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18 エミリオ視点


「……副団長、あの…………」


 背中から弱々しい声で呼び止められ、エミリオは憔悴しきった表情の後輩を振り返る。

 ジャンが落ち込む姿など初めて見た。 

 エミリオはいつも飄々としているジャンの変わりように少し眉を下げた。


「すみません、俺っ、早とちりであんなどうしようもないこと……!」

「それを言う相手は別にいるだろう?」


 エミリオがそう言えば、ジャンの眉もきゅうと下がる。


「ですけど俺のせいでお二人の仲が……。それに、ナタリーさんの副団長への態度見て、俺はなんて筋違いなことを言ったんだろうって。本気でエミリオ先輩のこと考えているナタリーさんにあんな心無い言葉を…………」

「君が私を慕ってくれていることはナタリーも知っている。彼女ならきっと分かってくれるだろう。今日はもう休みなさい」


 ジャンを見送り、エミリオも執務室に荷物を取りに戻る。

 帰宅の準備を進めていると、ドアがノックされ、マクシミリオンが現れた。


「……エミリオ、ちょっと良いか」


 ナタリーを家まで送るよう頼んだはずだが、どうしてここにいるのだろう。

 その驚きが表情に出ていたのか、マクシミリオンは困ったように微笑んだ。


「きっとここで折れたらお前が二度と立ち直れなくなる、ってナタリーは思ったんだろうな。一人で帰っていった。もちろん彼女を見守るよう護衛はつけたが……あんなに腹を立てる彼女は初めて見た」

「……そうか」


 ナタリーは感情の起伏がないわけではないが、負の感情に関しては自分の中で溜め込みがちで、怒りを人にぶつけることなどない。


「俺が鈍いせいで、多くの人間に迷惑をかけた。お前はずっとナタリーが好きだったんだな」

「こちらが一人で勝手に隠してきたことだ。君は悪くない」

「はは、お前はそういう奴だよな。簡単に人を詰らず、常に相手に寄り添った言動をする。だからお前の心は分かりづらい」


 「不器用な男だ」とマクシミリオンは笑う。


「もっと素直になっていい、エミリオ。ナタリーはお前が好きなんだ」


 マクシミリオンの真剣な目がエミリオを射抜く。彼の真っ直ぐさはいつだって人を引っ張り上げる力強さがある。なのに、今のエミリオはその手を素直に取ることができない。


「だが、君はナタリーが気になっているのだろう?誤解が解けてからの君の視線は、明らかに前と違う」

「それはだな……」


 マクシミリオンは痛いところを突かれたとばかりに頭を掻く。

 それだけで、エミリオの心は不安に包まれる。


「正直言うと、妹を助けてくれた恩と誤解して強く当たった申し訳なさが混じり合って、接し方が分からない。これまで俺から話しかけることなどなかったのもあるが……それだけだ」

「……つまり恩人として気にしてはいるが、恋愛対象として見ているわけではないと?」

「その通りだ」


 マクシミリオンは大きく頷く。


「言いたいことは言ったから俺は帰る。じゃあまた」


 彼は励ましを送るようにエミリオの背中を軽く叩き、踵を返して帰っていった。



◻︎ ◻︎ ◻︎

 


 就寝準備を終えたエミリオは、ベッドのすぐ横にある引き出しの二段目を開けた。

 ここには宝物をしまっている。学院の合格通知書や、騎士として働く中で市民から届く感謝状など、自分にとって大切な思い出が込められたものばかり。

 エミリオはその中の一つである古びた便箋を手に取る。ナタリーが卒業時にくれた感謝の手紙だ。古びていても、何度も読み返しているからすぐに取り出せる。


 丸みを帯びたかわいらしい文字。その筆跡を、エミリオは静かに目で追っていく。



『 エミリオ・バルテルト先輩


 エミリオ先輩、この度はご卒業おめでとうございます。

 思い返せば、合同実習で接点ができてから、エミリオ先輩にはずっとお世話になってきましたね。

 初めて会った時、空腹で倒れている私に世話を焼いてくれたこと、今でも覚えています。

 先輩は口調も身振り手振りも独特で、失礼ながら最初は正直おかしな人だなんて思ってしまいましたが、よくよく考えれば、孤立した私にも分け隔てなく接してくれて、自分の分の食べ物まで恵んでくれて、感謝を求められるかと思えばさっぱりしていて、そんなありがたい人他にいませんでした。

