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「それは災難だったろう。だが、私のサボりが一人の命を救うとはなかなかに興味深い結果だと思わないかい?いや、正確にはサボりでない。メンバーに気づかれない程度につまみ食……いや、何か食べられるものを探しに、森を散策していたのだ。今回の課題は、酷いことにチームごとに道がバラバラになるように設定されているだろう?私は君のように助けを求める存在がいると感知して、あえてチームを抜けてきたのだ。おーい、私の話を聞いているのか?そうかそうか、この私の優秀さに目も合わせられないときたか」


 ご飯を食べ続けるナタリーと、永遠と話し続ける男子生徒の光景は、なかなかに滑稽だ。

 彼は空腹で倒れたナタリーに、手持ちはこれだけだと言いながらも、ポケットに忍ばせていたパンやらお菓子やらを分け隔てなく渡してくれた。全く君のチームメンバーは何をしているのだと小言を言いながらも世話を焼いてくれるその温もりが存外心地良いと感じながら、ナタリーはひたすら口をもぐもぐさせる。

 能天気な彼は知らないようだが、ナタリーは学院で嫌われている。彼もきっと、自分の噂を聞けばすぐに離れていくのだろう。だから情を持っていかれない程度に彼に接していた。

 空腹を満たされ改めて彼を見ると、フワッとした白金の髪に澄んだ空色の瞳をしていて、マクシミリオン・シトロン侯爵令息とは対極にいるような、なかなかの美青年だなぁとしばらく見惚れる。目が合った彼はにこりと微笑んで、次の瞬間にはまた口を開いていた。


「君も私に助けられるとは幸運だな。なんたって私は学院一成績優秀、眉目秀麗な男なのだから!」

「顔はいいですけど、言動のせいで男前が台無しですね」


 大袈裟な身振りに手振り。個性的な口調。お調子者でナルシストと言われても否定できないくらいには自身家な彼に、ふっと笑いが込み上げてくる。

 そんなナタリーを見て、彼は少し驚いたように目を開く。怒らせてしまったかと不安になったが、次の瞬間にはさらに鼻を高くして笑っていたからホッと胸を撫で下ろす。


「ハッハッハ!私を男前だと言うとは、君もなかなかに素直な人物だな。よし、そんな君に朗報だ。私の名を教えてやろう。私は……」

「エミリオ・バルテルト、何をしている」


 ふと、二人の背後から低い声がかかる。

 草木の隙間から見覚えのある黒髪が見えて、ナタリーはハッと息を呑んだ。


 誰が来たかなんて分かりきっている。というか、この声の主をナタリーが聞き間違えるはずない。この学院で唯一、ナタリーが出会えて良かったと思う人だ。

 振り向けば、もちろん、そこにマクシミリオンがいる。

 スラリとした体躯。けれど痩せているわけではなく、筋肉で引き締まっているからこその体つき。運動服姿でも彼は絵のように様になっている。

 そしてそんなマクシミリオンの目は真っ直ぐにただ二人を観察している。


 その目が何を考えているのかナタリーは考えた。


 もしかしてチームメンバーたちが彼を呼んだのだとしたら、彼はナタリーをとんだ足手纏いだとでも思っているのだろうか。

 それとも隣にいる彼の名を呼んでいたから、彼を迎えにきただけだったのだろうか。


 マクシミリオンを前にすると、予想外に脳内が煩くなりたちまち冷静さを失ってしまう。


 数秒の沈黙の末、ナタリーの隣でポカンとしていたエミリオが、場に似合わない軽快な口調で話し出す。


「ノンノン、マクシミリオン、君は誤解をしている!私は人助けをしていただけだ!な?な?そうだろう?」


 助けてくれた彼の名はエミリオ・バルテルトと言ったらしい。エミリオ……エミリオ・バルテルト……そうか、彼は生徒会の………。

 ナタリーはやっと彼が同じ特待生であり、変わり者として有名な生徒会副会長エミリオ・バルテルトであると気づく。

 そして気づいたからには、きちんと敬うべきだと反省する。

 

