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世界のはじまりに言祝ぎを

 勇者達はかなり深刻なダメージを食らっていたようで、実に一週間近く寝込み、その後も長い間患った。無理すれば会社や学校いけちゃうくらいの微妙な不調が治らないという嫌らしさ満点の症状は正に邪神の真骨頂。モモちゃんは呪いだと大騒ぎしていた。ピンスカしているたっちゃんがどんだけ異常が良く分かりました。咄嗟に庇ってくれた皆に感謝よ。巻き込まれた集落の皆さんも、直撃された勇者ほどではないにしても、やっぱりずっとだるいとかほてるとか、更年期みたいなこと言ってたもんね。

「あのように恐ろしい魔術を操るものがいるとは……」

 当然のことながら勇者達は冷蔵庫を狩るより前に、立ち向かうべき敵がいると素直に標的を切り替えてくれた。スティーヴは魔王の手先であったという情報をさりげなく流したら、これまた勿論のこと、食いついた。本当に素直な人達で助かるわ。でも、よく考えると邪神そのものに勇者をけしかければいいんじゃないかって気もするよね。なんでわざわざ邪神が魔王の手下だなんてややこしい嘘をつくことになったんだろう。

 ん? もしかして、私達、スティーヴの口車に乗せられて面倒な役を押し付けられた?

「ま、あいつももれなく巻き込んでやったからいいだろう。一人で楽させるかっての」

 いつから気づいていたやら、たっちゃんは達観した顔だ。

「あいつの正体がばれて神殺しの剣を持ち出されるとちょっと面倒だしな」

 まあ、それを勇者に握られると女神の便利機能が失われてこっちも困るわね。原住民仲間として持ちつ持たれつってとこかな。

 まだふらふらの時期から魔王討伐の意思を固めた勇者クリムゾンとその仲間たちは、今のままでは次も勝ち目はないと身体が動くようになるなり修行の旅に出て行った。五人で合体したり、連携したりする必殺技が見つかるといいね。それまでに、こっちも「イーッ」しか喋らない使い捨てメンバー、考えとくからさ。


 ・・・・・


 なんて、見送りながらのんびりしていたのは本当にひと時。

 勇者たちは修業に出向く先々で冷蔵庫不買運動の代わりに魔王の話をして回ることにしたらしい。じわじわ噂は広がり、勇者だけじゃなくて一旗揚げたい冒険者までサツキの集落を訪れるようになった。挑戦者、年一回どころの話じゃない。みんな、冒険に飢えてたんだね。女神が世界を始めた気持ちがちょっとだけ分かったよ。子供のために壮大なテーマパークを建てちゃう親ばかみたいなもんだわ、きっと。

 今のところは、彼らはいの一番に酒場に情報収集にやってくるから動向を把握して備えられるけど、想定外の人気が続くようなら何か手を打たないといつか無人の城に突撃されちゃいそう。魔王の城の営業日を公言するわけにも行かないし、なんかいい方法ないかしら。

 思わず険しい顔になっちゃう私の前で、喫茶「草壁」はまるで魔王の城の受付カウンターになっている。冒険者は常連客としてカウンターに陣取るたっちゃんや雄太郎、彰くんから情報収集中。

「この集落の山の向こうに魔王がいるって情報は本当か」

「夜な夜な人里に下りて家畜や、夜道を行く村人まで襲うとか」

 本人達はまさか魔王様本人にインタビューしてるなんて思ってないんだろうなあ。駄目だ、笑っちゃう。いったん外に出よう。


「あ、ちょうど良かった。ヒカリちゃん、ヒカリちゃん」

 店の裏で一人で笑っていたら、暗闇からぬっと黒い影が。ギロリと光る赤い瞳。光る牙の下に長い舌。映像はホラーじみているけど知っている声だから怖くない。最近は一人でも里に下りてくるようになったクロ子さん。私の貴重な女友達。

