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 次の休日、約束通りナタリーはフェリシアを連れてカフェへと訪れた。

 あらかじめ予約をし、フェリシアの事情も伝えていたため、店員は快く席まで案内してくれた。

 フェリシアは少し緊張しているのか表情が硬かったが、どこか照れくさそうに歯に噛んでいたので、嬉しそうな彼女を見てナタリーも頬を緩ませる。

 二人揃って頼んだレモンタルトと紅茶だったが、会話に花を咲かせるうちにあっという間に完食してしまった。


 こんな日が来るなんて思わなかったと礼を言うフェリシアにナタリーは首を振る。彼女の努力が実っただけの話だ。

 するとフェリシアはどこか言いにくそうに、けれどもしっかりとナタリーを見て口を開く。


「ナタリー、あなたこの前、好きな人に自分を偽っているって、言っていたけれど……」


 お互いの悩みを吐露した日。始めて互いの闇を曝け出した日。あの日の話の続きをフェリシアはしようとしたのだろう。

 しかしながら、続きを話そうとしたフェリシアの目がある一点で止まる。衝撃で大きく見開かれた目が対面越しに座っていたナタリーにはよく見えて、何事かと彼女の視線を追うべく振り向こうとした、その時だった。


「まさか俺に取り入るために彼女にまで近づくなんて」


 唐突にかけられた険しい声に、ナタリーの肩が跳ね上がる。

 声の主を見るとマクシミリオンが立っていて、なぜ彼がここにいるのかナタリーはわからずに狼狽えた。


「マクシミリオン様……?」

「軽々しく私の名を呼ばないでくれ」


 マクシミリオンはどこか痛みを感じるように顔を滲ませる。

 おかしいとは思いながらも平静を装って、ナタリーはすぐに席を立ち彼に走り寄った。


「そんな。どこか私に悪いところがあったのなら遠慮なく仰ってください」


 ――そういえば話しかけられた時、彼は『フェリシアにまで近づくなんて』と言っていた。


 フェリシアの様子からしても二人は他人ではなく関わりがあるのだろう。けれど、その繋がりなどナタリーは今の今まで全く知らなかった。彼はずっとシャーロンに想いを寄せていると思っていたし、他に女性がいる素振りなど全く見せなかったから気づきもしなかった。

 そして、もし彼が、フェリシアが想いを寄せる訳ありの相手だとしたら……完全に両想いではないか。

 そう思うと、胸が張り裂けるように痛んだ。

 本来ならばフェリシアの前でマクシミリオンにこんな態度をとるのは辞めた方が良いのだろうが、一度動いてしまった体は止まらない。それにマクシミリオンの前では自然とナタリーは自分を作ってしまう癖があった。


 けれど、一つだけ誓って言えるのは、ナタリーはマクシミリオンに近づくためにフェリシアに近づいた訳でも、彼女を害する気があった訳でもないということだ。


 そのためマクシミリオンの誤解を解こうと思って彼の次の言葉を待つ。何をどう勘違いしているのか、話してくれれば説明ができると思ったからだ。

 けれど、掛けられた言葉は予想とは違っていた上に、想像以上に冷たいものだった。


「では失礼を承知で言わせてもらう。その媚びたような口調も、馴れ馴れしい態度も、私の意思を無視するところも、昔から全くもって好みではない」


 マクシミリオンはナタリーを冷めた目で見下ろしながら、自分に触れている彼女の手を振り払う。

 そうしてフェリシアの肩に優しく手を添えた。これは自分の大事なものだと言わんばかりに堂々と。

 見せつけるようなその行為は、ナタリーに対する完全な拒絶を表していた。

 マクシミリオンは、ナタリーを視界に入れるのも嫌だというように、目を逸らした状態で話を続ける。


「金輪際話しかけるのはやめてくれ。君みたいな我儘な人間はもう飽き飽きなんだ。いい加減放っておいてくれないか。頼む」


 苦しそうに吐き捨てる彼の顔がよく見える。紛れもないマクシミリオンの本心に、ナタリーはもう今までのようにはいかないであろうことを悟る。


 ――ああ、そうか。私の存在がまさかここまで彼を苦しめていたなんて。


 彼に迷惑をかけていたのは事実だ。

 彼の優しさに漬け込んで、長いこと付き纏ってはアピールを続けた。毎回告白するたびに苦しそうに首を横に振っていたのに、いつかは自分に振り向くはずだと奢っていたツケが回ってきたのだろう。


