蜥蜴弐:瞬足の蜥蜴
「おぅ、また来たね、トカゲ。今日は何を盗んできたんだい?」
闇市。
ここは埃以外ならどんなものでも買ってくれる場所。
常連の僕は、いつもお世話になっているお店へと足を運んでいた。
「こんにちは、ブレッドおじさん。今日は、鞄を盗んだら、財布とポケットティッシュと聖書が入っていたんだ。」
「それは良かったなぁ。どれ、勘定してくるから、椅子に座って待ってな。」
「ありがとう。お願いします。」
椅子なんて、1週間ぶり。昔は、毎日当たり前のように座っていたのに…
椅子に座っておとなしく待っていると、お店の中にロールさんが入ってきた。
「おぉ、トカゲじゃないか!ひさしぶりだなぁ。」
ロールさんの体には、持てるだけ持った感じで荷物が寄りかかるようにくっついていた。
「久しぶり、ロールさん。今日は買い取りの日なの?」
「おぅ!転売用のな!がははは!」
ロールさんの笑い方は、豪快で清々しい。警察なんて気にしない、そんな風な笑い方だからだ。
ここ、闇市で僕は、ちょっとした有名人。
なんせ、僕くらいの若い男はめったに居ない。
みんな親が居て、保護者が居て、それが当たり前で。
親が何かの事情で居なくなった青年も、僕ぐらい長期間に渡って盗みでの収入はアテにしない。
捕まるか、どこかに引き取られるから。
それすらせずに居るのは、きっと僕ぐらい変人じゃないと無理だ。
それに、僕には、僕と同じくらいの年代の人と比べて突出した自慢出来るポイントがあった。
「そういえばトカゲ、お前、また張り紙に出されてたぞ、賞金首の未成年なんて、聞いたこと無いぜ?がははは!」
「褒め言葉として受け取っておくよ。」
「盗み始めて3年、誰からも習わず、力も借りず、足は早い、体力も抜群、おまけに美少年で好青年ときたもんだ!世の女の子が黙っちゃ居ないだろう!がははは!」
「いやいや、そんな奴じゃないよ。あだ名と一緒、舌も異常に長い、早いだけの足でただ這いつくばって生きてる。生き物のトカゲに失礼なぐらいだよ。」
このくらいの世間的な体裁を守る話術くらい、身につけている。
「…トカゲ、お前って奴は…」
「トカゲ、勘定出来た…おや、ロールじゃねぇか、今日買い取りの日だっけか?」
ブレッドおじさんが、お店の奥から顔を出す。
「おぅ!いくらか溜まってるって聞いてな。」
「お前の情報収集能力には、頭が下がるよ…」
ロールさんは、情報収集で有名。
町一つの住民を全員かき集めてもその情報量は勝てないんじゃないかっていう噂があるほど。
でも僕は、情報収集能力よりも記憶力の方が凄いと思う…
ブレッドおじさんとロールさんが話し始めた。ブレッドおじさんもなんだかんだ言って凄い人だから、ロールさんも話してて楽しいんだろう、この2人の話は長い。そして切れない。
どのくらい長いかって言うと、ネタが大量にあって使い切れないぐらい話をするロールさんが飽きたところで終わる。
つまり、僕はただ椅子に座って話に耳を傾けていることしか出来ないってこと。
そんな訳で、話を聞き始めて、2時間が経っただろうか。
僕はロールさんから、不思議な女の子の…いや、危険な女の子の話を聞いた。