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「お試しで付き合いませんか?」
その言葉通り、ナタリーはエミリオと付き合うこととなった。
言い出したのはナタリーで、エミリオは「そんな奇跡がっ?」とキョトンとしていたけれど、次の瞬間には「よろしく頼むっ!」とぎゅっと両手を包まれた。
彼は自分の行為にまた吃驚して動揺していたけれど、エミリオの新しい姿をたくさん見られたあの日は、ナタリーにとって新鮮な日だった。
そして今日はそんなお試しデートの日だ。とはいっても休日が続いているから、昨日の今日で取り付けた話だが。
場所は王都から少し離れたところにある植物園。季節はすっかり秋で、この時期に咲く花は限られているが、エミリオの解説がなかなか興味深く退屈は感じなかった。
植物園の目玉である温室や、季節限定のコスモスの花畑。様々なところを見て回り、様々な植物の知識を身につけた。
途中、エミリオは空色の小ぶりの花を前に足を止める。
ナタリーはその花を見て、懐かしいというように目を細めた。エミリオも自然とナタリーに寄り添って花を眺めている。
「覚えているでしょうか。昔生徒会の送別会で、先輩方へ栞を贈ったことがあったでしょう?エミリオ先輩は、ルリマツリの花だったんですよ。拙い栞だったのにみなさん大袈裟に喜んでくれて、とても嬉しかったのを覚えています」
かつて生徒会の送別会で、ナタリーが先輩たちに贈った栞。一人一人感謝の気持ちを込めて作ったものだが、エミリオは覚えているだろうか。
当時のナタリーは自由に使えるお金などなく、辛うじて可能だったのが用務員のおばさんに花を分けてもらうことだった。それでも花はすぐに枯れてしまうからと頭を捻らせて思いついたのが、押し花の栞だ。瞳の色に合わせた花をチョイスし、エミリオには彼の空色の瞳を連想させるルリマツリの花を選んだ。
先輩らの卒業式の後に少し顔を合わせた際には皆感謝を述べてくれて、シャーロンなんて抱きつかんばかりの勢いで喜んでくれた。もちろん、迎えに来ていた王太子殿下が間に入ってきたけれど。
彼女はマクシミリオンの想い人だったけれど、その憂いも薄くなるほど良い関係を築けていたと思う。
「そうそう。栞を作る前に、図書館で花言葉を調べて、問題がないかの確認もきちんとしたんですよ。もし花言葉に悪い意味でも含まれていれば、一瞬で呪物に早変わりしてしまいますから」
ナタリーはクスクスと笑う。
あの頃はマクシミリオンが好きでたまらなかったけれど、花言葉にまで好きを込めたら負担になると思って、確か「感謝」の花言葉を持つ赤いポピーを選んだっけ。
今思うと正解だったと思う。やはり、そこはきちんと区別しておいて良かった。
「やはり呪われたい人などいないでしょうから」
「ちがいない」
エミリオもうんうんと頷いている。
ちなみに、ナタリーがエミリオのイメージにぴったりだと選んだルリマツリ。確かこれは……。
「ちなみにエミリオ先輩の花ルリマツリの花言葉はですね、『いつも明るい』『同情』『ひそかな情熱』の三つです」
そうだ。あの時、一つ一つの言葉の意味をエミリオに当てはめて考えた。あざやかなスカイブルーの花びらがその記憶を呼び起こしてくれる。
「いつも明るくてみんなを元気にしてくれる存在だということ。でもその実、損な立ち回りを一番引き受けてくれること。そして、そんな誰も気づかない苦労を笑顔で乗り切る強さを持っていること」
全部、ナタリーがエミリオに対して尊敬の念を抱くところだ。ただ彼の不憫な立ち回りに勝手に腹を立てることもあって煮え切らない思いも抱えていたから、全ての心の内が上手く詰まった花言葉を見つけて当時は喜んだものだ。
「ルリマツリって夏の暑さにも冬の寒さにも耐える生命力を持っているらしくって。長い期間ずっと綺麗な花を咲かせてくれるんです。まさにエミリオ先輩みたいな花だと思いました」
エミリオは、どんな時も、活きのいい姿を見せてくれる。疲れた姿や悩む姿など一度も見たことがない。彼はいじられ役になることが多く、時には苦言を呈したくなるような言葉をかけられることもあった。しかしながらそんな場でもエミリオはマイペースに恭しくあり続ける。自分が下げられてもお構いなしのその姿勢は、ナタリーにとっては少し不満で少し憧れでもあった。
「手紙にも同じようなことを記したと思います。覚えていらっしゃいますか?」
「覚えているし、あの栞は今でも大いに役立ってくれているよ」
エミリオの横顔があまりにも柔らかかったので、ナタリーは目を見開く。
彼が栞をずっと持っていてくれたこと、それどころか使用してくれているということ、全部が驚きだった。
「えっ、あの栞、まだ使ってくださっているんですか?!」
「好きな子からの贈り物だ。当然だよ」
エミリオは、ルリマツリを感慨深げに眺めながら目を細める。常にマクシミリオンに想いを寄せていたナタリーが自分のためだけに作ってくれたものを、大事にしないわけがないのだ。実を言うと、ルリマツリの存在も彼女が話題に出すより前に気づいていた。