「今夜はお城に挑む人はいませんよ、クロ子さん」

「うん、今日はね、別件なの。魔王の城の話が広まったらね、こっちにもいろいろ問い合わせが来てるのよ」

 クロ子さんに? クロ子さん達の家もサツキの集落にあると言えば、一応ひっかかるから、知り合いが事情確認かしら。本気で心配してくれる純真な良い人もいるのね。

「私の古い知り合いばっかりなんだけどね、働き口を探してるんですって。どうかしら、少し雇わない? 人柄は保証するし、腕もいいわよ。不在の間の城の管理もしてくれるっていうし」

「え? お城に、就職?」

 あー、もしかしてクロ子さんの古いお知り合いって。

「つまり、そっち系の古代種の魔物の方とか?」

「うん、純血の人は少ないんだけど、二世のヴァンパイアとかピクシーとかね。ありのままの自分を生かせるところを探してて」

「ああ、なるほど。それ助かるかも! ありがとう、クロ子さん!」

 バイト雇ってシフト制にすれば、かなりの時間カバーできるんじゃないかな。世界一有名な鼠の王国だってシフト制でレベルの高いサービスを提供してたんだし、魔王がそれを応用しちゃいけない理由はないよね。こうなると、魔王の城の挑戦者にはもれなく代金を払ってもらえるようなシステム考えた方がいいかも。保険の販売とか、どうだろう。


 ・・・・・


 ふたを開けてみるとクロ子さんの魔物友達にはボランティアでいいなんて方もいて、魔王の城への魔物の配備は予想より安価に済んだ。喫茶「草壁」で渡してあげるお弁当への上乗せと格安掛け捨て保険の利益があれば冷蔵庫マネーを全額つぎ込まなくても賄えそう。良かった。私と清人の将来のための貯金はきちんと守れるわ。

 逆に言うと保険くらいはやらないと、ちょっと厳しいってこと。つまり今や私はご飯屋さんの女将であり、魔王挑戦者向け保険の販売員であり、魔王の城の事務員であり、魔王に捕らわれた女神の娘役(出番なし)という超売れっ子だ。正社員として就職したいとは思ってたけど、まさか四つも仕事が手に入るなんて。想像以上よ、夢が叶う異世界。


「おい、聞いたか? 門番がケルベロスからレイスに変わってたらしいぞ」

「夜に行ったパーティはヴァンパイアが出てきたって」

「何だか、日に日に敵が増えてないか?」

「魔王復活を聞きつけて、眷属が集まってきてるんだ」

「早く倒さないと、取り返しのつかないことになるかもしれない」

 挑戦者たちは今日も店の片隅で情報交換中。魔王復活って、一度も沈められたことは無いんだけど噂って育つもんだね。

 噂はファンタジックに育つけど、魔王の城の内実はとっても現実的。雇用契約は基本給+侵入者撃退出来高の歩合制で明快だし、勤務はしっかりしたシフト制。最近住み込みで入ったヴァンパイア黒瀬さんがバイトリーダーとして三百六十五日二十四時間、隙が無いように組んでくれてる。どの日も穴にならないように、すごく緻密に組んでくれてるのよ。黒瀬さん来てくれて本当に良かった。おかげで魔王の城が公開されてからこの方、門番と魔物達を突破して雄太郎の下に辿り着けた挑戦者はたったの五人。もちろん、雄太郎の壁を突破した人はゼロ。ちなみに雄太郎は顔がばれるとまずいから顔を完全に隠す甲冑を着込んで出て行くんだけど、その出で立ちから狂戦士と言われてるのよね。あれだけ冷静で穏やかな人を捕まえて狂戦士って。知らないっておもしろい、じゃなかった、恐ろしいことね。


 今は余裕があるとはいえ情報交換は欠かせない。挑戦者の傾向や動向を常にチェックしないとね。我々に負けは許されないし、まさか世界平和のための魔王の城で殉職者なんか出せるわけがない。

「よし、じゃあ目ぼしい挑戦者には雄太郎を越えていきそうな人はまだいないってことだな」

「良かったね、魔王様。バイトの皆さんも充実してるし、さらに雄太郎、後ろに死神、じゃなかった邪神のスティーヴがいて、彰くんも控えてるんだもん。鉄壁の布陣よね」

 現状、どう考えても城を攻略できる人はいない。

「鉄壁じゃなきゃ困るよ。ヒカリに万が一があったら困るんだからね」

 彰くん、ありがとう。確かに私が得意なのは料理と金勘定くらいで戦闘能力は全くないからね。

「女神が怒鳴り込んでくるだろうし、あの人怒らせたらスティーブどころの話じゃないよ」

 え? なんで? そういや、スティーヴもそんなこといってたね。私が女神のお気に入りだって。

「ヒカリ、お前、本当に覚えてないのか?」

 なんですか、たっちゃん。何を覚えてるって?

