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Ⅳ.それを運命と呼ぶなら

シーアの言葉にリズは辺りを見回した。



海岸沿いの少し離れたところ。


足元を波に濡れさせて、細めた目で地平線を見つめているアースがいた。



リズはそっとアースに近づいた。

全く気づく様子のないアース。



深い地球色の瞳はずっと遠い昔を見ているようだった。

いつもとは少し違う、表情。

彼の中にだけある記憶。

懐かしい太古。

蒼い空があり、緑に覆われた大地と、澄んだ風、透き通る海があった。

生命の妖精たちは皆、笑顔で地球に在った。



それは遥か昔の地球。

現在(いま)ではない、太古。

それはアースが生きてきた確かな記憶。

そう、リズが知らない過去。



考えるよりも先に、胸の奥がきゅっと縮む。

こんなにも胸が痛み、懐かしくなるのは、地球から生まれたこの身体が覚えているから。


懐かしいのに、切ない。

知らないはずなのに、失った気がする。

リズの細胞が知っているアースの想い。

誰にも見せないアースの心。

切ないまでの生命への想い。



――リズの心に何かが刺さった気がした。


鋭い硝子の欠片のようなもの。

無理に取り除こうとすれば、刺さった時よりもずっと辛い想いをしなければならない。

それは、痛みを伴わないかわりに、確実に心の奥へ沈んでいく異物だった。


そんな、なにか。

リズがまだ知らないもの。



胸が、心が痛い。

呼吸が浅く、早くなる。

涙が溢れてしまいそうなほど。


胸元を右の手が握りしめた、そのとき。


「リズ」


名を、呼ばれた。

ずっと向こうを見ていたはずのアースがこちらを見ていた。


リズの心がドキリと跳ねる。

今までとはどこか違う感情。



アースがこちらへ向かって歩いてくる。

先程まで見せていた表情とは全く違う、いつもの穏やかな顔で。


鼓動が、少しずつ速くなっていくのがわかる。

呼吸が苦しい。

リズの全身が緊張している。

頬が熱い。

身体中が熱い気さえしてくる。



リズの前に立ち止まったアースは、にこりと笑って海の方へ視線を移す。



「シーアに会いに来てくれたんだね」



海の方を見てリズは、少しぎこちなく頷く。

それを見たアースは嬉しそうに笑った。

あまり見せたことのない無邪気な表情に、リズの胸は再度大きく跳ねた。


うろたえるリズはどうしていいかわからなかった。



「『海』はここから動けないから、誰かが会いにきてくれると俺も嬉しいよ」



優しげに彼は言う。

シーアへの想いがこもっているのがよくわかる。


今度は笑いをこらえるように彼は付け足した。


「シーアは意外と寂しがり屋だからね」



その言葉に、緊張していた心が少しだけ、解れる。

リズはほっと安堵の笑みを零す。



その時、打ち寄せる波の合間から声が聞こえた。


「アース!一言余計だよ」


シーアだった。

姿は見えない。

海のゆらめきが太陽の光を反射させているだけだ。

しかし、アースはその声に返す。



「なんだ、聞いてたのか。俺が来た途端にかえったくせに」



「当たり前だろう?(ぼく)の前にいるんだから」



「言われたくないなら出でくればいいじゃないか」



「今日はもうリズと話したからね。アースもリズと話した方がいいだろ?リズが寂しがるよ」



暫く2人の会話が続いたが、その言葉を最後に海の方からはもう何も聞こえてこなかった。



アースは呆れたように両手をあげてリズの方を見た。

だが、その瞳は優しい。



ま、いいか、と軽く言ってアースは砂浜の上を数歩歩く。

立ち止まり、手を伸ばし、思い切り伸びる。

その手の先を見つめ、リズは目を細めた。



空の蒼が眩しい。



リズの瞳とよく似ている、淡い色。

しかし、リズの瞳とは違った突き抜けるような蒼さ。



地球(アース)の空の色。



消えゆく、アースの……っ!!



心がそう叫んだ刹那。

大きな衝撃が全身を貫いた。

危機感さえ覚えるほどの、衝撃。



そして考えるより先に口元はアースの名を叫んでいた。

リズの声の調子がいつもと違っていることに気づいたのか、アースは怪訝そうに振り返る。



「リズ……?」



衝動だった。



「どうしてっ!?……どうしてアースは『人間』なんかをかばうのッ?滅ぼしてしまえばいいじゃないッ!?自然みんなが言うように!!」



アースは驚いていた。

思ってもいなかったリズの言葉に。

彼の唇と地球色の瞳は、僅かに震えている。



「ねぇ……」



震える声のままリズは続ける。



「アースが消えたら、ラフェリアもノエルも……みんな、みんな無駄死にになってしまうのよ?この惑星は地球あなただけのものじゃない。私もシーアも……みんなここに生きてるのよ」



それを、わかってる?と、そう震えた声が問う。



少しの沈黙――

しかし、すぐにアースの表情はいつもの穏やかなものに戻っていた。

唇と瞳の震えももうない。



地球の青にも大地の緑にも見える不思議な色彩の髪が風に揺れ、その流れに沿うようにアースはリズの方を振り返る。

地球色の瞳がリズを見据えた。

ゆっくりと彼は、もうニ、三歩海から離れる。



苦しそうな表情だった。

先程、海シーアを見つめていたときよりもずっと痛い、想い。



そして、同じく痛む、リズの心。



アースは言った。



「わかってる」


「たくさんの生命の妖精たちが消えたことも、俺自身だけじゃなく、この地球上のすべての生命が危ういことも」



表情が歪む。



「俺は全部見てきたから。リズにはきまぐれに見えるかもしれない……それでも……見ていたいんだ」



アースは申し訳無さそうに目を伏せた。



「人間を。わずかな生命の長さしか持たない人間が放つ、一瞬の光を。閃光のように輝くその瞬間を」




見ていたい、と彼は繰り返した。

その表情は、ひどく痛ましかった。



この星のすべてを抱えて生きる存在の、苦痛そのものだった。



「でもね」



アースは顔をあげる。



「俺は大丈夫だよ。俺は『地球(アース)』だから」




シーアとよく似た瞳で、シーアと同じことを、アースは言った。





「シーアやウィンディア、ラフェリアやノエル……消えてしまったみんな……それに、今生きてるリズのためにも……俺は死ねないよ」



――死なない。

と、繰り返す。




そしてリズの前まで戻ってくると、リズの淡いブルーの髪を右手でくしゃりと撫でた。



いたずらっぽく彼は笑う。



「だから、俺はリズの生命なんかいらないぜ?」



胸が苦しいほどに高鳴る。




冗談なのか、本気なのか。

リズにはわからなかった。

あまりにも、いつも通りのアースだったから。



そう言う者たちがいることはリズも知っていた。


最後の生命の妖精である自分は、アースを守るための最後の切り札として生まれたのだ、と。

それをリズが気にしていることは、もちろんアースも知っていた。

それを知っていたからこそ、アースはそう言ったのだろう。



それでも。

胸の痛みも、苦しさも、この高鳴りも。

抑えることが、出来ない。



誰がなんと言おうと、それが運命だったとしても。

そうでなかったとしても。

リズが……望まなかったとしても。



もう、抗えない。




リズは今、この場で確信してしまった。


そう、リズは地球アースに恋をした。



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