「まさか生徒会の方とは気づかず……。馴れ馴れしく接してしまい、申し訳ありませんでした。助けていただいてありがとうございます。このご恩は忘れません」


 一歩下がって頭を下げたナタリーに、エミリオはショックを受けたようだった。ガーン、なんて効果音が付くくらいの大袈裟な表情をしている。


「おいマクシミリオン、君の威圧感のせいで彼女が怯えてしまっているではないか!その証拠に、あんなに打ち解けていた私にまで他人のような仰々しい態度を取り始めている。かわいそうに。大丈夫、彼は意外と紳士だから」

「いや……、おそらく俺のせいではないだろう」


 エミリオを前に素の姿をみせるマクシミリオンに、ナタリーはまた少しドキリとする。


(一人称は『俺』なんだ……)


 自然体の彼の姿を見たのは、本を読む姿以外では初めてだ。友人の前だと、凛々しい眉を片方だけ少し下げて会話するのかとまじまじと見つめてしまう。

 すると彼はナタリーの視線に気づいて、心配するように目を細めて笑った。


「君はナタリー・ラミルだな?救急患者がいると二十四班から連絡を受けたが、その様子だと、俺が受けた説明とは少し違うらしい」


 日頃から観察していた人に今度は視線を送られている。その事実がこそばゆくてナタリーは少し頬を染めた。

 それと、やはりチームメンバーが彼を呼びにいったという。説明も自分たちは悪くないとでも言わんばかりの内容だったらしい。それでも、話を鵜呑みせず自分の目で判断する彼は想像通りの人だと思った。


「もう大丈夫です。心配してくださってありがとうございます。……あの、覚えていらっしゃるかわかりませんが、以前図書室でも助けていただいたことがあるんです。あの時も、本当にありがとうございました」

「図書館でのことも覚えている。だが礼を言う必要はない。あの場に居合わせた者なら当然の行動だ」

「それでも、ほんとに助かりました。ありがとうございます」

「それより、怪我はないか?体に異変は?」

「怪我はありません。異変も。空腹だったのですが、バルテルト副会長のおかげでそれも落ち着きました」


 マクシミリオンを前にすると、どうもそわそわして落ち着かない。そんなナタリーの姿をエミリオは意味ありげに眺めながら腕を組んで言う。


「心配ないというが、油断は禁物だろう。なにせ彼女は私が来るまで地面に倒れこんでいたのだ。そうだな、ふむ。マクシミリオン、悪いが彼女を救護室まで運んでやってくれ」


 しっかりと頷いたマクシミリオンにエミリオは満足気に笑いながら、ナタリーの耳元でそっと囁く。


「君は存外分かりやすい子だね。ここは特別に私が協力してあげよう」


 エミリオは意外と周囲をよく観察する鋭い男らしい。

 そのままマクシミリオンに横抱きにされたナタリーは、顔を真っ赤にさせながら、チェックポイントにある救護室まで運ばれていった。



◻︎ ◻︎ ◻︎



 マクシミリオンに横抱きにされ、そのまま救護所のベッドまで運ばれてから僅か十数分後のこと。


「あら、もう大丈夫なの?」


 仮設テントで少しの休憩をとったナタリーは、ベッドの縁から腰を浮かせて立ち上がった。

 面倒を見てくれた養護教諭に感謝を述べてチームメンバーの元へと足を進める。わずか数時間の出来事とはいえ、彼らがどうなっているのか気になったのだ。 

 それに、あまり救護所に居続けても成績が下がってしまう。気は乗らないが、この実習が終わるまでは彼らと一緒に行動した方が、結果としては良い成績になってマシになると判断してのことだった。

 だがナタリーの姿を見るや否や、チームメンバーは啖呵を切って怒り出した。


「あなたのせいで、あなたのせいで!マクシミリオン様が、あなたに害を与えるならば許さないっておっしゃって、それで!」


 どうやらナタリーが休んでいる間に、マクシミリオンがメンバーに釘を刺したらしい。

 その事実に嬉しくなると同時に、困ったことにもなったと思った。恨みを一気に買われてしまった。

 そして次に出た言葉がナタリーをさらに打ちのめす。


「あなたのせいで、私たちは最低評価にされたわっ!」


 悲痛にも似た叫びはどこまでも勝手な言い分だが、最低評価をくらったという事実にナタリー自身も打ちのめされてしまい、呆然と立ち尽くした。

 頬に平手打ちをくらったが鈍い痛みしか感じない。

 だって、特待生は成績が落ちれば学院から追放される。もしくは、高額な学費を払わなければならない。この学院を卒業することさえ出来ればそれで良いと思っていたナタリーにとって、か弱い貴族令嬢の平手打ちよりよっぽどこちらの方が痛かった。