「お前が言ったんだぞ。初めてこの世界に来た日に。今から生まれる世界がいい世界になるように、きっかけとして居合わせた自分の名前はヒカリにするって」


「それは覚えてるよ。世界に光あれ。だからヒカリ」


 我ながら安直。でも私が来たことで始まる世界だって言われたらさ、なんか双子みたいで嬉しかったんだもの。元気に育ってほしいなあ、みたいな気持ちになったんだよ。

「それだよ。それを聞いて女神がすごく喜んだの覚えてないの? 私の可愛いヒカリに何かあったら世界が滅ぶと思いなさいって、別れ際に釘刺されたからな」

 そうなの? たっちゃん。じゃあ、するってえと。

「もしかして、みんながずっと過保護にしてくれてるのって、そのせい?」

「関係なくはない」

 なんだ。なんだあ。そっか。

 私自身が女神の逆鱗みたいなものだから、守られていたのか。知らなかった。せっかくお友達と仲良しになったと思ったら、裏で親が友達にお菓子あげてただけだったみたいな、どうしようもないがっかり感。しょんぼり。なんか一人だけ仲間入りした気になってて、私、馬鹿みたいだったのかな。

「でも、それだけじゃない。」

 え、何、雄太郎? もう嫌だよ。聞きたくないよ。怖いよ。

「俺達が本当に望んだ世界に、無心で『光あれ』と言ってくれたヒカリだから守りたいと思うんだ。だからヒカリは特別なんだ」

 うわ。その笑顔はやばい。雄太郎さん、そして、今のそれ、本気?

「そうだよ。女神の脅しはオマケだよ。そんなの聞く前から僕だってヒカリを大事にしようと思ってたよ」

 彰くんまで、ありがとう。

「うん。ヒカリ姉は僕の大事な家族だよ」

 うん、清人もありがとう。

 涙を堪えて一生懸命頷いた。名前、変えて良かったなあ。元の世界ではずっと名前変えたいと思ってたから大チャンスと思っただけだったけど。名前ってずっとついて回るものだから、それを好きになれないって毎日地味にダメージが続いて辛いんだよね。だから完全に自分のためにしたことなんだけど、それが皆に喜ばれているなら、本当に嬉しい。ヒカリって名前、ますます好きになったわ。もう二度と本名は名乗るまい。ごめんね、お父さん。でもやっぱり、あの名前は辛かった。


「ところで、たっちゃんは何もフォローしてくれなかったね?」

「……全部先に言われた気がするから、後で!」


 ・・・・・


 さて、たっちゃんの考え抜いたフォローの言葉については彼の尊厳のために伏せておくとして。


 魔王の噂は口コミで世界中に広まり、サツキの集落は魔王の城と対峙する小さいながらも重要な平和の防衛基地として有名になった。そして本日も魔王へ挑む勇者たちを私は笑顔で送り出すのである。


「頑張ってくださいね!」


 異世界の原住民。サツキの集落唯一のお食事処喫茶「草壁」店主兼料理長のヒカリ。対魔王用簡易保険の販売員のヒカリ。そして魔王の城の事務員。出番はないけど魔王に捕らわれた女神の娘役。最後の二つは不死身の魔王が終身雇用を約束してくれたので失職の心配もありません。お友達もできました。とっても元気にやっております。


 ごめんなさい、お父さん、お母さん、ハチ、マル、権之助、豆太郎。

 とっても帰れそうにありません。

本編はこれにて終了となります。おつきあいありがとうございました。

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