(まぁ、私にしてはここまでよく頑張った方だわ……)


 何年も何年も。飽き性な自分がよくもまぁここまで一人の人間に思いを寄せられたものだと思う。


 振られても諦められなかった。

 初めて会った時から変わらない彼の真っ直ぐなところが好きでたまらなかったのに、その彼が私に向ける真っ直ぐな目が今は辛くてたまらない。

 でも何より、彼にそんな思いをさせていた自分自身が一番許せない。


『あまりにもしつこくて煩わしくなったら、遠慮なく突き放してくださいね』


 かつてマクシミリオンに伝えた言葉が脳裏に蘇る。

 ここまで冷淡な態度を取らなくてはいけなくなるほど、彼を追い詰めていたとしたら――?


「ごめん、なさい」


 口からこぼれ出た言葉は、マクシミリオンへの謝罪だった。

 以前、フェリシアに今の作り上げた自分など嫌いと言ったが、その通りだと心の中で苦笑する。


(そろそろ本来の私に戻りましょう……戻ろう)


 この格好も、口調も、表情も。もう作らなくていい。

 とうとう失恋を受け入れたナタリーはゆらゆらとその場を後にする。


「ナタリー!」


 フェリシアの声が聞こえる。彼女らしい、心からナタリーを心配し引き留める声。

 応える気力は残っていなかったが、ナタリーは何とか涙をこらえ、笑顔を作って振り向く。


「フェリシア、元気でね」


 同席していたフェリシアには悪いが、彼女もマクシミリオンの大事な人とあってはもう金輪際会うことはやめた方が良いだろう。少なくとも気持ちが落ち着くまでは、嫉妬して何をしてしまうかわからない。

 彼はシャーロンが好きだと思っていたが、これだけ時間が経てば新しい恋に進んでいてもおかしくないし、恋人でなくても、マクシミリオンがナタリーに睨みをきかせるくらいには大切な人なのだ。


 それにフェリシアを家まで送り返す気でいたが、マクシミリオンが付いているならば安心だろう。その証拠に、彼女を横抱きにして何やら会話している。彼女の足のこともきちんと把握しているようだし、心配はないだろう。


 失恋もして、友人も失って。


 今日ほど散々な日はもうないだろうと自嘲しながら、ナタリーは店を後にする。

 日が少し傾き始めた程度の時間帯。けれど、今日は空が曇っていて既に薄暗い。


(私の代弁者のつもりなら、雨くらい降ってくれてもいいのに)


 どんよりとした空気の中をただ一歩一歩進んでいく。

 ふと、急いだような声で「ナタリー!」と叫ぶ声が聞こえてくる。足を止めて振り返れば、マクシミリオンが髪を乱して立っている。


「フェリシアは足が悪いのに何も告げず去るのか?可哀想だと思わないのか!?やはり君は……」


 彼がそう言った時、フェリシアの気持ちが痛いほど分かった。


(好きな人を罪悪感で縛りつけたくない、ね。確かに、可哀想って思われているうちは告白なんてしたくでもできないか……)


 ナタリーはここで大人しく去る。けれどもフェリシアとマクシミリオンはどうか上手くいってほしい。何より、フェリシアの努力を彼には認めてほしい。

 あれだけ辛いことを打ち明けてくれたフェリシアへの餞に、少しだけ協力しておこうか。


「可哀想とは思いません。彼女は自分の境遇にめげず前向く凄い人です。フェリシアには、これからも応援しているとお伝えください」


 半分は強がりで。

 でも、放った言葉に嘘はない。

 ナタリーはフェリシアのことも大好きで、尊敬しているから。


「……ごめんなさいマクシミリオン様、いえシトロン侯爵様。長いことご迷惑をおかけしました」


 最後くらいは肩の力を抜いて。


「彼女が待っているでしょう。早く戻って差し上げてください。私はこれで失礼します」


 深く、深く、頭を下げて。

 動く気配のないマクシミリオンを見て、仕方ないと先に踵を返して。


 こうして、彼女の長きに渡る身の程知らずの恋は終了した。


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