7、「脱ぐな」
賑わう空間、異様な熱気。大きめのコートで巫女装束を隠した大牙は、慣れない場所に怯えていた。
「こんなに人多いんですか…俺人酔いしてきたんですけど…」
「大牙はしょうがないのう 姉さんが抱きしめてやろう」
背丈の低い姉さんに抱きしめられ少しだけ安心する。
「…ん そろそろ出番だよ」
湧き上がる歓声。登場したのは先ほどまで狸の姿をしていた「ポコ」だった。
『まずはポコのライブに来るポコ!アイドルがなんたるかをしっかりその目に焼き付けるポコ!』
自信に満ち溢れたセリフを思い出す。昨日はもう人に化けれない理由で狸のまま威勢を張っていたポコ。光景は可愛いだけだが、その目にはよっぽどの自信があるようだ。
「観客の賑わい…凄いですね」
「ポコもああ見えてちゃんとアイドルしてるからね 努力の賜物だよ」
歌って踊るポコは、とても輝いていてキラキラしていた。
「俺…アレになれる気しないんですが」
「何じゃ大牙ひよりおって」
「最初は誰だってそう思うよ でもポコは諦めなかった」
いすゞは懐かしむ。そんな顔が少し綺麗に見えた。
「…あんまり見つめないで 見るのはあっちでしょ」
顔を無理やりステージに向かせられる。
「ポコめ…ちょっと見ないウチにあんな楽しそうにしとるとは」
「狐さんはポコといつぶりに会ったの?」
いすゞは姉さんの事「狐さん」って呼ぶんだ。
「んー…十年くらい会って無かったような」
「それだけあれば世界は十分に進むね」
神様視点の十年はそんなにちっぽけなんだ。自分が取り残された気分。
「悔しいがあんなのに負けたくないのう しょうがないからワシも付き合ってやろうかの」
「そんな事言って あの衣装着てみたいんでしょ」
「ぬぐ…バレたか」
歓声の中の小さい会話。誰も聞こえていないであろう会話に何故か反応する人物がいた。
「ぬぐ!?今脱ぐって!?」
「『ヒカネ』!…じゃなかった『ウズメ』か!待てって!!」
二人の女性が姉さんの前に現れる。一人は長い緑の髪、もう一人は特に目立つ要素もない制服姿の学生だった。
「ウズメちゃん急に出てこないで!…すみません急に…」
学生は謝る。何をしでかしたのかも分からないまま。
「連れが出しゃばってごめんな!アタシはタツキ!ヒーローだ!」
すごい自己紹介だ。胸を張って言うなんて。
「えと…自己紹介の流れだよね?ボクは『ヒカネ』」
ヒカネという学生は軽い紹介をした後、まるでスイッチが切り替わるように凛々しい表情になった。
「『ウズメ』 脱ぎたい」
「だから脱ぐなって言ってるでしょ!!」
「何この子痴女?大牙ちょっと離れてて」
「あーもう誤解なんです!ウズメは引っ込んでて!」
後ろですごい紹介が聞こえるけど、多分見てはいけない奴。俺はひたすらステージに集中していた。
途端、ヒカネが謎のポーズを取る。周囲はあまりに突然で彼女を心配した。
「あー…いつもの奴ね」
タツキという少女は理解している様だけど、姉さんといすゞはポカンとしてた。
「…うん 恥ずかしさに耐えられないボク先に帰るね!またね!」
「あっおい…」
タツキの静止を振り切り駆け抜けて行くヒカネ。面白い女の子の登場にいすゞはクスッと笑う。
「可愛いね しかも大手柄だ」
「何じゃ?何も分からん」
姉さんが疑問符を浮かせる。
「あの子の不思議なポーズ きっと何かの能力だよね」
「姉ちゃんすげえな!その通りだぜ!」
タツキは嬉しそうに跳ねる。
「あいつは『乱数調整』が出来るんだ!」
「らんす…何じゃそれ」
「バタフライエフェクト…ともいうけど狐さんは知らない?」
いすゞに問われて姉さんは難しい顔をする。
「小さな出来事でも多大な事件が起きたりする それを『組み替える』のが乱数調整」
「何言ってるのかさっぱりじゃ!」
いすゞはステージで踊るポコを指差す。
「見て スカートの裾が短くなってるでしょ」
「そうか?同じに見えるが…」
「ポコは一瞬だけトラブルにあった 多分服を何かにぶつけたのかも」
「あー…そう言われるとなんか泣きそうな顔しとるな」
ポコは必死な笑顔で誤魔化していたが、よく見ると涙の跡がある。
「最悪あのまま狸になることもあった それを彼女は最低限に調整してくれた」
「あのポーズにそんな意味があるとは…何者じゃ彼女」
訊かれると自慢げにタツキは言う。
「アタシのオタク友達だ!腐女子!」
「その腐女子…欲しいかも」
いすゞは怪しく笑う。蚊帳の外で俺は、最後までポコのライブを楽しんでしまった。