「ごめん、なさい……」


 ナタリーは始めて弱気になった。


「そう……。なら、あなたが責任をとって自白しなさいよ。自分が不甲斐ないせいで、チームメンバーを巻き込んだのに、被害者面をして助けられましたって。さっさとマクシミリオン様に伝えに行きなさいよ」


 背中を蹴られるようにして送り出されたナタリーは、ただどうしようと思いながら歩き続けた。他のチームの生徒たちは見て見ぬふりを決め込んで誰も近づいてこない。 

 ただ歩いているうちに冷静になっていく頭で、チームメンバーに従う必要などなかったと思い至る。言うことを聞くより、真実を話す方が良いのだろう。それでもこの実習を上手く終わらせるためには、ただ自分は被害者だとマクシミリオンに縋るだけでは駄目だとも考える。

 悩んでいるうちに彼を見つけ、彼もナタリーの姿を認めて走り寄ってくる。


「もう復帰したのか?もう少し休んでいた方が良いのでは。どうした、やはりまだ具合が悪いのか?差し支えなければ俺が救護所までまた運んでやろう」


 追い詰められていたナタリーにとって、マクシミリオンの優しさはどこまでも沼だった。片足を突っ込んでしまえば、全身まで一気に引き摺り込まれるような感じがした。

 やがて彼の視線がナタリーの頬へ向き、骨ばった手が頬へと伸ばされる。


「その腫れは……」

「どうした、マクシミリオン……って、ナタリー君じゃないか!その頬はどうした!?」


 エミリオまで走り寄ってくるのだから、注目の的である。ナタリーは困惑して何も言えなかった。

 狼狽えるばかりのナタリーに、エミリオが気遣うように言う。


「よし分かった、私たちがなんとかしてあげよう」

「ああ。俺も力になる」


 二人の心強い言葉にナタリーはほっとした。

 嬉しかった。心にじわりと温かくなる感覚は久しぶりだった。

 でも一方で、頷くべきでないとも思った。

 今彼らに頼ってしまえば、ナタリーはずっと二人に甘え続けてしまうだろう。それは良くない。


 だから、ただ首を横に振って笑った。


「いえ、お礼を言いに来ただけです。お二人とも、助けてくれてありがとうございました」


 頭を下げてしっかりと礼をする。そのまま踵を返したナタリーに、マクシミリオンは戸惑うように「頬の手当てを……」と呼びかけてきたが、その声を嬉しくは思いながらも振り返ることはせず、まずは課題評価の担当教諭のもとへ向かった。そして、どうすれば今から評価を挽回できるか尋ね、これから頑張るという意気込みを熱心に伝えた。片頬を腫らしながらも頭を下げて真剣に話を聞くナタリーの熱意に、担当教諭は驚きながらも真摯に答えてくれた。


 その後、チームメンバーの元に戻るやいなや評価方法を伝えると、彼らは予想だにしない事態に驚いたようだった。

 マクシミリオンの誤解は解いたのかとしつこく尋ねてくるので首を横に振ると、激しく怒り散らかしてきたが、それでもナタリーはもう下手に出ることはなかった。

 「良い評価を取りたいと言う気持ちだけは同じはず。今までのことは忘れてメンバーとして協力していこう」と何度も呼びかけた。言い争いはやがて大喧嘩へと発展したが、二日目の真夜中には「この合宿の間だけはあなたをメンバーとして認めてあげなくもなくもない」という言質を取るのに成功した。

 そして三日目で見事評価を上から二番目にまで回復させ、合宿が終わる頃には「小指の爪の先程度は自分たちにも非があった」と遠回しに謝罪されることとなり、ナタリーもつい笑って許したのであった。


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