 勉強面でも、生徒会のことでも、恋の相談に関しても、色々サポートしてくださって、ありがとうございました。

 来年からエミリオ先輩がいないとなると、生徒会は静かで寂しくなりそうです。


 卒業後、先輩は騎士の道へ進まれるとお聞きしました。

 誰かの為に動ける先輩にぴったりのご職業だと思います。一後輩として、陰ながらご活躍をお祈りしております。


 最後になりますが、別れの餞別にこれまでの感謝を込めた花の栞を贈ります。栞に使った花は、エミリオ先輩の瞳と同じ爽やかな空色のルリマツリです。

 「いつも明るい」というルリマツリの花言葉のように、エミリオ先輩はいつだって明るく皆を元気にしてくれる存在でしたね。先輩のそばにいれば、皆毒気を抜かれて開放的な気分でいられる。でもその実、損な立ち回りを一番引き受けてくれていたのはエミリオ先輩だったとも思います。ちょっとくらい毒を吐いても良いのに。皆先輩に甘えすぎでは?そう嘆く私に、「君に気づいてもらえるだけで十分報われたさ」って笑って言ってくれたこともありましたよね。私はその時、エミリオ先輩には誰よりも幸せになって欲しいと思いました。きっとその権利が誰よりもある人だから。ですから、たまには趣味の読書で、ご自分のことも甘やかしてあげてくださいね。そして栞を見て、先輩に幸せになってほしいと思っている後輩が一人いるってこと、たまに思い出してくれたら嬉しいです。


 それでは、長くなりそうなのでこの辺で。

 三年間、ありがとうございました。


ナタリー・ラミル  』

 

 

 エミリオは、便箋に書かれたナタリーの名を優しく指でなぞる。

 初めてナタリーから貰った手紙。世話になった先輩たちに宛てたものの一つでも、エミリオにとっては特別嬉しいものだった。

 手紙を受け取った日は、家に帰って真っ先に封を切った。

 封の中でから出てきたのは手紙と手のひらサイズの栞。それだけでそわそわして落ち着かない気持ちになった。

 手紙に綴られる思い出話と感謝。そしてエミリオへの思い。エミリオも脳裏に懐かしい日々を思い出しながら、夢中になって文字を追った。

 あっという間に読み終えて、また読み返して。そうして、大事に引き出しにしまって。

 それからもふと思い至った時や辛い時、自分を鼓舞したい時、何度だって読み返した。


 ナタリーは昔から変わらない。真っ直ぐで、自分の心に正直に生きている。

 マクシミリオンもそうだ。人の目を気にせず自分の正義を貫く強さがある。あの二人はよく似ているのだ。人前で仮面を被るエミリオとは違って、マクシミリオンの方がナタリーにはずっと相応しいと思っていた。

 

 だが、今日マクシミリオンと話しているうちに、それは勝手な考えだったと気づいた。

 そして手紙を読み返した今、その気づきはさらに確信に変わる。


  ――先輩には幸せになってほしい。


 前までは、手紙を読む度に胸に掠った寂しさ。

 エミリオはずっと”一緒”が良かった。エミリオの幸せにはナタリーが必要だったから、別々に幸せになりましょうと言われているようで切なかった。

 だが、今読み返してみれば不思議と心は凪いている。

 頭ではあれこれ考えていても、心は正直なものだ。


(……そうか)


 ふと、すとんと落ちてくる。

 答えはいつも、ナタリーが伝えてくれていた。


 一緒に帰ろうと言った時、

『エミリオ先輩が、いいんです。ほら!』

 エミリオがいいと、引っ込む手をパシリと取ってくれた。


 帰り道でも、

『私、もう前を向けているんですね。踵が地面について、爪先がやっと前を向いたんです。エミリオ先輩のおかげです』

 エミリオのおかげで気持ちに区切りがついたと言ってくれた。


 マクシミリオンを前にした時も、

『私、ここでエミリオ先輩のこと待っていますよ。一緒に帰りましょう』

 “エミリオと”一緒に帰りたいのだと主張してくれた。


 見合いの時も、植物園に行った時も、港町に行った時も、舞台を観に行った時だって。


 から回るエミリオを見るナタリーの目は、ずっと温かかった。その温もりを感じていたのに、エミリオは彼女の心の変化に気づかないふりをした。



(……はは、我ながら臆病すぎるな)



 ナタリーが怒るのも無理はない。彼女は少しずつでも一所懸命歩み寄ってくれていたのに、こちらはずっと線を引いたまま応えなかったのだ。


 エミリオの脳裏にマクシミリオンの言葉が蘇る。


『もっと素直になっていい、エミリオ。ナタリーはお前が好きなんだ』

 

 実にマクシミリオンらしいアドバイスであり報告だった。

 それを聞いてもなお、エミリオの足は震えている。臆病な性格は相変わらずだ。

 ……だが、確かに背中を押された気がした。


 エミリオは深く目を瞑る。


(ナタリーは僕が好き、ナタリーは僕が好き。よし、自惚れは僕……私の得意分野だ)


 自信家なエミリオも、臆病なエミリオも、全部持って。

 全部見せて、そして伝えよう。エミリオの気持ちをナタリーに。不器用でも良いから、正直に。 




 

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