ただルリマツリの光景に浸っていたエミリオは、自分が無意識に告白したことに気づいていない。
不意打ちをくらって目元を赤く染めたナタリーを見て、時間差でエミリオも茹で蛸のように顔を赤くする。
「も、もちろん、手紙も大事にしているっ」
「それは、何よりです!……?」
エミリオの慌て様に引きずられ、おかしな言葉を返してしまい、ナタリーはつい吹き出した。
「すみません。つい長話になってしまいましたね」
随分と、長いこと話してしまった。
けれど、ナタリーが植物園で披露できる知識というか話なんてこれくらいしかないから、つい熱も入ってしまうというもの。
「いやっ、話してくれてありがとう」
嬉しかったと照れ笑いするエミリオを見て、ナタリーは思う。
(隙のあるエミリオ先輩は、なんだかちょっとかわいらしい人で微笑ましいわ。もっと色々な表情が見てみたくなる)
不思議な気持ちだった。
□
植物園では、限られた場所でピクニックもできる。
あらかじめそこで食事をしようと誘っていたナタリーは、誘ったからにはと自作のランチボックスを広げた。
「昨日の今日だったのでろくに買い出しにも行けず、ただのサンドイッチになってしまって。お口に合えば良いのですが」
「出来合いでこれだけのものを作ったのか?凄い!とても美味しそうじゃないか!」
大喜びするエミリオは、「美味しい!」「こんなに美味いサンドイッチは初めてだ!」「君は天才だ!」などとナタリーを褒め称える言葉ばかりくれる。
最初にエスコートをされる際にランチボックスの存在は伝えていたのだが、その時よりまた一段とテンションが高く、子どものようにはしゃぐ様子がかわいらしいとナタリーは目を細めて礼を言った。
そんな感じで食事を楽しんでいると、ふと膨らんだままの彼の荷物が目に留まる。
(あれ……は)
「あの、エミリオ先輩。その、荷物って……」
そういえば、エミリオの方も荷物が多かった。ブランケットを取り出した後でも嵩張ったままなので、何をそんなに用意してきたのだろうかとナタリーは気になって尋ねてみた。
「いやっ、これは……」
必死に何か言おうとするエミリオだが、嘘を吐くのが苦手なようで、すぐに観念したように荷物を漁る。
彼が震えた手で取り出したのはランチボックスだ。
「私も必要だと思って昼を用意していたのだ。君が用意してくれていたから出す必要はないと隠していたのだが、恥ずかしい………」
「えぇ!嬉しいです――って、私があらかじめお伝えしておけば良かったのですから、そんなに落ち込まないでください」
ランチボックスからエミリオへと視線を移すと、彼は分かりやすく肩を落とし俯いてしまっている。
どうしたものかとナタリーは苦笑する。
今日一日エミリオと居てわかったことがある。
彼は意外と繊細で、些細なことですぐに落ち込んでしまう。
自信家でナルシストなところばっかり見てきたナタリーにとっては予想外だったが、彼はネガティブを隠すためにあえて自分を大きく見せていたのかもしれない。
エミリオはナタリーと同じ平民という身分で、王立学院に入学し、しかも生徒会副会長にまでなった人だ。今も平民初の王立副騎士団長として、日々周囲からの期待に応え続けている。なかには足を引っ張ろうとする者もいただろうし、常に何かしらの重圧に耐えているのだとしたら、無理をしてでも自分を奮い立たせる必要があったのかもしれない。
(……なんだか、私と似ているかも)
だからこそ、ナタリーを見ていられなかったと彼は言ったのだろうか。
その真意は彼にしか分からないけれど、とにかく、エミリオの意外な一面を前にナタリーもほだされてしまった。
「ほら、そんなに落ち込まないで。一緒に食べましょう」
エミリオが用意してくれたというランチボックスを広げると、同じようにサンドイッチが入っている。
「あら、お揃い」
「中身まで一緒なんて、本当に気が利かなくてすまない……」
「具材は違うじゃないですか。しかもフルーツまで用意してあるなんて完璧ですよ」
だから元気を出してくださいとナタリーが声をかければ、エミリオは不安そうな表情のまま彼女を見る。
「……ほんとうか?」
「ええ。しかもどうやら手作りじゃないですか。相手任せの人よりよっぽど気持ちがこもっていて嬉しいです。それにとっても美味しいそう。せっかくだから一緒に食べましょう?」
子どものようだと思いながらナタリーは笑った。その顔を見てエミリオはようやく元気を取り戻したようで、その後は調子よく「君の優しさに助けられた」とか「これはあえてマスタードを縫って少し辛みを足した」とか、手作りのランチボックスに関する色々なことを話してくれた。
穏やかな時間が流れるのはあっという間で、アパートまで送ってもらう帰り道では、「次回はいつにしよう」「どこに行こう」などと、次に会うのも当然だといわんばかりに約束を取り付けていた。




