蜥蜴死:別れの蜥蜴
「…がははは!それなら心配要らねぇ!
じゃあ、今日はそろそろ帰るとするか!またな、ブレッド、トカゲ!」
嵐のように立ち去っていった、ロールさん。
残された僕とブレッドおじさんは、しばらく嵐が通った扉を眺めていた。
「…そうだ、トカゲ、鑑定が終わったよ」
ブレッドおじさんの声に、ハッとした。時計を見ると、ロールさんが来てから30分も時間が経っていた。
「…ありがとう」
思わず出てしまった、情けない声に、ブレッドおじさんはなんとなく気づいたようだった。
これ以上話せなくなった僕に気を遣ったのだろう、ロールさんが売り払った品物の手入れをしながら、顔を向けずに話し始めた。
「…ここを辞めるのは、本当だよ。
残念だが、俺ももう歳だ。
今にもぽっくり逝って、残した品物をどうにか出来る人も居らんし、それに…」
声が、こちらを向いて言った。
「そろそろ、トカゲ、お前に、俺以外の味方を作って欲しい。
同じ年代の子供だって良い。よくここに来る、ライトだって、…あいつはもう40だったか…まぁ、そいつだって良い。それこそ、ロールだって良い。
誰でも良い、俺ぐらい、いや、俺以上に信頼出来る人を、一人でも二人でも作ってくれ。それが、一番心残りだよ、トカゲ。
…いや、”俊足の蜥蜴”ビル」
今顔を鏡で見たら、凄いことになっていると思う。
やっぱりここを離れちゃうんだ…とか、
ブレッドおじさんにロールさんをあまり信用していなかったことがバレてることとか、
僕の本名を聞いたのは前いつだったか思い出せないとか、
悲しいのか悔しいのか分からないけど、僕は顔を真っ赤にして泣きじゃくっていた。
足音がして、僕の前に足が見えた。
頭に大きな手が乗せられて、下を向く僕の目の前に、ちょっとだけ古臭い布が出てきた。僕は、毟り取るように布を受け取り、鼻をかんだ。
思っている以上に子供なことにも、なんだか無性に腹も立ってきた。
ブレッドおじさんが、頭の上で声を出す。
「俺は昔、お前よりも歳はいってたが、こうして盗みを働いて食い扶持を稼いだ時期があった。その生活を辞めたのは、それこそ、闇市の住人に助けられたからだ。
ビル、お前は誰かを傷つけ、誰かを救っている。例え人助けをしていても、盗みを働いてもだ。それは、誰にとってみても同じだ。それを忘れちゃあいかん」
「…それ、僕がここに来た時も言ってたよ」
押し殺したつもりは無かったが、泣いてるせいで、自分じゃない声を出していた。
ブレッドおじさんが笑った。
「そうだったか?まぁ、それぐらい重要ってことよ」
「…うん」
その日は日が暮れるまで、僕に色んな話をしてくれた。
泊めようか、なんておじさんは言ってくれたが、警察が来るとおじさんが危ないので断った。
この日をどれだけ悔やんだか。
翌日来てみると、警察とヤジ馬で溢れかえったお店がそこにあった。
警察から逃げた先で聞いたのは、”殺し屋アリス”の17件目の被害者の話だった。