異次元空間にて
定は全てを思い出し、野江良の現状も既知していた。引籠りの日々を送っている孫の行く末を案じた定は、野江良の為なら矜持など関係ない、意を決しダメ元でも、一か八か東京在住の女性に呼びかけてみた。
「乃衣瑠さん、乃衣瑠さん!」すると--
乃衣瑠はたまたま仕事が休みで、午前中、自宅マンションのリビングのソファに座り、コーヒーを飲みながら一息ついていた。
田村乃衣瑠の眼前に、蝋燭が何本も立ちメラメラとした炎だけに照らされた、原田定が現れる。しかし、乃衣瑠は特に驚きはしない。
「いつかはいらっしゃると思っていました」乃衣瑠は上品に微笑み、マグカップをガラステーブルに置く。
「貴方は起きている、現実に私を見ているのですか?」却って定の方が、乃衣瑠の両親の時と同じ現象に驚愕する。しかし両親の時と違うのは--
「はい、私には確りと原田定さんが見えています」
「面識のない私の名前までご存知か。私は死んだのですよ」田村夫妻の当時は存命していたが、今は故人、定は唯唯呆れ返るばかり。
「何故、私が起きた状態から、異次元空間にワープ出来るのか、それは原田さんのお孫さんである、野江良さんよりも異次元の世界では位が高いからです」乃衣瑠は淡々と申し上げた。
「野江良の名前まで……、そうだったのですか」この娘には、全てお見通しなのだろう、定は呆れ果てた末、口を半開きにしていまう。
「貴方様が何故私の所へ現れたのかも、存じ上げています」乃衣瑠は定の姿など意に介さない。
「野江良さんと私との結婚についてでしょう」乃衣瑠の言葉で定は我に返る。
「そこまで察していらっしゃる、その通りです。野江良は四十も過ぎてもまだ、誰とも入籍していません。ですのでぜひ、野江良を婿にしてやってください。
私は現世にて、殆ど徳を積んでこなかったのです。よって、私は成仏出来ないのです。なので貴方の名を乃衣瑠、孫を野江良にし、運命の糸となるよう名付けました」定は唯唯、懇願する表情と口振で全てを明かした。
「解りました、それで貴方様がご無事に成仏出来るのでしたら、野江良さんと私との運命の糸を成就させます」乃衣瑠は不敵な笑みを浮かべた。
その笑みは何か、定には理解し難いが、
「何卒よしなに」再度懇願し、乃衣瑠の眼前から姿を消す。これで自分は何の未練もなくなった。安心して成仏出来るのだ、定は勝手に胸を撫で下ろしていた。
しかし、田村乃衣瑠は根本的な事実を隠していた。それが、不敵な笑みの理由。定にはその事実が、あの世にいながら見えていたかった。
三途の川岸に戻ってきた定は、
「おいお前、乃衣瑠さんに野江良との結婚を約束させたぞ。俺はもうそっちに渡れるんだろ?」シメ子に呼びかける。しかしその期待は、
「まだです。お父さんがこちらに来れるのは、田村乃衣瑠さんと野江良の結婚が成就してからです」数秒で打砕かれることになる。
「そうか……」落胆する定の様子を見て、シメ子も不敵な笑みを浮かべる。
「何だ、その顔は!」定が憤慨するのも無理もない。
そう、シメ子には全てが見えていた。あの世では、シメ子の方が定より位が高いのは歴然。知らないのは定のみ。原田シメ子と田村乃衣瑠の二人だけの、秘密--




