蜥蜴参:聞き耳蜥蜴
「そういえば、ヤバい女の話を聞いたんだ。」
そう口火を切ったロールさんは、いつもの大声とは全く違う、所謂内緒話をする時の声の音量で話し始めた。
僕も、思わずそば耳を立てた。
「ここからずっと南に、バカでかい警察署がある町があるんだ。チェロックっていう名前の町なんだがな。
そこで、連続殺人事件が発生してるらしい。」
…なんだ、事件か。
僕は期待していた金儲けの話でないことに少しがっかりしたが、ブレッドおじさんは違ったらしい。
「…もしかして、それって“殺し屋アリス”の話じゃねぇか?」
え、ブレッドおじさんも知ってんの?と思ったのは、どうやら僕だけみたいで、かなり有名な事件らしい…
「ああ。その全貌は分からねえが、まだ犯人は捕まっていねぇらしい。」
ロールさんは続ける。
「被害者は、みんな身体のどっかが引き剥がされてて、惨い姿らしい。包丁みたいな綺麗な跡じゃないから、食人鬼の仕業じゃねぇか、って話も出てるんだ。」
「食人鬼ぃ!?このご時世、何でもあるもんなんだなぁ…」
ブレッドおじさんが妙なところで感心してる…いや、するところじゃねーって…
ロールさんが、さっきの小声と比べものにならないほど小さな声で言った。
「…実は、その女を見たっていうやつが居るんだ。」
「…お前の知り合いにか?」
ロールさんに釣られて、ブレッドおじさんも声が小さくなる。
ロールさんが、軽く頷き、続けた。
「ああ。よく取り引きをする奴なんだがな。
現場の近くにたまたま居合わせて、ちょうど”食事”を終えた頃で、立ち上がった所を見てたらしい。
…ちょうど、トカゲぐらいの年端もいかない娘だって聞いた。」
2人の目が、ほぼ同時にこちらに向く。思わず、息を止めた。
「…それ、本当に女なのか?」
ブレッドおじさんが、僕から目線を放し、ロールさんに問いかける。
それに呼応したロールさんが、ブレッドおじさんの方を向いて返事をする。
「間違いねぇ。肩や脚が華奢で可愛かったと、あの女好きのボブが言ったんだからな」
えぇー…ボブさんえぇー…
「あぁ…ボブならな…」
ブレッドおじさんもかよぉ…大丈夫かボブさん…
「…で、俺がブレッドに言いたいのは、ここから先の話だ」
ロールさんの顔の険しさが、一層濃くなる。
ごくりと呑んだ唾は、あまり音をたてなかった。
「その女、狙っているのは何でも屋の店長ばかりらしい。それも、闇も表も関係なく」
「…で、俺に、警戒しろ、と?」
頷くロールさん。
ニヤリと笑ったブレッドおじさんに、僕は少し驚いた。
「お前の情報は信じる。なんたって、”回る黒目の猫”の情報だからな。だが----」
もったいぶって、僕を一瞥してから、ブレッドおじさんは続けた。
「もうじき俺は、ここを離れ、何でも屋も辞めるからな」
にひひ、と、ブレッドおじさん特有の笑い方で、今日の話は締めくくられた。