蜥蜴壱:盗みの蜥蜴
「ゴォーン…」
気づけば教会の時計は、5時を指していた。
「ゴォーン…」
教会の鐘が鳴る。
今となっては関係の無い音だが、あの頃の遊びの軸はこの鐘だった。
「ゴォーン…」
夕陽が、教会と家々との間を、裾を広げるようにして沈む。
朝日とは違う、方向だけでは無い違いが、僕を更にうっとりとさせる。
「ゴォーン…」
季節外れの遅れ蝉が鳴いていて、もう居ない、まだ見ぬ花嫁を教会から探しているようだ…順番は逆だが。
「ゴォーン…」
最後の鐘が鳴る。
僕以外の者は皆、教会の鐘なんぞに聞き惚れず、せわしなく蠢いている。
当たり前な筈なのに、なんとなく不格好。
「……ゴォーン………ゴォーン……」
余韻が残る。
教会より高い建物が無いこの町では、音が他の所よりも遅く響く。
シンデレラでは無いし、むしろ女でも無いが、僕は、この鐘がきっと僕を救ってくれるだろうと夢見て仕方が無かった。
僕を虐める継母や、落とす筈の靴も、救ってくれる王子様さえ居ないのに。
もう、その継母とやらでも構わない。寝床をくれる人が居てくれたなら、と、どれほど願ったことだろう。
手を顔の前で組み、祈る。最早習慣である。
「…かみさま、この罪を、お許し下さい。」
「…あっ、待て、このクソ坊主!」
手当たり次第、鞄を引ったくる。
男女は関係ない。上品な服、話し方、仕草を見て、つまりは金を貰っていそうなターゲットを見つけて、肩が少し下がった瞬間にゴー。
勿論、待てなんて言われて止まる奴は居ない。
僕より足の速い者なんて居ないって、知っているんだ。
ひたすら走る。
ただただ走る。
あの鐘の音を軸にする必要が無くなってから、飽きるまで走っても息切れをすることは無くなった。
走って走って、着いた場所は、いつもの森の中。
適当に平地っぽい、というか鞄の中身が一つ残らず分かるような、土が乾いてて草が少ない、かつ周りから木に隠れて見えない所を探し、音を立てないようにゆっくり座る。
この座り方が慣れてしまったことが、少し悔しい。
鞄の中身は、財布と聖書とティッシュとチョコレート。
思わぬ豪華な数々に、生唾を呑んだ。
特にチョコレート。実に3日ぶりの食べ物。
財布は小銭入れだったらしく、35ライルと7バイ(1ライル=10円、1バイ=1円くらいの貨幣と思って下さい)入っていた。
鞄も財布自体も高そうだし、ティッシュは未使用のポケットタイプ。
聖書なんて確実に売れるものだから、今日の盗みで1ヶ月は余裕に暮らせるだろう。
僕はもう一度かみさまに感謝をしてから、闇市へと向かった。