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空想

 『パンッ!』「はい、目を開けて」野江良は病院の検査室のソファの上で、柏手と聞き慣れた女性の声で目を覚ます。

「どうだった野江良? これが催眠療法ってやつで、今見た光景は全て野江良の夢の中よ。即ち、空想の世界。まさか姉弟間で治療をする羽目になるとはね」臨床検査技師の瑠美は、呆れた微笑のまま頭を抱える。

「駄作にしても良く出来てるね」野江良は自分自身に恐怖すら感じた。


「こんな出鱈目な物語を、頭の中で二、三日で描いちゃうんだから、根っからの空想人間だね、こりゃ。クリエイティブな職業が向いてるのかもよ」

「その道で食べていければね……。フー……」深い溜め息も吐きたくもなる。四十を過ぎても尚、まだ何も始まっていないのだから。


「定お爺ちゃんに相当な意趣があるみたいだけど、亡くなった人をいつまでも怨んでいても、何も変わらないよ」

「そりゃ解ってるけど、定爺ちゃんを、虫けらみたいに笑い飛ばしたかっただけじゃね」野江良はニヤリとした。

「ハー……、そう言う私も、生前はああだこうの押し付けられて、大分不満はあったちゃあったけどね。定お爺ちゃんごめん。野江良のこの様子じゃ、まだ当分、成仏出来そうにないわ……、私にとっては、過ぎ去ってしまった、遠い過去なんだけどね」瑠美は白い天井を見てぼやくしかないが、表情は優しく微笑んでいる。姉として、野江良の気持ちも理解してあげて、と願うばかりなり。


「でもさ、裏を返せば、定爺ちゃんはまだ俺の中では生き続けてるってことだよ」

「かもね。何だかんだ言ったって、野江良は最初の男の孫だし、可愛くて仕方なくて、ほっとけなかったのよ。そこは解ってあげなきゃ」

「うん」昼間の陽光が、白のカーテンを閉めていても差し込んでくる二人きりの静かな検査室で、野江良の表情も、いつしか柔和になっていた。


「だけどさ、過去に拘り過ぎた、俺は。後はあの人と、それにASDと言う障害に」

「あの人って?」瑠美には不思議だが、野江良は敢えて、あの人、と表現して名前を出さなかった。

「イチローとか米津玄師も同じ障害持ちらしいけど、あの人達は別格。けど見習うとしたら、もっと違う方に拘りを持たなきゃだね」野江良も宙を見詰める。


「自分のこと解ってるじゃん。ADSは拘りが強いのも特徴の一つだけどさ、けど沼っちゃ駄目。昔ビートたけしのCMでこんな台詞があったのよ、あんたが変わらないと、何も変わらないよ、て。野江良には空想癖があるのは、子供の頃から既知してはいたけどさ、まさかここまでとはね。ご自分の世界観に浸ってあれこれ遊ぶのも程々にして、もっとさあ……」瑠美が言葉を切り、野江良は全てを察する。

 

 姉の顔に乃衣瑠を重ねた。

「もう良い歳なんだから、現実社会を生きていきなさい!」姉と赤の他人に諭された野江良は、

「独りで考えるのも大事だけど、人と関わって嬉しさや喜び、傷付いたり凹んだりしないと、得られない気付きや心境があるんだよね。この歳にして、やっとそれが解った気がする」まるで他人事の様に、宙を見詰めたまま自分を嗤わずにはいられなかった。苦笑……。


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