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そう思われても仕方ないとナタリーは思った。
それくらいしつこかったと我ながら思う。
マクシミリオンが何度も丁寧に断りを入れても、ナタリーは構わず彼にすり寄ってはアピールを続けた。
そんな女が自分の大事な妹にまで近づいたと考えれば、やはりあの日のマクシミリオンの怒りは当然だった。
「……妹からは泣いて怒鳴られた。ナタリーには家名や家のことなど話していない。彼女は何も知らなかったと。そして近づくだけなら、料理を教えてくれたり、カフェまで連れ出してくれたり、そんな面倒なことはしなかったでしょうと説得してきた」
まさか君がそんなことをしてくれていたとはとマクシミリオンは呟く。
対するナタリーは、フェリシアが自分を庇ってくれていたという事実に鼻先がつんと痛んだ。
(フェリシア……。あの時そんなことを言ってくれていたの)
独りよがりな決断をしたのに、彼女はそれでもなおナタリーのことを案じてくれている。ナタリーは、今すぐフェリシアに会って謝りたい気持ちになった。
「全て俺の勘違いが原因だ。恨んでくれて構わない。責めてくれて構わない。――だが、どうかフェリシアにはもう一度会ってやって欲しい。この通りだ」
またもやマクシミリオンは深く頭を下げる。
宰相補佐なんて偉い立場の人が自分に頭を下げる必要なんてないのに、彼はやっぱり根が真っ直ぐな人なのだろう。
ナタリーはすぐさま彼に声をかける。
「顔を上げてください。フェリシアには、また会いに行きます。というか、会いたいです。会って、一度きちんと話をします」
逃げることで傷つかないようにしていたけれど、彼女は傷つこうともナタリーに歩み寄ろうとしてくれている。
誤解も解けた今、彼女を避けていたことが恥ずかしい。
「明日にでも、話します」
「ああ、そうしてやってくれ。本当に、恩に切る」
ほっと息を吐くマクシミリオン。
謝辞を述べられて、ナタリーは自分こそ彼に謝らなければならないと思う。
「いえ。宰相補佐殿が謝罪されることは何もありませんよ。むしろ私の方こそ謝らなければなりません。長いこと追いかけ回したこと。人目も憚らず絡んでしまったこと。……他にもたくさんご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした」
ああ、あの時よりすっきりとした気持ちで、言葉が出てくる。時間でみれば、まだそんなに日にちは経っていないのに、傷はどうやら癒えてきているらしい。
「もう今後は、今までのような行いをする気はないので安心してください」
全てを改める所存だ。
彼にこれ以上迷惑をかけてはいけない。
だが、マクシミリオンは未だ硬い表情のまま。
「あの時私が言った言葉なら……」
彼がなにを言おうとしているのかが分かって、ナタリーは被せるようにして口を開く。
彼がそれを思い出して傷つく必要など無いのだ。
「私、ずっと独りよがりでした。シャーロン様みたいになったら振り向いてもらえるんじゃないかって、現実から目を逸らして無理やり背伸びして。マクシミリオン様に言ってもらえなかったら、気づけなかった。……いえ、気づいていても受け入れようとしなかった。だから、むしろ感謝しかないんです」
次に進むために必要なことだったのだから気にしないで欲しい。
相手のために変わりたいと思う心は大事だが、自分を見失っては本末転倒なのだ。
シャーロンというワードに目を見張った彼が、「気づいていたのか……」と呟く。
ナタリーは頷いて言う。
「マクシミリオン様を好きだった過去に後悔はありません。私にとってマクシミリオン様は今でも眩しい存在で、尊敬の対象で……ですが、これからは遠くから幸せを願うことにします」
マクシミリオンを見れば、彼は険しい顔付きをしている。
間違ったことを言ってしまったかと、もしくはまだ自分のことが信用できず葛藤しているのかと、ナタリーは慌てて言葉を付け足した。
「失礼なことを言っていたらすみません。でも、本当に私は次に行くって決めたので!実際良い感じの方がいるので!」
エミリオの名前は出さないが、一応安心してもらうために存在は伝えておこう。
「長い間、ありがとうございました」
ナタリーは、心に残っていた小さな炎に蓋を被せる。
そうすれば、火は一瞬のうちに消えてなくなった。
(一区切り、付けられたのかしら)
誤解が解けたまま終わって良いなんて言っていたけれど、やはりきちんと解けた後は全然違うのだなと思う。心から全ての毒が抜け切ったような、そんな解放感があった。
◻︎
王宮を出たら時刻はすっかり夜で、辺りが暗い。
けれど、ナタリーの心は不思議と落ち着いていた。
自分自身でも、マクシミリオンを前に心がざわめかなかったことが驚きだ。あんなに心穏やかに話せるなんて。
そういえばフェリシアが妹だと知った時も、彼女が恋人でなくて良かったと思う気持ちが不思議と沸いてこなかった。
それになんと言っても……。
(不思議ね。こんな時に浮かぶのがエミリオ先輩の顔だなんて)
脳裏に浮かぶ人物にナタリーはくすりと笑う。
こんな時でも、エミリオはナタリーを笑顔にする天才だ。
(ほら門の前でこちらに手を振って、一緒に帰ろうって、……え!?本物じゃない!?どうしてこんな時間に!?)
想像していた人物が目の前にいるという現実に、ナタリーは驚いて彼に走り寄った。
「どうしたんですか!?」
「君とマクシミリオンが一緒にいるところを見たという者がいてな。少し心配だから待っていただけさ。家まで送ろう」
「いやあの、」
どうしてここにと尋ねたかったのだが、ナタリーが一緒に帰ることを戸惑っていると捉えたのか、エミリオは差し出した手を引っ込める。
「……それとも、マクシミリオンの方が良いか?それなら彼を呼んでこよう」
「いえ、帰りましょう!」
「そうか?僕ですまないな」
「エミリオ先輩が、いいんです。ほら!」
ナタリーは彼の手を半ば強引に取る。
歩き出したら、握り続ける手が汗ばんでいく。二人とも少し震えていて、ナタリーはつい笑ってしまった後でゆっくりと息を吐き出した。
「……今だけ、ちょっと甘えてもいいですか?」
「君の我儘なら、いくらでも付き合うさ」
エミリオは事情も尋ねずただ頷いてくれる。その優しさが余計に染みて、ナタリーの中の糸が緩んだ。
「……誤解、無事解けました。お互いちゃんと話して、ごめんなさいして、一区切りつけてきました」
「頑張ったな。彼と話すのは、勇気のいることだっただろう」
「ふふ。そう思っていたんですけれど、そうでもなくて……。むしろ話している間、ずっと心は凪いでいたんです」
その理由が今なんとなく分かった気がする。
「どうしてだろうって不思議だったんですけれど、さっきエミリオ先輩の顔見たとき分かったんです。……私、もう前を向けているんですね。踵が地面について、爪先が前を向いたみたいなんです。エミリオ先輩のおかげですね」
叶わない恋を続けるより、エミリオが優しくエスコートしてくれる先の世界を知りたくなった。
そして烏滸がましいかもしれないけれど、ナタリーを支えてくれる彼を、今度はナタリーも支えたくなった。
隣のエミリオを見上げれば、彼は複雑な表情を覆うような笑みを浮かべている。
「そんなことはないさ。私は何もしてない。すっきりしたのは、きっと君が頑張りきったからさ」
どうして彼はこんなにも優しいのだろう。
自分の気持ちを押し付けてこないし、どこまでもナタリーを尊重してくれる。
それはとても嬉しいことの筈なのだろうけれど……少し寂しい、なんて思ってしまった。




