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間違いな説得

 野江良の家に夜に押しかけて、両親を説得した日から数日後、定は今度は昼間に、野江良を説得に訪れた。

「俺の言う様にしてくれ、俺は涙が出そうだ」リビングに敷かれた畳の上に腰掛けながら、こう言う定であったが、野江良の思いは、する訳ねえだろ、である。端から定の言うことをシャットダウンしていた。それだけ、東京の大学へ進学する意思は強い。


「皆が皆、就きたい職には就けないんだ」

「お前は不向きな志を持っている」

「三田井市にもいたじゃないか、力士になって辞めた者が」定は翻意を促そうと矢継ぎ早に言うが、野江良に響く言葉なんぞ、何一つあろう筈もなし。

「俺はもう八十だぞ」との言葉にも、そんなの俺の知ったこっちゃない。何で八十のジジイを安心させる為に、自分が妥協しなきゃならない? 口には出さねど、野江良の率直な気持ちだ。


 元はと言えば、俺を上京したいと思わせた、東京に目を向けさせた張本人はあんたなんだよ! あんたがあれこれ口出さずに皓皓爺に徹していれば、俺はこうはならなかったんだ! 自業自得だろ! これが野江良の本音。定は野江良には、

「自覚ある行動を心がけろ」と言っておきながら、当の自分のことは何一つ自覚していない。

 

 事実、母が霊感がある友人から聞いたそうだが、何事もなければ、野江良君は瑠美さんよりも、上の進路に行っていた筈よ、と以前、聞かされたことすらある。本当の運命か嘘かは、野江良自身にも解りはしないけど。

 もし本当の運命だったのなら、定と両親は貴重な芽を摘む重大なミスを犯した……ことになりはしないか。本当に余計なことばかりしてくれたジジイ。野江良はもうこれ以上、定には自分の人生、我が家の事情に介入してほしくはないのだ。

 あんた、周りの人間が自分を中心に動いているとでも、勘違いしてないか? 野江良の素朴な疑問。


「だからお前には鍼灸師をな……」

「自分が学んでみたい分野に進ませてください」定が言い終わる前に割って入り軽く頭を下げた。鍼灸師の人達には失礼だけど、鍼灸師になるつもりなど微塵もない! そもそも、俺はあんたの所有物じゃないんだ! 

 

 野江良が決然として言い退けたところで、丁度母が仕事から帰宅する。

「野江良は自分の道を進みたいそうだ」

「そうでしょうね、案外頑固ですから、この子も」母は定に言うと、後はもう言葉少なに定は帰った。敗北感よりも、憂いの方が強かっただろう。


 神奈川在住の乃衣瑠は、東京大学の理学部を受験し見事合格。何故理系に進んだかと言うと、父がエンジニアで、姉弟三人共理系に進学した理系一家の乃衣瑠にとっては、特に不自然なことではなかったからだ。それに、遺伝子という最先端の分野に興味を持ったことも、理系を専攻した理由だった。

 大学では学問として興味のあることを学び、社会人になる時に自分の進みたい道を見付ければ良い、というのが両親の教育方針だったのだ。


 一方の原田家は、姉の瑠美も小・中・高とバレーボール部に所属しつつ、高校では進学クラスに在籍。卒業後は九州大学の臨床検査学科に進学し、無事に卒業。瑠美はそのまま九州に残り、福岡県内の精神科で臨床検査技師として就職する進路を辿った。


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