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Ⅰ.リズ―最後の生命の妖精

静寂。

夜の闇に溶け込んだ、ゆるやかで冷たい風。

少しだけ、頬を刺すような感触。

それは痛みというほどではなく、生きていることを確かめるための、微かな刺激だった。



吐く息が白くほどけ、すぐに闇へと溶けていく。


音はなく、世界は眠っているようで、それでも確かに、何かが呼吸している。



目を閉じて、リズは想う。


あれは、いつのことだったのだろう。



ラフェリアのこと。

穏やかで、風のように自由で、それでいて誰よりも深く、ひとつの存在を想い続けていた。



ノエルのこと。

明るく元気で、雪のようにあっという間に消えてしまった。



セリスのこと。

静かに海に寄り添い、誰よりも深い愛を宿していた。



消えていったたくさんの生命いのちの妖精たちのこと。



ラフェリアは風〈ウィンディア〉を愛した。

ノエルは雪〈スノーウィ〉を。

セリスは海〈シーア〉を。

愛して、彼らを守り、そして消えていった。



遠い遠い昔のような感覚がする。

それでも、絶望に近い悲しみは、昨日のことのように胸を刺した。



悲しみは、薄れることもなく、ただ形を変えるだけなのだと、リズは知った。





「生命の妖精」は、奇跡の惑星ほし地球(アース)から生まれた、もうひとつの奇跡だった。

癒しの力を持ち、そして愛した者ひとりを救うために、生命を差し出せる存在。



そんなにも尊いものなのだろうか。

自分自身を失ってまで、差し出すほどに。

なぜ、消えるとわかっていても、誰かを愛せるのか。


リズには、それがどうしてもわからなかった。



そして、なぜ生命の妖精は、愛した者のために消えていく以外の道を、選ぶことができないのか。




もちろん、ラフェリアもノエルもセリスも、ほかの仲間たちも大好きだ。


彼女たちの選択を間違いだとは思いたくない。


彼女たちが生命を渡した、(ウィンディア)も、(スノーウィ)も、(シーア)も……

そして地球(アース)も、すべて大切で、愛おしい。



でも、わからない。



好きだけれど。

守りたいと思うけれど。

自分が消えるなんて、嫌だ。

その想いを抱くたび、胸の奥に、わずかな痛みが生まれる。

それは、罪悪感に似ていた。



彼女たちは、愛のために消えた。

それを、美しいと感じられない自分は、冷たいのだろうか。



なぜかすべてが、後ろめたく感じられる夜。

リズは、リズだ。

誰かの代わりになることも、奇跡の象徴になることも、望んでいない。



リズは――

恋なんて、したくない。





透き通り、青白い月影を吸い込む、リズの「生命の石」。

淡く、淡く、とても優しいブルー。

リズの髪と、瞳と、同じ青。

地球〈アース〉にも似ていて、それでも違う優しさを持つ、リズの色。



一片の濁りもないそれは、リズ自身の生命を表していた。



――今では、もう。


すべての者が、濁りを持つ。

生命への濁り。


それは、人間という生物の進化から始まり、科学という名の便利さが、静かに、確実に、世界を汚していった結果だった。




すべての生命の源、地球〈アース〉の汚染。

それに伴う、自然の生命への影響――力の減少。




生命の濁りは、「奇跡」にさえ影響を与えた。


リズを最後に、新たな生命の妖精は生まれなかった。

それなのに、消えていく仲間の数は増えていき……。



ラフェリアが消えたその瞬間、リズは、最後の生命の妖精となった。




右手の甲の生命の石を、左手で覆うようにして隠す。



消えたくない。



そう強く願うほど、その純粋すぎる生命が、かえって罪のように思えてしまう。




静かな夜は、哀しみを増幅させる。



瞳を閉じた先に浮かぶ、彼女たちの笑顔。

一緒にすごした、かけがえのない時間。



「ラフェリア……」



名を呼ぶ。


遠い遠い時間を生きた、彼女の名と想いを。



――吐き出そうとした、その刹那。




リズの深い息が吐き出される前に、張りつめた緊張が、闇を切り裂いた。

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