1、朱(あか)い鳥
この世界は腐りきっている。だから俺は、「飛ぶ」事を選んだ。
いつまで経っても無くならない「イジメ」や「差別」。それに対抗すべく人類は新たな「進化」をしようとしていた。このクラスの大半も、既に進化済みだ。
「また空眺めてる そんなんじゃいつまで経っても馬鹿のままだよー」
小さい身長に負けないくらい長い緑の髪。隣の席で俺の頬をグリグリしてくるコイツは「龍忌」。俺をイジメるヤバいやつだ。
「放課後にまた飛ぶ練習でもするんでしょ 『人』が空なんて飛べるわけないって」
「飛んでやりますよ そしていつかアナタを高い所に連れていって泣かせて見せます」
「アタシが泣くわけないだろ馬鹿!」
「今は馬鹿でもいつかは鳥になりますから!」
「動物的に言ってるわけじゃない!!」
こんな喧嘩はいつもの事で、周りはまるで夫婦喧嘩を見ているかのように和やかに笑っている。誰がこんなチンチクリンと夫婦になるか。
「『文也』あとで覚えとけよ イジメの時間になったらタダじゃ済まさないから!」
「それは楽しみにしてますよ」
紹介が遅れました、俺は「文也」。髪は赤く、龍忌をからかうのが趣味の救世主になる男です。
ドカドカと音を鳴らし何処かへ行ってしまう龍忌を頬杖立てて眺めていると授業が終わるチャイムが鳴ります。授業中に逃げる奴が居るんだと心の中で煽りました。
「また龍忌を怒らせやがって!今日という今日は許さん!」
俺に噛み付いてくるコイツは「流布」。俺を目の敵にしているヤバい奴パート2です。
「流布…いつもの事だしそんなに噛み付かなくても…」
流布の袖を引っ張る、不健康そうに痩せ細ってる女の子が「鏡花」。多分、流布の彼女。静かで無害なのであまりヤバくない奴です。
「お前は『人』としての自覚が足りなすぎる!俺が直々に教育してやろう!」
「あー…大丈夫です間に合ってます」
「新聞契約を断る様に断るな!!」
怒る流布をどかしながら教室を出ます。放課後はどこかで「イジメの時間」が始まるのです。携帯を取り出すと同時に携帯が震えます。出てみると大きな声で龍忌が叫び出しました。
「体育館だ!早く来い!!」
うるさいですね…。何も言わず着信を切って体育館へと向かう俺。待ちやがれと付いてくる流布と鏡花。どうせ追いつかれませんが撒くように走って向かう事にします。
「イジメ」とはなんでしょうか。暴力だったり仲間外れだったり、色んなものが挙げられるでしょう。
但し、この物語については「イジメ」の定義は簡単です。
「おせぇぞ文也!」
「アナタが速すぎるんですよ…」
息を整えて、龍忌の視線の先を確認する。
「でっかくないですか…!?」
「おう!イジメ甲斐があるな!」
「喜ぶとこじゃありませんから!!」
大きな、猿の様な怪物が其処に佇んでいました。こちらを見下して、いつでもかかって来いと言わんばかりの表情をしています。
「被害者は!?」
「知らない パトロールしてたら見つけた」
「本当に…アナタって人は…!!」
「来るぞ!」
猿がこちらに拳を振りかざします。俺たちは左右に飛び避け、出オチを回避します。
「いっちょやるか!手を貸せ!『ジジイ』!!」
叫ぶ龍忌。その名前そろそろどうにかならないのか。龍忌は何処からか玩具のベルトを取り出し装着します。
「テレレテ テーテレーテーテー テレテテ テーテレテーテー」
やる気の無い、しゃがれた声が体育館に響きます。
「変身!!」
特定のアクションを踏みカッコよくポーズを決める龍忌。その姿は…あまり変わりません。龍忌の周りを風が吹き荒れ、緑の髪が激しく揺れ動きます。
「我が剣の錆となれ!」
いつの間にか帯刀していたデカい剣を握り込みました。剣を抜きたいのでしょうか、全然抜けていません。
「やっぱ抜けない!なんだよコレ!」
一人でキレる龍忌。この茶番ももう何度目だろう。
「抜けないなら…ぶん殴る!!」
帯刀したままの剣で猿に向かって走る龍忌。俺はそれを信頼の目で眺めます。遅れて流布と鏡花が息を上げながら到着しました。
「またアイツは一人で…『人間』が調子に乗るなよ!!」
「手伝うよ…ちょっとだけ…」
二人も姿を変えます。流布は「狼男」の様に、鏡花は「健康」になりました。
「…バン」
指を銃のように構えて猿に向ける鏡花。白い弾が猿の頭に当たります。
「あんまり撃ちすぎんなよ?」
「…分かってる」
流布は鏡花の頭をひと撫でしてから猿に向かって走り出します。俺は猿を観察し、被害者と弱点を探します。
「流布来たのか!助かる!」
龍忌は自分の身長と同じくらいの大剣を抜剣せずに振りかざしていました。
「お前は助けない!助けるのはコイツだ!」
鋭い爪牙で足を攻撃する流布。
「この猿…なんか既視感あるんだよな…」
皆が戦っている最中、顎に手を当てて考える。
「…巨人 漫画みたい」
鏡花の呟きに手を叩く。俺は猿の背中に回り込みます。
「首だ!首から手が生えてる!」
大きな猿の首には、その姿に釣り合わない小さな手が生えていました。
「首!?あんな高いとこどうすんの!?」
それもそうだ、飛べる能力はコイツらには無い。俺は深呼吸し、腕に力を込めます。
「やってみる価値はあります 龍忌!こっちに!」
「マジか!?出来んの!?」
