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 顔合わせの日。

 目の腫れはすっかり引いて、初めて挑戦した自分好みのメイクも良い感じにきまり、この日の為に急いで買った一張羅のワンピースを着る。

 髪を一つにして低い位置で団子に纏め、鏡越しに映る自分を満足気に見つめてから、ナタリーは家を出た。


「よし!」


 目的地はとある飲食店の個室だ。エミリオが予約してくれた。


「やあ、ナタ……リーくん…………」


 仲介役のエミリオは、個室に通されたナタリーの姿を見るなり、驚いたように目を見開いたまま固まった。

 いつもと違う雰囲気のナタリーに驚いているのだろう。


(嬉しい反応だわ)


 つい笑みが溢れてしまう。

 

「ふふ、ちょっとしたイメチェンですよ」


 ナタリーがそう言えば、彼もすぐ頬にえくぼを浮かべる。


「これはやられた……。ギャップにクラッときたよ」


 さすが紳士のエミリオ。大袈裟にナタリーを褒めてくれるところが彼らしい。

 だがエミリオも随分気合が入っていて、休日だというのに騎士団の軍服に身を包んでいる。ご丁寧に階級バッジまで襟につけて正装すぎやしないか。

 いつも余念のない格好をしている彼だが、今日は数割り増しで男前だ。


「エミリオ先輩こそ、今日はいつにも増しで凛々しいですね。あ、お相手の方もいらっしゃるところで、先輩呼びはあまり良くないでしょうか」

「いや、気にすることはない」

「というか、お相手の方はまだ来られてないようですね」


 きょろきょろと周囲を見回しながら、ナタリーはエミリオの斜め向かいに腰をかけた。

 気合いを入れて早く来すぎただろうか。

 まだ約束の時間より少し早いから、その間にお相手のことに関して彼に事情聴取をしようと試みる。


「お相手はどのような方ですか?同じ騎士団の方?」

「いや……まぁ、そうだな。騎士団に所属している」


 ナタリーの質問に、エミリオは少し浮ついたように答える。彼も緊張しているのだろうか。

 何だか、緊張が移ってそわそわしてしまう。


「なら、私には勿体無いくらいの方かもしれませんね」

「いや、そんなことはないだろう」

「どんな感じの方ですか?真面目な方?」

「真面目……なのだろうな。周囲からは軽薄なように見えて意外と根は真面目だと言われている」

「軽薄……?」

「いやっ、軽薄といっても、女性関係とかそういう意味じゃないぞ!むしろそっちの方の経験は皆無といっていいだろう!」


 焦るエミリオは珍しいとナタリーは少し驚く。

 相手の印象を悪くしないよう、フォローしているのだろう。彼が必死になるくらいの方だ、きっと素晴らしいに違いない。ナタリーのことを気に入ってもらえるのだろうか。


「そんな素敵な方に私を紹介してしまって良いのですか?もっと良縁があるような……」

「いや、彼はこの話にとても乗り気でな!きっと上手くいくと私は読んでいる」

「そうですか……」

「いや、ほんとに君のことは素晴らしいと評価しているようで――」


 その後も質疑応答が続き、最後の方には話すことも尽きて沈黙が流れ始めた。

 約束の時間はとう過ぎ、ナタリーはおかしいと首を傾げる。


「あの、何かあったんですかね?もう約束の時間は過ぎていますけど……」

「えっ!?あ、ああ。そうだな。どうしたものか気になるな」


 エミリオはそれっきり再び口を閉ざしてしまった。

 ナタリーもそれ以上言葉が見つからない。


 それからまたしばらく時間が経ち……。




「本当に遅いですね。何かトラブルにでも巻き込まれたのでしょうか」


 さすがにもう待つだけではいられないとナタリーは席を立つ。何か外せない用事が出来た可能性もあるが、もしかしたら道中で事故にでも巻き込まれて大変なことになっているのかもしれない。


「エミリオ先輩、その方の見た目はどのような感じですか?」


 少し周辺の様子を見にいってみよう。

 そう思って足を動かそうとしたけれど、エミリオがナタリーの手首をパシリと掴む。椅子から身を乗り出して腕を伸ばすような格好で慌てた様子だ。


「私が代わりに少し様子を見にいって……」


 彼が見に行ってくれるのだろうか。

 確かに、彼の方が知り合いなのだから適役だろう。今回の仲介者だし。

 そう思って素直に座り直したナタリーだったが、エミリオは立ち上がる気配なく、椅子に座り込んだまま何やら考え込んでいる。


「エミリオ先輩?どうしたんです?」

「いや、そうだな。ちょっとな……」


 エミリオがなにを考えているのかわからず不思議がるナタリーだったが、彼は突然何を思ったのか、邪念を振り切るように頭を大きく横に振る。


「これ以上は無理だっ」

「……はい?」


 行動の意味がわからない。

 突然はぁ、と深呼吸を一つしたエミリオにナタリーは首を傾げた。


 何が無理なのだろう。もう今日の挨拶は諦めた方が良いということ?迎えにいく気はない?


