憧れ
短編第二弾
何かに憧れたことはあるだろうか。正義の味方である特撮ヒーローやアニメのキャラ。ドラマの主人公だったり、悪役というのも、もしかしたらあるのかもしれない。
憧れる。つまりは理想だ。幻想で霧の向こうにある存在で夢だ。それを総称して憧れと言うらしい。伝聞系であるのは俺が言葉というものに疎いためである。そこら辺は許して欲しい。
さて、憧れの対象というものはどういったものだろうか?
これも人それぞれだと思う。先述に述べた正義の味方やドラマの主人公。少し悪ぶった時は悪役などに憧れることもあるだろう。反社会精神や反骨精神に憧れるわけだ。
だが、もっとも身近な憧れはなんだろう。考えてみて欲しい。
最初に読んだ絵本の主人公だろうか? 初めて見た特撮のヒーローだろうか?
私が言える理想の人は、こんな大人になりたいというのは、おかしな話だが、父親と母親だった。
そう考えると、私はとても恵まれているのだろう。両親が私にとって目指す目標であり、越えるべき壁であるというのは、とても恵まれていることなのだと、改めて感じる。
優しくも厳しい父に、和やかで涙もろい母。私はこの人たちの子供で良かったと思うし、私に愛というものを教えてくれた最高の両親だ。
嬉しくて涙が止まらないし、この人たちの娘であるということを胸を張って言える。言いたい。言わせて欲しい。
私は、こんなにも立派になったんだよ。私は、幸せだよ。
心のそこから叫びたかった。
父さんは、私の手を優しく握りながら、涙を流して私を見る。母は、涙もろいくせに涙を我慢していた。いつもとは逆の感情の表れ方だった。
父さんは、あまり泣かない人で、感動するドラマを見るとたまにハンカチを濡らす人だったのに対し、母さんは感動する話を見ればいつもハンカチが濡れに濡れていた。
その二人は、私を見て泣いている。泣かないで欲しいと思ったけれど、言葉が上手く出せない。ここらあたりが、私の国語力と最近噂される勉強の力の不足の表れだと思うと、情けなくなった。
大好きで、大好きな二人。私は、あなたたちに泣いて欲しくなんかないんだ。
私は、笑っていて欲しい。いつまでも、どこまでも、どんなときでも、あなた達の笑顔が、心に刻み込まれているんだ。
喧嘩した時も、お互いに笑って仲直りをした。どんなことがあっても、笑顔で乗り切っていた。
そんな、美しい笑顔が私は見たいだけなんだ。
だから、笑って欲しい。涙を見せないで。
ゆっくりと、ゆっくりと、お父さんの手の暖かさに引き込まれていく。
この温もりを、私は幼い頃から体感していたはずなのに。
今このときの時間が、すごく貴重なものに感じるのだ。おかしな話だと自分でも思う。
暖かい。大きくて、ごつごつしていて、少し豆があって、私の両手なんかすっぽりと包み込んでしまえるほどに、大きな大きなお父さんの手。
この手の中で、私は生きてきたんだ。この温もりが、愛なんだ。
お母さんも、私の手を包んでくれる。
優しい優しい大好きなお父さんお母さん。
しわくちゃな顔に一筋どころか幾筋もの線が走って、私を包むあなた達の手を濡らしていく。
暖かい手を、暖かいものが濡らす。
嫌だよ。泣かないでよ。笑っていてよ。笑顔で、幸せな笑顔でいてよ。
心に浮かんだ言葉を口から発する。しかし、二人の顔は更に歪んで、ついには嗚咽まで洩れ始めた。
いつもいつも、私を笑顔にさせてくれる二人の笑顔が、私のせいで歪んでしまった。
そんなのは嫌だ。大好きな二人は、いつまでも笑顔でいて欲しいのに。
憧れの二人には、ずっと、ずっと、幸せに、不幸なんて訪れることなく、ずっと笑顔でいて欲しいのに。
だから、今このときだけ、信じられなかった神様に、都合のいいときだけの神頼みなんかを、してみようと思った。私の願いを叶えてくれなかった神様に、せめてものお願いをした。
私の、大好きな二人を、ずっと幸せにしてあげてください。
その言葉を口にして、私の視界は、ゆっくりと、暗さを増していった。
二人の声が聞こえる。泣いているような、叫ぶ声。喉をがらがらにしても、大きな声で私に呼びかける声。強く、強く、私の両手を握る。
憧れの人。だから、せめて信じられない神様の代わりに、信じられる私にとっての神様みたいな二人に、言っておこう。
私を、愛してくれて、ありがとう。
そして、私は暗闇に音も光も奪われていった。