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分かれ道

 精神病と診断されて四カ月、結果的に野江良は入院せずに済み、自宅で療養した。九月に入ったが、まだ残暑が厳しい中、野江良は何とはなしに、咄嗟的にか、三田井市内にいる同級生に連絡した。と言うよりも、実家の固定電話に電話し、親御さんに挨拶して無沙汰を詫び、本人のスマートフォンの番号を教えてもらったのだ。

 

 市内のガソリンスタンドに勤務する翔太からは直ぐに、久しぶり、とメールがくる。野江良は、突然ごめん、と返して翔太と何度かメールでやり取りし、十月中旬に細やかながらの同窓会が、市内の居酒屋で開かれることが決まる。野江良が同級生と会うのは、成人式以来二十一年ぶり、居酒屋に行くのでさえ、十二年ぶりだった。それだけ家に引籠っていたのだと、自分でも少し驚く。

 

 当日、野江良が居酒屋に現れた時には、既に三人の同級生が席に着いていた。

「よう、野江良来たな。うん、面影あるし、あんま変わってないな」真っ先に声をかけたのは、幼稚園から小・中と一緒だったよっちゃんだ。ニット帽を被って前髪を下ろし、尚且つ眼鏡もかけコロナ対策でマスクもしていたが、幼馴染だからか一目で解ったらしい。

 野江良も席に着き、四人に生中が届いたところで、

「じゃあ、お疲れ」隣に座る翔太が乾杯の音頭をとった。

 

 シーザーサラダや唐揚げ、カルビの炭火焼などのメニューも届いた。野江良は自分の箸ではなく取り箸を使っていたが、三人は自分の箸でお構いなし。

「取り箸使った方が良くね?」

「大丈夫だよ、平気平気」よっちゃんは笑う。

 呑気だねえ……、野江良は少し呆れる。

 やがて思い出話が始まり、

「先生が持ってきたテレビデオを、会議室に無断で持ち込んでさあ、飯島愛のAV観てた」翔太は思い出し笑い。


 翔太は、小・中学時代はスポーツ万能で、体型も筋肉質でスラリとしていたが、当時と比較すると、少し恰幅が良くなっていた。

「学校で何やってんだよ。テレビデオもそうだけど、飯島愛って、随分古いし懐かしな」

「中三の時さあ、俺達、喫煙騒動起こしたろ? それでさっきの会議室に呼び出し喰らってさ、みんな白状してるぞ、お前も知ってること全部言えって脅されたんだけど、俺は、俺は何も知らん! て誤魔化した」よっちゃんはふざけて腕組し、当時を再現した。


 よっちゃんは名前が嘉高だから、そのままよっちゃん。彼はあまり変わらず、面影を残している。当時と違うのは、婿養子となり姓が変わっていたこと。

「俺も覚えてるけど、それってもう監禁じゃん」

「そうだよ、監禁されたんだよ」

「俺ら、冬は息が白くなるからバレないだろうって、下校しながらスパスパ吸ってたもん」ボスは生中数杯で顔が赤らんでいた。


 ボスは、小・中学生の頃はどっしりとした体格だったことから、ニックネームはボス。だが現在はスレンダーな体型になっている。何度かリバウンドしたそうだが。


 しかし……。

「俺今、貯金切崩してるし、生活はカミさんの収入に任せて回してる」よっちゃんが言う。

「貯蓄が出来ないんだ。お金があるって良いよね」野江良が入れられる合の手は、これが精一杯だった。

「そうだよね。だからさ、低額でもボーナスがもらえる職場に転職しようか、親父に相談した」よっちゃんの言葉に、

「じゃあ、うちに来る?」とボスは言う。

 その後も……。


「翔太、いつか金髪の女と歩いてたろ」

「ああ、それ俺も聞いた」よっちゃんとボスはからかう。

「お前達もその女のことは知ってる筈」翔太は反論しながらも、

「でもあの子とは終わった。俺が彼女とか結婚出来ないのは、独りの時間が必要だからかな」自嘲的にクスクス笑う。

「それじゃあ無理だな」よっちゃんは首を左右に振り、ボスは笑って見ていた。

 

 野江良は、思い出話には、三人の中に入れるが、仕事や彼らの、今の、話にはついていくことが出来ない。これが十二年のブランクか……新たな経験がない。不肖、原田野江良、一人行き遅れの二〇ニ四年十月……。過ぎたことを悔んでも意味がないのは理解出来ても、実感はさせられた。

 

 小学校を卒業してからも三十年が経つ。人は良かれ悪かれ変わっていくのは当然。あの頃のみんなはもういない。変われていなかったのは、自分だけだろう。自分はいつまでも根に持って嫉妬し易いし、自己顕示欲も強い、三段オチの性格。今までの経験は、サラッと受流して只リッセットしていくだけだった。そこに気付くにもこの歳までかかった。四十年以上かけないと解らない人間だったのだ。

 

 自己否定しつつ、やっとそこに気付いたのであれば、今後の人生をどう生きていくか、とも、考え始めた。


「良く出来ました。頑張ったわね、野江良。幾つになっても、解れば良いのよ」亡き祖母、シメ子はあの世から孫の成長を見て微笑んでいた。が……。

「……」定は言葉が出ないばかりか、何も考えることも出来ず、唯唯、閉口。

 

 田村乃衣瑠はニ〇ニ四年十月の人事異動により、アナウンス部から報道局記者となり、アナウンサー業から離任し、TKH報道局専属となった。記者となったことにより、地上波からは姿を消す。しかし、アナウンサーから記者として妻として母として、着実にキャリアを積んでゆく。無論、定の前に現れることは、金輪際ない。


「これで良かったのよね、お父さん」シメ子はニヤリとし念を押す口振。その妻に対し、

「……ああ」定は呆然とした表情と口振。シメ子は夫の姿が可笑しくて堪らないが、笑うのはよす。 

 

 フリーであれキャリアであれ、原田定と原田シメ子夫妻は、あの世から実孫、原田野江良と他家の妻、田村乃衣瑠の多幸を、祈るばかりなり--


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