 訳が分からず頭を捻っていると、エミリオが意を決したように顔を上げてナタリーをじっと見つめる。

 彼の綺麗な空色の眼がナタリーを映している。

 そのままなにかを訴えるような目をした彼は、消え入りそうな声で言った。


「……………は、……か?」



(――え?何を言ったの?)



「あの、すみません。良く聞こえなくて。もう一度仰ってもらっても?」


 ナタリーが聞き返そうとしたのに被せて、エミリオは今度こそ声を張り上げて言う。


「私では、だめか?」

「………………………はい?」


 二度目は良く聞き取れた。だが、どういう意味か分からない。ナタリーはまたもや聞き返してしまった。


「私では……ダメか……って…………」



(どういうことなの?)


 未だに響いていないナタリーに、エミリオはもどかしいとでもいうように詰め寄る。けれど、決して触れてこようとはしないで、卓越しに身を乗り出すだけだ。

 机に置かれた氷だけのグラスが二つ、カランと揺れる。


「だからっ、つまり、そのだなっ……、私が相手では駄目なのかと聞いているっ……!」

「エミリオ先輩が、相手……?」


(それって……)


 自意識過剰ではないかとも思うが一応尋ねてみる。


「もしかしてですけど、私の?」


 まさかと思って自分を指差したナタリーに、エミリオはこくこくと頷く。


「そうだ」


 真顔で頷き返され、ナタリーはフリーズしてしまった。


(――――え、)


 つまるところ、エミリオが紹介したい男性はエミリオ自身であったということ?


 え、どうして!!?


「え、えっ!なぜでしょう?」


 理由がわからずただただ動揺していると、真っ赤な顔をしたエミリオが「なぜ伝わらないんだっ」と悶々として言う。


「君がっ、好きだからだ!!」

「なっ……え!?」


 「だから……っ」とエミリオは震える。


「一途なところがかわいいし、芯の強さも尊敬に値すると思っている。相手のために自分が変わろうとする健気さも根性も立派だが、気づけばそんな君を甘やかしたいと思うようになっていた!」


 エミリオの突然の告白に、ナタリーは次第に顔が真っ赤になっていく。彼に好かれているなどとは微塵も思っていなかった。

 それに学院を卒業して以来は、関わる機会もほぼなく、すれ違っても軽く会話を交わす程度で、甘い空気になったことなど一度もない。

 彼に好きになられる要素がナタリー自身にあったとも思えない。彼もナタリーを前にすると変わらず自信家のお調子者で、好かれたいと思っているようにも見えなかった。

 マクシミリオンを諦めてからは、何かエミリオの態度が違うとも感じていたが……だが、やはり、好きだと言われても戸惑うしかないだろう。


 反対に、少し冷静になったエミリオは、「だが……」と咳払いをして話を続ける。


「失恋中の君につけ入るのは違う気がしていて、本当は打ち明けるつもりなど無かったのだ。君が完全にマクシミリオンへの想いを吹っ切ったその後頑張ろうと思っていた。だが君が男を紹介してくれなんていうから私はどうしようもなく焦って……すまない…………僕はズルイ男だ………………」


 エミリオは肩を落とし、下を向く。

 弱気な彼の姿なんて初めて見るから、ナタリーはなんて言葉を掛ければ良いのか分からない。

 けれど、ナタリーは戸惑いながらも必死に口を開いた。


「謝らないでください。吃驚しましたけど、あの……嬉しかったです」


 告白ばかりしてきた人生で、真摯に告白されることなんて無かった。軽い遊び相手として誘われることはあったが、一途に思われたことなどない。しかも、捻くれたナタリーでさえ良い人と認める人に。


 だがエミリオは表情を曇らせたままだ。

 

「いや、こんな最低男。君には相応しくない……」


 彼は、なぜそういう思考になるんだろう。こんなにネガティブな人だっただろうか。

 それに相応しくないのはむしろナタリーの方で逆だろう。

 相応しくないのはこちらの方だとナタリーが声をかけようとしたその時、エミリオが覚悟したように顔を上げる。


「だが――」


(だが?その先はなに……?)


 そう聞き返したいのに、真剣な目にナタリーは何も言えなくなってしまう。

 しばらく見つめ合って、やっとエミリオが再び口を開く。


「――だが、次の候補は、良ければ私も視野に入れてくれないか?」


 懸命なエミリオの姿に、なぜかナタリーは目を奪われてしまう。

 いつものピシッと決まった彼とは違い、髪の毛も乱れているし、声も少し上擦っていて、顔も真っ赤だ。

 いつもの、飄々と歩く姿にも好感を抱いていたが、ナタリーにとってはこちらのエミリオの方が何だか惹きつけられる。


 それに何より、嬉しかった。


 好きだと言ってもらえたことも、ナタリーの気持ちを優先して考えてくれることも。

 だから、もし次に好きになるなら、エミリオが良い。


 ナタリーはそう思って、彼を見つめた。


 これは一種の挑戦だ。

 上手くいうかなんて分からないけれど、たった今感じた可能性を信じてみたい。


「それなら――」


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