「やるしかないでしょう!」
心の中で「誰か」に尋ねる。お前は誰だ、そんなことより力を貸せ。
「行きますよ!!」
「よっしゃ来い!」
気が付けば、俺の手は翼に。足は鳥脚のように大きく鋭くなっていました。その足で、バンザイして大剣を持った龍忌の元へ「跳ぶ」。大剣を掴み、手を必死にバタバタさせます。
「まさか重いなんて言わないよな!?」
「重いですよ激重です!」
「お前絶対許さないからな!!」
ゆっくりと、龍忌をぶら下げて飛翔する俺。正しい飛び方なんてまだ知らないけど、なんとかフィーリングで飛んで見せた。猿は驚いたようにこちらに振り向きます。
「猿!テメェの相手は俺だ!」
啖呵を切る流布。猿はそちらに向き流布に対して戦闘体制を取る。
「でかした流布!そのままやられてくれ!」
「やられるか馬鹿!」
流布が殴られているのを見届け、首の方に頑張って向かう俺と龍忌。
「…見えた!アレか!」
見上げていた龍忌が手を見つける。
「もう…無理…疲れた…」
「頑張れあとちょっとだろ!」
「あとは…頼みます…!!」
残る力を全て出し、バック宙をするようにして龍忌を放り投げる。情けない悲鳴が体育館に木霊した。
「チクショウ!やってやろうじゃねぇか!」
龍忌は空中でなんとか体制を整え首から生える手を見据えた。
「掴め!掴まなければ殺す!」
脅迫じみた叫びに一瞬手がビクッとなったが、なんとか龍忌と手を繋いだ。
「アタシの…怪力を…舐めるなぁ!!」
手を引っ張り出す。中からは被害者と思しき男性が飛び出して来た。
「よっしゃぁ!」
空中でガッツポーズを決める龍忌。
「…って 落ちる落ちるオチルぅぅぅ!!」
泣いちゃった。流布が素早く龍忌の落ちるであろう箇所に移動し、二人まとめてなんとかキャッチした。
「…ありがと 助かった」
「二人は…重い…!」
「コイツも重いって言った!レデーに対して何なの!」
「早くどけよ…!」
それが最後の遺言となり潰れる流布。見事不時着していた俺は、猿から被害者を救い出せた事に一息つく。大丈夫ですかとつつくな鏡花。
この物語における「イジメ」とは「暴走」である。イジメられ、どうしようもなくなると「人間」は暴走して「異形」になる。それを救い出すのが俺たち「ヒーロー」ってわけ。
「これだから『人間』は早く卒業するべきなんだ」
保健室で治療を受けながらボヤく流布。
「そういう考え方もありますけど 君達はまだ子供なんだから」
保健室の先生は変態だ。仕事と称して保健室に持ち込んではいけないものを持ち込んでいる。モザイクがかかりそうな物を眺めた後、流布を睨みつける。
「『人間』でも良いじゃないですか 暴走したなら俺が救います」
「一々救ってたらキリがないだろ!お前も『人』ならやり方を見直せ!」
「人」である事に拘る流布。俺だって、好きで「人」になったワケじゃない。
人類の進化とは「人格の増殖」だった。「二重人格」を推奨して、嫌な事があれば自分の中で相談し合える。人の形をしていなくても、猫を愛でれば回復する様にその人次第で望んだ人格を創り出せるのだ。
「卒業なんて物騒な事いうもんじゃないわい」
話に水を刺す龍忌。龍忌の姿をした、もう一人の人格「ジジイ」が説教をする体制に入ってしまった。
「わしが居なくなればこの娘が悲しんでしまう わしも居なくなりたくないしな」
「人間」とは人格が複数ある人の事を指す。だが許されているのは子供のウチだけで、当人次第で早いうちに「卒業」しなければならないのだ。
「中途半端で嫌になる!まずは龍忌お前も早く卒業しねぇか!」
「嫌じゃ!この身体を捨てたくない!」
そういうジジイは自身の体を抱きしめる。
「まだ幼い身体じゃがいずれは大きくなるでな 楽しみよのう!」
そういうジジイは大きくない自分の胸を揉む。その瞬間自分で頬を殴りつけた。
「キメェんだよジジイ…」
どうやらいつもの龍忌に戻ったらしい。怯えていた鏡花も一安心した。
「アタシは卒業したいけどな でも剣が抜けるまではコイツは消えない」
「だったらそんな剣捨てちまえよ」
流布が心にもない事を言う。キッと流布を睨みつける龍忌。
「これはアタシの物語だ!誰かに言われる筋合いは無い!」
怒って保健室を飛び出す龍忌。俺は龍忌の「ジジイ」も好きなんだけどな。
もう一つの人格が消える事。それが人間としての「卒業」となり、晴れて「人」になる。そして学校を卒業して正式に「大人」になれるのだ。少なくとも、この世界ではそれが「正しい」とされている。
「俺の…もう一人は誰なんだろう」
呟いた俺に、流布が怒りの矛先を向けてくる。
「お前はそのままで良いだろ!居なくなった人格を求めてるとかおかしいんだよ!」
思わず流布を殴る。それくらい、俺にとって大事な事なんだ。
「…ごめん」
喧嘩する気にもなれず静かにそこを去る俺。
「何だよ…アイツ…」
「…今のは流布が悪い」
「また俺かよ…慰めてくれ鏡花…」
流布を膝枕してヨシヨシする鏡花。保健室の先生は苦い顔でそれを見る。
「イチャイチャするなら出ていってくれない?」
誰にも理解されない流布は、腹いせに窓から退場した。
「誰が一番子供なのか分からないな」
開いた窓を閉めて呟く先生。鏡花は置いてけぼりにされて少し泣いた。




