故国
筆者、夏目隕石は、東京都在住の高校一年、男子です。生活の合間に投稿していくので、是非、よろしくお読みいただけると幸いです。
目が覚めると、そこに、日出ずる国が見えた。水平線上の山がちな大地の上を、朝日が照らしている。その光は、私の故国にあるような雄大なものというよりかは、むしろ、繊細な、絹のごとき輝きであった。
故国から海を渡ること二十日程であろうか。こんな木造小舟でよく渡れたものだ。苦労を重ねて、運良く渡れたからには、日出ずる国で和やかな生活を送りたい。眼前の新世界に期待を託し、残り僅かな海路を漕いだ。
私の故国は、高句麗と呼ばれる北方の国である。高句麗は、他の朝鮮諸王国に比べ、国土は広かったが、何故か、土が悪かった。となりの新羅地方では作物がよく育つのに、高句麗領の土は、全く、出来損ないの寄せ集めであったのだ。この不運な事実には、朝鮮一の高名な学者ですら説明に苦しみ、遂には、「高句麗の土は、天上の神が地にばら撒いた神糞であり、作物が育たぬのも道理。しかし、神糞がここに集中していることは、高句麗の空に神がおはすことの揺るがぬ証である。」などと適当な事を言って、「糞教」という新興宗教を創立する輩まで出て来る始末であった。こうした恵まれぬ風土ゆえ、高句麗の歴代君主は、狂気とも感じる王室崇拝を民に強い、狂気とも感じる武器開発、軍育成を強行し、高句麗民の一致団結している様や、王室が慕われている様、武装の進んでいる様を、周辺諸王国に報じることで王国を維持してきた。つまり、こうした高句麗の様子を見た隣国王は、高句麗の暴走を恐れ、貢物を高句麗に送って平和を保とうとする。この諸王国からの貢物が、高句麗の生命線だったのである。
しかし、今まで不可侵条約を結んでいた漢の国が突如、条約を破棄して南下、高句麗の北方領土を一夜の急襲で占領した。漢帝は、人生の暇つぶしに高句麗攻めを決行したそうであるが、高句麗体制は、これを機に崩壊へと傾いて行く。恐れていた高句麗であったのに、いとも簡単に侵略できたことを不思議に感じた漢の将軍は、高句麗体制を極秘に調査し始めた。そして彼は、高句麗の武装が、表面上の事に過ぎず、その実、弱小軍しか保有していないことに気付いたらしい。この驚きの新事実は、朝鮮地域に知れ渡り、高句麗の生命線は断ち切られ、一気に食糧難に陥った。
現在の高句麗王は、こうした国難期に「武恵王」として御即位なさった。聞くところ、殿下は、大臣や軍大将の進言を聞くことに長けておいでで、国政は全て、彼らに任せておられた。その結果、武恵王は国難を知らされなかったのであろう、従来の表面上の武装、表面上の国王崇拝を改めることはなかった。気が付けば、王家と貴族以外は飢えに苦しみ、その上、もはや高句麗を恐れぬ近隣諸国によって領土すら奪われていったのである。都ですら、市中、餓死体が溢れかえり、貢物で潤っていた時代の面影など、何処にもなかった。それでもなお、軍部は無意味な武器開発を王に進言し、貴族達は、「腐っても殿下」などと言って飢える民に狂気の国王崇拝を演じさせた。
私も高句麗貴族の一員であり、武恵王権の財務大臣であったから、故国の腐敗は手に取るようにわかり、いよいよ、救いようのない故国に失望した。その上、そもそも、秩序も何も崩壊した国に、財務大臣など必要ないゆえ、私に責務はなく、腐敗した貴族社会において私は、単なる不要人材であったのだ。求められてもいないのに、滅びゆく故国にとどまる義理など、どこにもない。私はまだ齢三十で体力もある。独り身ゆえ、守るべきものもない。私は決意した。対岸の新世界に亡命しよう。