3
その日から、ナタリーは少し変わった。
以前のように気力の無さを全面に出すことは少なくなったし、相手が誰であっても真摯に向き合うようになった。そのうち自分の捻くれた部分を直してくれるような素晴らしい友人たちにも恵まれ、学院内の活動に精力的に取り組むようになった。
一年生が終わる頃には生徒会へ勧誘され、表立って彼女を悪くいう人間はいなくなっていた。
生徒会ではマクシミリオンと同じ書記として、彼から指導を受け親睦を深めた。
仲良くなると、彼は真面目なだけではなく、時にはちょっとした冗談も言う可愛らしい人だと分かる。
実習以来関わりのないナタリーが心配だったらしく、いつでも頼りにするよう言われれば目元を染めて頷くしかなく、前々から図書室で熱心に本を読む姿を好ましく思っていたと言われれば、こちらこそと小声で掠り声を出す他なかった。
そんなナタリーの様子を、生徒会副会長であるエミリオも微笑ましく見守っていた。
憧れが恋心に変わるのは一瞬で、そして恋心を自覚するのも一瞬で、ナタリーはとうとう気持ちを抑えられなくなった。
マクシミリオンには婚約者がいない。だから自分にもチャンスはあると思った。ファンクラブの人たちにはかつてただの憧れだと伝えていたが、こうなれば前言撤回だと宣言のやり直しにも行った。
だがナタリーは、アプローチといっても何をすれば良いのかよくわからなかった。それに真っ直ぐなマクシミリオンには、直球で気持ちをぶつける方が良いだろうとも思っていた。
結果、ナタリーは突っ走った。
「マクシミリオン先輩が好きです」
生徒会室で突然告白をするナタリーにマクシミリオンはただ固まり、その場に同席していたエミリオは優雅に飲んでいた紅茶を吹きこぼした。
「ど、どうしたんだ……!なにを突然……っ!」
「ずっと先輩のこと好きでした。実習で助けてくれた時から。いえ、図書室で助けてくれた時からずっと」
「……すまないが、俺は君を妹のように思っているが、恋愛対象としては見られない」
「そうです、か」
ショックだった。
だが、元々これは負け試合だ。勝機はない。
だって、マクシミリオンはずっと同じ生徒会に所属している生徒会長――シャーロン・クロウ公爵令嬢を想っている。彼は上手いこと隠しているようで、実際ファンクラブの人たちは気づいていないようだが、二人の側にいるナタリーには分かる。彼はずっとシャーロン生徒会長が好きで、だからこそ彼には未だに婚約者がいないのだ。
「想いに応えてやれなくてすまない、ナタリー」
恋心なんて消えてしまって、ただ彼に憧れを抱く気持ちだけが残れば良いなんて思う。そうすれば、彼が誰を想っていても屈託のない笑顔で過ごせる。
だが真摯に断りを入れてくるマクシミリオンにまた一つ恋をして、ナタリーはこの辛い恋路を辿ることを決意する。
シャーロンは王太子殿下と婚約していて、卒業した暁には輿入れすることが決まっている。だからナタリーにも努力する余地はまだあるはず。……大丈夫、まだ頑張れる。
ナタリーは静かに微笑みを返した。
◻︎ ◻︎ ◻︎
その日の放課後、帰り際に声がかかり振り向くと、エミリオがいつものように仰々しい笑顔を浮かべていた。
「やぁやぁナタリー君、今日の君は随分と大胆だったじゃないか。まさかマクシミリオンに想いを伝えてしまうとは。君もなかなか隅に置けないな。だが、ノンノン!今はダメだ!なんたって……」
「分かっています。マクシミリオン先輩は別に想い人がいるって言いたいのでしょう?」
ナタリーが首を傾げれば、エミリオはやられたとばかりに苦笑する。
こんな時の彼はちょっと素が見える。
きっと、心配してくれていたのだろう。バツが悪そうに話し始める。
「分かっていて告白したのだとしたら、君はなんというか、無鉄砲だな」
――無鉄砲
確かにそう言われても仕方ないかもしれない。実際、実習での行動を振り返っても、ナタリーはあまり後先を考えるタイプではない。
「それでも、何もないよりはマシですから。少しでも私のことを考えてくれるのなら、まだ可能性はあるはずです」
機会を逃してしまう方がよっぽど恐ろしい。そっちの方がよっぽど後悔が残る。
「……そうだな。最終的な決断を下すのはマクシミリオンだが、私としては君の背中を押すことにしよう」
「ふっ、ありがとうございます」
エミリオのウインクになっていないウインクがおかしくてつい笑みが溢れる。
彼は美貌も霞むほどの癖の強さと平民という出自から、ナタリーと同じく周囲から下に見られることが多い。彼自身も気にせずナルシスト全開でいるものだから、よく馬鹿にされて笑われている。マクシミリオンとエミリオを並べて、アタリのリオ、ハズレのリオ、なんて呼び分ける人さえいる。
