Ⅷ.守りたいもの
「リズ……」
最初に空気を震わせたのは、スノーウィだった。
その声に、アースがわずかに反応する。
顔を上げることは出来ず、ただ視線だけが、ゆっくりと動いた。
濁りを含んだ地球色の瞳は、差し出される未来そのものを拒絶していた。
――なぜ、なぜ!
感情だけが先走っているかのような、瞳。
それに気づいてなお、リズはアースに微笑んでみせた。
アースの悲痛な表情が、リズの胸を抉る。
それでもリズは怯まない。
リズは静かにアースに近づく。
「アース」
驚くほど柔らかな声が呼ぶ。
そこに揺らぎはなかった。
これまでの恐怖など微塵も感じさせない、決意した者の声。
「なぜ……っ」
アースの弱々しい手が、ウィンディアの腕を強く掴む。
必死に立ち上がろうとして、身体が揺れる。
恐怖。
抵抗。
そして、強い拒絶。
でも、それに抗えない。
力が残っていなかった。
リズは、応えなかった。
「ごめんね」
困ったように眉を下げて、リズは言う。
「誰がなんと言おうとも。私は決めたの」
その言葉が落ちた瞬間、誰も何も言えなかった。
スノーウィは静かにリズの決断を見ている。
もはや、止めることも、肯定することもできずに。
ウィンディアは唇を噛み締め、視線を逸らした。
既に制御しきれなくなった風が己の中で吹き荒れる。
シーアは優しい眼差しを向ける。
リズの決断も、アースの拒絶も、すべてを受け入れて。
ただ、その哀しみを深い海の底に沈殿させていく。
――彼女に、選ばせたくはなかった
誰もが、その想いを消せずにいた。
そして、アースは逃げることも出来ずに、リズの真っ直ぐな決意を受け止めていた。
「私が守りたいと、そう思ってしまったの」
リズの言葉がアースの胸を貫く。
――だから。
「私はアースを守るわ」
細い腕がアースに向かって伸ばされる。
ウィンディアの腕から、アースの身体が離れた。
支えを失ったはずなのに、不思議と落ちなかった。
リズが、受け止めたからだ。
初めての、温かい気持ちがリズの胸に灯る。
アースの身体の熱がじんわりと腕を伝わり、リズの身体を熱くしていく。
彼の身体を強く抱きしめる。
アースの拒絶が震えとなってリズの腕に伝わった。
リズは困ったように微笑った。
「シーア、ウィンディア、スノーウィ……」
そこで一度、言葉を区切り、瞳を閉じる。
「お願い、アースを守って」
アースを抱きしめながら、リズは託した。
そして――
「アース……みんなの生命を……守って」
淡い蒼の光が、リズの生命の石から溢れ出す。
光が周囲を包む。
リズの想いが、世界を、地球を包んでいく。
リズは己の生命の石をアースの生命の石に重ねた。
触れた瞬間、アースの世界から、音が消えた。
感覚すら失っていく。
波の音も、風の唸りも、何も聞こえない。感じない。
ただ、蒼い光だけが、静かに流れ込んでくる。
アースの生命の石が蒼い光を吸い込んでいく。
それと共に、リズの身体が少しずつ光の粒子になり、薄くなっていく。
「やめろ……」
声にならない言葉が、喉の奥で砕けた。
抱きしめているはずなのに、腕の中が、ひどく軽い。
存在が、喪失していく……。
「アース、愛してる」
それが、最後の言葉だった。
リズの生命を受け取ったアースの生命の石が、もとの地球色の輝きを取り戻す。
一片の濁りもない、輝き。
その瞬間、地球に生きるすべての生命が蘇った。
リズの笑顔の残像が、一瞬だけ残り、消える。
掴めるはずのないその残像を、アースの手が必死に抱き締めようとする。
だが、指先が掴んだのは、虚空だけだった。
勢いのまま海水を叩き、その下の砂を掴む。
飛沫だけが、派手にその場を舞った。
「リズ……っっ」
その声は、波に吸い込まれるように砕けた。
もう、何も返らない。
寄せて返る波の上に、アースの瞳から静かに涙が落ちる。




