六月二十六日
七十二回目だぞ、主様?
「……んっ? 何か言ったか?」
「……いや、何も」
私の運転する車の助手席に座る女の横顔は、その外見とは裏腹に大人びた表情をみせ、私の問い掛けを否定した。
金髪のロングヘアーにピンクのワンピースを着た女は、つまならそうに車窓から後ろへ流れていく景色を見詰め、軽く溜め息を吐く。
先程からずっと外を眺めては、時折、此方に聞こえるか聞こえないかギリギリの声で独り言を言っては溜め息を吐いている。
そんな女から視線をカーナビへ移すと蜘蛛の巣の様な地図の上を赤いラインがグルグルと回っている。
その地図の上に見える時刻を確認すると、正午には少し早い時間。そう言えば、先程からの溜め息は飲食店を通り過ぎる度に聞こえてきた気がする。恐らく腹でも減ってきたのだろう。
「……おい、何か喰うか?」
私の問い掛けに、不機嫌そうにチラリと視線だけを向ける。
「……そうじゃな。飯にするか……」
軽く背伸びをすると、女は助手席の窓を開け、シートベルトを外すと走行中の車から飛び出した。
女は軽やかに身体を捻り着地をすると近くの飲食店に吸い込まれる様に入って行く。
慌てて車を路肩に寄せて停車させ、私が降り様とすると、女が入った店から何かを抱えて飛び出して此方にやって来た。
「何をやっている! さっさと逃げるぞ。主様」
女が両腕に抱えていたのはドーナツ山盛りのトレーだった……
「お前何やってんだよ!」
「いいから早く車を出すのじゃ! 捕まるぞ!」
「返して来いよ! 今、誤れば許してくれ……」
「無駄じゃ! 店の中で一山喰ってから飛び出して来たからな!」
私の言葉を遮って出てきたセリフは致命的だ……
「……逃げるぞ!」
「ほいさ!」
車に飛び乗るとアクセルを踏み込み全速力で車道を走る。
十分程走らせ、スーパーの駐車場へ車を停める。前方を確認しバックミラーで後方を確認すると瞳を閉じ、シートに背中を沈ませ深く息を吐き出した。
「ほれ、主様。頑張った御褒美じゃ」
瞳を開けると、チョコレートでコーティングされたドーナツが甘い香りを漂わせ私の前に差し出される。
助手席に目を向けると、山盛りのドーナツを抱えた女が満面の笑みを浮かべて此方を見ていた。
「ほれ、早く喰わぬか? ……ああ、そうじゃった! この場合は『あ〜ん』じゃったな? ほれ、主様。あ〜ん」
……と言う夢を見た!
リアルだったぜ!
遂にあの金髪の女が夢に出て来やがった!
きっと赤い表紙の本を読んだ所為だ。そうだと信じたい。
それでは。また、明日。