それでも、やはり平民の特待生で初めて副生徒会長にまで上り詰めた脅威の実力は本物で、一目置かれる存在であることも間違いなかった。そしてそんなおかしな立ち位置にいる彼は、似たような境遇のナタリーに親近感を持っているらしく、よく暇つぶしにとばかりに構ってくる。
いつもは適当に相手をしていたが、今日くらいは彼に少し感謝しても良いかもしれない。
エミリオの元気の出る励ましに気合を入れ直したナタリーは、次の日からもめげずにマクシミリオンへのアプローチを続けることを決意した。
◻︎ ◻︎ ◻︎
生徒会は仲が良かった。マクシミリオンらと共に活動できた時間は一年と短かったが、代替わり前には生徒会内で送別会が開かれるほどだった。
送別会は生徒会長であるシャーロンの住む、公爵家のタウンハウスで行われた。
作法のさの字もないナタリーは緊張で震えたし、一張羅などなく制服に身を通して参加することとなってしまったが、シャーロンは「制服参加でも良いのよ。今日はただ楽しむことが一番なのですから」と温かく迎え入れてくれた。
予想外だったのは、マクシミリオンやエミリオも制服姿だったことだ。マクシミリオンは言わずもがな貴族令息だし、エミリオも商家出身で格式高い場所には慣れている人だ。わざわざ制服に袖を通す必要は無かったろうに、吃驚した。
「まさかお二人まで制服とは……」
「制服に袖を通せるのも数える程しか無いからね。マクシミリオン、君も同じだろう?」
「あ、ああ、そうだな」
マクシミリオンの視線はシャーロンに釘付けで、ナタリーの会話の相手はエミリオが中心だったが、それも無理はない。シャーロンは参加者の誰よりも美しかった。
レースがふんだんに使われたクリーム色のドレスに包まれた彼女は、可憐さと妖艶さを併せ持つ唯一無二の雰囲気を纏っていた。ハーフアップにしたブロンドの髪は緩やかなカーブを描き、長いまつ毛に縁取られた蜂蜜色の瞳は全てを包み込むような慈愛に満ちている。女神か妖精の類いだと思った。その上、発する言葉、皆をもてなす心遣い、所作、全てが丁寧で洗練された人だった。
正直、ナタリーは完敗だと思った。
あのくらい素敵な女性になれれば、マクシミリオンの視線を独り占めできるだろうか。そんなことを考えた。
「シャーロン、何をしている!」
「殿下、なぜこちらに?」
送別会はシャーロンの婚約者である王太子殿下の乱入によって混乱を見せた。
殿下はシャーロンが可愛くて仕方ないらしいが、あまりにも感情の伝え方が下手な人だった。口が悪く、乱暴で怒りっぽい。公的な場では見せない不器用さがシャーロンに対しては全開で、ずっと穏やかに対応し続ける彼女の方が、殿下よりずっと大人に見えるほどだった。
やがて殿下は生徒会の面々へと矛先を変える。マクシミリオンやエミリオのような男子生徒と席を共にしていることが許せないとでもいうように、シャーロンを腕の中へ囲った。シャーロンも満更でもなく大人しく従っている。
ナタリーはふと、マクシミリオンが気になった。心配になったと言ってもいい。彼はシャーロンにずっと憧れており、そんな彼にとって目の前の光景は目に毒だろうと思った。
案の定、その表情はとても硬く、何かを堪えているように下唇を噛み締めていた。
その後、送別会はすぐにお開きとなった。
ナタリーは先輩方への感謝の気持ちとして、一人一人に栞を製作していた。それぞれの瞳の色と同じ花を押し花にして作ったものだ。手紙と一緒に同封して便箋に入れた。
シャーロンは便箋を見て喜びのあまり抱きついてくる勢いだった。すかさず殿下が引き剥がしていたが。
マクシミリオンやエミリオも感慨深そうに受け取って眺めていた。
その帰り道、シャーロンから貰った手土産に浮かれながら歩いていたナタリーをマクシミリオンが呼び止めた。
「ナタリー!」
その手に握られた開封済みの手紙を見てナタリーは悟る。
足を止めてマクシミリオンを見上げた。
「すまない。やはり、俺は、君の気持ちに応えることはできない」
マクシミリオンは息を整え切る前にナタリーにそう告げた。
手紙には感謝の手紙と別に告白の手紙も同封していたから、彼はその返事を伝えに来たのだ。
「わかりました。こちらこそ、ご足労おかけしてすみません」
「ナタリーは、これからも大事な友人だ。今後ともよろしく頼む」
妹みたいと言われたり友人と言われたり、とりあえず嫌われていないことは分かる。だが、恋人として見られることは無さそうだ。
それでも、まだ彼のそばにいられるのならそれで良いとナタリーは思う。
(元々、長期戦の予定だもの)
彼を好きになってまだ一年。まだまだここから努力する余地はいくらでもある。身分差だって、努力で埋めてしまえば良い。
――でもまさか、この後数年間にも渡り彼に長い片想いを続けることになるとは、この時のナタリーは全くもって知るよしもなかった。




