世界地図上での距離感だけで元の世界を遠のいて感じるよ。行きはよいよい帰りは怖い。なんてこった。



 授業参観どころかすっかり生徒になった帰り道。私は大変なことに気がついた。

 この世界の中心が「招きの部屋」であるのならば、日本村は大変な僻地だ。

 つまり。

 異世界トリッパーがやってきても、大抵の場合はサツキの集落を訪れることがないまま彼らは一生を終えるということだ。そして、それで何も支障はない。サツキの集落は平和で、のどかで、観光資源はなく、基本が自給自足の閉じた世界だから。だから決してサツキの集落は異世界トリッパーを誘致することはないだろう。


 急いで世界に馴染んで立派な原住民になろうとした私の努力を返せ。


 もしかすると一生、新しい異世界トリッパーに出会わないのかもしれない。私が原住民になりきる意味って一体何なの?


 ・・・・・


「意味ー? 世界を世界として成立させるためだろ。住民がいない世界じゃつまらないから。ああ、だから面白い世界にするため?」

「より精度のいいドッキリを仕掛けるためじゃない?見てない所まで完璧に装う、みたいな」

「一生旅人の気持ちで生きていくよりも、心が安らぐだろう。自分のためだ」

 夕食の営業の合間に、いつもの三人組に質問したら三者三様の答えが返ってきた。最初の二人。人の人生なんだと思ってんだ。いや、うん、君たちも巻き込まれているのは承知しているけど、君らには選ぶチャンスがあったじゃないか。私、選択権なかったもん。着いたらそく原住民認定だったもん。そりゃあ、一戸建てもらえてラッキーって思ってるけど。でもさあ。


「まあ、冒険家を目指しているような奴がトリップしてくりゃ、そのうち現れるんじゃねえの? それか、ヒカリの方が旅に出るか。原住民だから定住しなきゃいけないって決まりはないんだし」


 たっちゃん。そこは冒険者って言ってあげるべきだよ。冒険家ってリアルな職業じゃん。スポンサー探し、すごく大変らしいよ。


「お前、やっと真面目に悩んでんのかと思ったら、そうでもないのな」


 痛い。小突かれた。真面目に考えてますよ。自分の存在意義について。いや、存在意義というよりも、何故精いっぱい異世界の原住民に成りきろうとしているのかについて。


「それはさあ、雄太郎のやつが正解なんじゃないの?」

 彰くん、突かないでもそれが雄太郎だって知ってる。大丈夫。

 でも、まあ、そうだね。今だって家があって、家族がいて、仕事があって、友達がいてくれて。これが全部なかったら毎日泣いてるよなあ。今頃眼球から水分が全部出ちゃって目玉がパサパサになってたかもしれないもんなあ。


「分かった。お前、真面目に悩む才能がないんだ」

「そうみたいね。お友達がいてくれて嬉しいって言ってくれるのかと思ったら、眼球から水分・・おええ、想像しちゃった。最悪」

「大丈夫だぞ、彰。涙の成分はガラス体とは違う。現実には目玉はパサパサにはならない」


 まあ、不安に暮れながら帰り方を考えるよりは毎日を楽しく過ごしながら考える方が絶対いいよね。それに、隣の大陸まで旅に出るとしても清人が大人になるまでは帰れないもんなあ。


「「「「え?」」」」


 ん? そこ、そんなにびっくりするところ? だって、私は清人の保護者で家族じゃない。こんなに可愛い清人を放り出せないよ。清人はここで生きていく覚悟みたいだし。


「ヒカリ姉! 大好き!」

「うん。私も清人大好きよ!」


 だから後十年くらいは、ゆっくり考える暇があるってことだな。その頃までに帰る時間もコントロールできるすごい魔法使い現れないかな。


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