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意趣

 が、これで終わった様で、野江良にとってはある種、始まり。

 大正生まれの定の狭い生き字引、昔話を野江良は三十年かそれ以上聞かされてきた。昭和初期。戦中と、定が遮二無二やってきた頃の話ばかり。

「朝は五時頃に起きて、牛の餌の草刈りをやっていた。大きなはさみ、カッターでな。昔は何でも人力だ」「小学五年生の頃から、俺は農家に養子に出されて農業をするしかないと考えていた」と言う定だが、結果は獣医師の職に就いた。

 

 遂には「戦前に三田井市にトラックが三台ばかしあったかなあ」と、この様な話しの繰り返し。トラックなど、軽から大型まであちこちで走り回っている時代、戦前に三田井市にトラックが何台あろうが、正直知ったこっちゃない。内容がローカル過ぎるのだ。

 

 単なる昔話、述懐で、はっきり言って何一つ為にならない。定の口から太平洋戦争の話などは、殆ど出てきやしない。出たとしても、「満州で軍馬の衛生管理、今で言うアルバイトをしていた」と言う話のみ。特に激戦地に出撃した経験など、ありはしない。

 しかも満州と言われて地図帳を開いても、疾にそんな国はないのだから、載っている筈がない。仕方なくうちにあった百科事典を引いてみると、かつて現在の中国東北部に存在した、日本の傀儡国家、とあった。訊かなかった野江良も悪いけど、定はそこを解説しない人。


「お前に知恵を付けておいてやろうと思ってな」定はニヤリとして言っていたが、これもはっきり言って時代錯誤。定が現役だった頃と現代では、人の考えや価値判断が違い過ぎるのは、歴然。野江良は定が言う知恵を、これまでの人生で活かしたことなど、一度たりともありはしないのだから。


 三田井市内にある神社の祭りの日、定の家の茶の間で、定の弟、大叔父は義理の祖母が作ったお萩を食べながら、

「俺達が子供の頃は、昔の話を聞かせてくれる大人は、誰もいなかったよ」こう言っていた。その言葉には、ありがたい、貴重な経験なんだよ、との思いが裏打ちされているのだろうが、野江良に言わせれば、いたらいたで、何度もローカルな昔話ばかりをリピートされて、正直飽きるし、迷惑千万なんですけど、こうなる。


 母も、

「爺ちゃんは、耳にタコが出来るまで繰り返し聞かせて、やっと耳に残ってるって、思ってるのよ」とは言うけれど、これも野江良の経験上、耳にタコは嘘だ。同じ話をリピートで長年聞かされていると、耳にタコが出来るどころか、聞いてる方は、またか……と飽きて疲れ切り、右から左へと筒抜けだ。

 印象に残る話は、一回聞けば充分頭に焼き付くもの。

「同じ話ばかり聞かされて、僕はどうなりましたか?」こうなったんだよ! 野江良の訴えに、

「あんたは身内のせいにしてるとこがあるのね……」母は呟いた。


 姉の瑠美と比べ、野江良の成績は決して褒められるものではなく、一人だけ劣等。定は普通自動車免許を持っているので、夏休み、冬休みと一々原田家に来ては成績表を確認していた。が、両親が把握してれば良いのに、何で爺ちゃんにまで成績表を見せなきゃいけない? 野江良はそこが不満だった。

 

 瑠美も同じだが、野江良は特に成績が悪い為、夏休み期間中は朝の九時くらいから正午まで、勉強の時間と称して家に缶詰。時には教科書から問題を作りテストの様なこともされた。野江良にとっては、はっきり言って嫌悪。余計なお世話でしかなく、忘れてしまいたい、過去だ。

 

 友達が訪ねてきても、

「今は勉強中だ」と言って追い返す始末。勉強は勉強、友達などとの遊びは遊びとの区別が出来ないジジイなのだ。挙句には、

「野江良、お前が勉強しないから、運動会に行く気がしないんだ」……である。母は、「もう億劫なのよ」とフォローしたけど、野江良にとっては、だったらこっちから願い下げだ。

 後は、遠方から帰省してくる孫達と、同じ孫である筈の自分達との接し方の差別化も気に食わなかった。


 元々野江良は瑠美と違い、子供の頃はワーワーと煩いまでに賑やかで、煩い、目障り、と言われ両親を困らせる程、活発で元気の良い少年だった。しかしある時期を境に、大人しく引っ込み思案で、何にでも中々一歩踏み出せない、臆病で遅疑とした性格に変わってしまう。落ち着きがなく、集中力もない性格だけは変わらなかったが……。それを野江良は全て定のせいにした。

 

 本当にあのジジイは元凶だったし、一番余計なことをしてくれた張本人だ!

 父は流石は原田定の息子、親が親なら子も子で、押し付けがましいとこは定と遜色なかったし、母は定に怒られまいと肩を持っていた……様にしか見えなかった。

 

 尚且つ、定は父親の役回りまでしようと我が家に首を突っ込んでくる。結果、野江良をフォローしてくれる周りの大人は、原田家には誰一人いなかった。

 親の役回りにまで祖父が出てきては、孫にしてみればややこしくなるだけで、やがて嫌悪と憎悪の念を抱いてしまうもの。肝心なとこを定は何一つ解っちゃいない。

 要は全てを両親に任せて、自分は皓皓爺に徹してれば良かったんだよ! 野江良の衷心。


 つまり、定を含め両親は、野江良に何クソ精神を押し付け続けるばかりで、野江良が感傷的で繊細な性質であるのを、誰も看破出来なかった結果が、これなのだ。

 何クソ精神を持っていたのは、姉の瑠美、それと、もう一人の少女だったのだ。


 先に言った通り、人のせいにしていると楽なのだ。だか、故人となった人間をいつまでも責めていては、何も前進はしない。そんなことは野江良も充分解っている。が、野江良にはそれだけ定に対して意趣があり、諸悪の根源であり元凶……の存在でしかない。

 祖父に憎悪を抱くことが、孫なりの供養。野江良はその思念でしか、定を弔う術を知らない。

 

 俺は、原田家に個性を殺され、潰された……。こう責任転嫁すると、何だか妙に心地良さを覚える。逆に言えば、野江良はこうすることでしか、精神の平衡を保てなかった。

 原田定に手を合わせる気は微塵もない! だから墓参りにも行かない。逆にこっちの方から呪い返してやる! あの世で自分だけシメ子婆ちゃんとぬくぬくしていたら、俺は許さない! こうなった俺を見て、天国か地獄で、

「俺が野江良をああしてしまったんだ……」て、ずっと頭を抱えてろ! これも同じく、野江良の衷心……。



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