強烈キャラの死
この日は穏やかな晴天で、まだ夏の残暑が厳しかった。午前中、野江良はいつもの通りウォーキングに出かけた。途中、定の家を通りかかったが素知らぬふり。声すらもかけずに、無論顔を出す気すらもない。虫の知らせも何も感じない。いつもの朝だ。
異変が起こったのは正午前のこと。義理の祖母から母のスマートフォンに着信があり、母は慌てて車で家を出て行く。
それから少し経ち、今度は母から父のスマートフォンに着信があり、父は話を聞きながら、
「どうあるんだ」と訊き返している。
昼食の為にリビングに降りて来た野江良に父は、
「野江良。昼飯食べ終わったらテレビを消しといてくれ。爺ちゃんが悪いらしい」こう告げて父も車で出て行った。
野江良が事態を知ったのは十三時過ぎ、母からの着信からだ。
『爺ちゃんが逝ったわ』
「逝ったって、死んだ?」
『うん。やっと』
「ああ、そう」
『来ない? 綺麗な顔してるわよ』
「行かない」たった一言で通話は終わる。
その後も野江良はいつも通りの生活を心がけた。というより、精神的な動揺は然程感じない。一番強烈キャラだった定の死を目の当たりにしても、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
呆気ないものだ……。一番影響を受けたと言っても過言ではない人が急逝しても、案外こんなものなのか……。いつかは来る日が今日だった訳だが、野江良の率直な感想。
そして夜。無論両親は帰宅しない。野江良の夕飯はコンビニで買ったカップ焼きそば。その後は入浴して歯を磨き、処方されている睡眠導入剤を二錠服用して床に就くが、ここからはいつもと違う時間。
再度母から着信があった。
『叔母ちゃんがさ、一度も顔も見ないのは、それじゃお別れになってないんじゃない? だってよ』
「爺ちゃんはいつだって起きてりゃ多言。寝てりゃガーガー鼾かいて煩いじゃん。静かな爺ちゃんは爺ちゃんらしくない! 俺はもう寝るから」
『そう』通話を終えたが、やはりか一向に寝付ける気配がない。野江良は何度も煙草を吸う為に起き上がっては横になるの繰り返し。遂に観念する。
「駄目だ。眠れない」母に電話を入れた。
『やっぱりそうでしょ。今から迎えに行くから』母との通話後、野江良はパジャマから白のワイシャツに迷彩のパンツ。黒のベストに着替えた。今夜は仮通夜。野江良なりに気を遣ったコーデである。
母が家の前まで車で迎えに来て、野江良は実に十二年ぶりに定の家に上がった。
「自宅の茶の間で眠るように逝ったんだって。きついんじゃないの? て婆ちゃんが身体を擦っても、何も反応がなかったって。でも、私の声は届いてたんじゃないか、て言ってた」母から顛末を教えてもらう。
「ふーん。施設にも入らず、入院もしなかったのが、せめてもの救いだったね」
正にその通り。立つ鳥跡を濁さず。この言葉が相応しい。誰にも迷惑をかけずに逝ったのだから。
定が息絶えた茶の間の出入り口には、叔父と叔母が死亡診断書を見ながら何やら話している。
「死因は何だったの?」野江良は診断書を覗き込む。診断名は「特発性拡張型心筋症」とある。
「まあ、年齢的なことを言えば、心不全みたいなもんだよ」叔父は簡略化した。
一見タフに見えて、強烈キャラだった爺様も、寄る年波には勝てなかったってこった。こう結論付けるしか、ない。
そして、あの罵声の弔辞である。




