部下の仕事を探すのが私の仕事になっています
「課長、終わりました」
また来た……つい先ほど書類を渡したはずなのに……。
時計を確認すると、まだ一時間も経っていなかった。
書類を受け取り一通り目を通しても、間違いや訂正が必要になることはなく、添付資料まできれいに揃っている。
「問題ない。ありがとう」
くるぞ、くるぞ。
「では、次は何をいたしましょうか?」
ほら、きた!
マヤがこの部署へ異動してきたのは半年前のことだった。
以前は別の部署に在籍していたが、部署の縮小に伴いこちらへ移ってきた。最初の頃は優秀な職員が来てくれたと喜んでいたが、今はそれどころではない。
マヤに対しての評価が変わったわけではない。
変わったのは、私が彼女の仕事の速さについていけなくなったことだ。
マヤは他の職員と比べても仕事が早い。しかし、一日のうちに終わらせなければならない仕事が際限なくあるわけではない。
渡した仕事が終わるたびに次を聞かれても、こちらとしても困る。明日の分を渡せば明日渡すものがなくなり、来週の分まで渡してしまえば来週の私が困る。
経験済みだ。
マヤへ渡せそうなものを探していると、向かいの席にいた職員が何枚かの書類を差し出してくれた。ちょうど手が回らず困っていたものらしい。
「こちらをお願いします」
「はい。ありがとうございます」
なぜあんなに嬉しそうに戻っていくのだろうか。わからない。
次はどのくらいで終わるのか。そう思いつつ中断していた仕事を続けていると、
「終わりました」
早い。困った。
忙しい時期なら助かる。むしろ、いくらでも仕事を渡したい。しかし、年中忙しいわけではないのだ。
以前なら後回しにしていた書類の整理も、古い資料の確認も、すでに終わっている。マヤが来てから、この部署はずいぶんきれいになった。
喜ばしいことのはずなのだが、素直に喜べない。
最近では、マヤが席を立つだけでこちらへ来るのではないかと気になるようになった。
来るな。こっちへ来るな。
「課長」
来てしまった。
「何かお手伝いできることはありませんか?」
ないんだよ。君が全部やってくれたから。
そう言えたらどれほど楽だろう。
結局、また自分の仕事を中断して、彼女に渡せるものを探すことになる。
◇
「部長、お願いします。マヤを異動させてもらえませんか」
理由を聞かれるだろうとは思っていた。
仕事は早く正確で、勤務態度にも問題はない。他の職員との関係も良好で、頼んだ仕事を嫌がったこともない。
説明すればするほど部長の表情が怪しくなっていく。
私だってそう思う。
だが、一度私の立場になってみてほしい。
「一度、部長にもご経験いただければ……」
あ、心の中の声が漏れてしまった。
「分かった」
冗談で言ったつもりなのに、了承されてしまった。
翌日、こんなに楽しく仕事をしたのはいつぶりだろうと、晴れやかな気持ちになっていた。
その日の終業後、部長には「異動先を探そう」と言われた。
良かった。分かってもらえたらしい。
◇
マヤの異動先は、記録保管室に決まった。
日々届く記録を整理し、保管するのが主な仕事らしい。
今度こそ大丈夫だろう。
マヤが異動してからは、驚くほど仕事が進む。
これが普通だったはずなのに、ずいぶん久しぶりな気がする。
そんな平穏な日々を過ごしていたある日、会計課の課長からマヤの話を聞いた。
昨日はずいぶん助かった、と。
何のことだろう。
彼女は記録保管室に行ったのではなかっただろうか。なぜ会計課に?
少し気になったものの、すでに私の部下ではない。気にする必要もないだろう。
そう思っていたのだが、その後、いろいろな課からマヤの話を聞くようになった。
さすがに本人に会った際に聞いてみると、記録保管室の仕事が終わったあと、他の部署を手伝っているという。
最初は自分から仕事を探して各課を回っていたらしい。
そこまでして仕事がしたいのか。
しかし、いつの間にか各部署の方から彼女を呼ぶようになっているようだ。
その後、記録保管室へ行ったとき、室長の机に置かれていた紙が目に入った。
マヤの予定表?
数日先まで、他部署の名前が並んでいる。
何だ、これは。
私が半年間苦労していた相手が、きれいに各課を回っている。
納得がいかない。
だが、その予定表を眺めているうちに、別のことに気が向き始めた。
もしかして、マヤを一つの部署に置いていたこと自体が間違いだったのではないのか?
◇
また部長室へ行くことになった。
各部署に一時的に職員を送り込む部署を作れないかと提案した。
マヤのために思いついたようなものだったが、話しているうちに、部長にもいい案だと言われた。
急な欠員が出たり、数日だけ仕事が集中したりすることもある。そのたびに部署内だけでどうにかするより、最初から応援に出せる職員がいれば話は早い。
なぜかとんとん拍子に話が進み、業務支援室が発足することになった。
問題は、そのあとだった。
なぜ私が室長に?
◇
業務支援室が発足し、当然マヤも異動してきた。
「室長、終わりました」
この言葉を聞くのも久しぶりだ。
「では、次は何をいたしましょうか?」
半年前なら、この時点で頭を抱えていた。
だが、今は違うんだ。
「次は会計課だ。終わったら戻ってきてくれ」
「はい」
マヤは嬉しそうに出ていった。私も嬉しい。
机の上には、まだ何枚も応援依頼が残っている。
なんだ。簡単じゃないか。
◇
半年も経つ頃には、業務支援室の職員も増えていた。
各部署から届く応援依頼も思っていた以上に多く、暇になる日はほとんどない。
マヤは今日も朝から別の部署へ行っている。
以前は彼女が戻ってくる時間が近づくと、次に渡す仕事を探していた。
今では、その必要もない。
「室長、戻りました」
「次は何をいたしましょうか?」
机の上から一枚取る。
「人事課だ」
「はい」
すぐに出ていった。
残っている依頼を確認しながら、次にマヤが戻ってきたときに渡す一枚を横へ置く。
仕事なら、まだまだあるぞ。
もう怖くないからな!




