表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/34

憑依?

 原田定が急逝して三年が経つ、二〇二四年六月。梅雨が明けて連日猛暑日が続いていた。ていうかこの数年前から、夏は危険な暑さだの、逆に冬は大寒波だのと、気候が極端過ぎる。そんなある日--

 

 同年、消滅可能性自治体というデータが発表された。民間団体が、二〇二四年から三十年後の推計で、移動仮定における二十代から三十代の若年女性人口の減少率が、二〇二四年レベルのまま続いたら、減少率が半数以上になる地方公共団体の区分がデータ化されたのだ。その消滅可能性自治体の中に、三田井市も含まれていた。事実、三田井市は年々人口減少、過疎化が進んでいる。


 この日は日曜だったのだが、夕食の時間になってもリビングに降りてこない野江良を心配し、母が二階に上がってくる。ノックをしてドアを開けると、野江良は座椅子に座って腕組をし、何か思念に明け暮れている様子。


「ご飯だけど、どうかしたの?」母の問いかけに、野江良は急に立ち上がり、理由の解らぬことを口にする。

「このままじゃ三田井市は消滅する。だから、頂き女子りりちゃんくらい話題になった人物に市長になってもらわないと、三田井市の知名度は上がらなければ、移住者もなく人口減少は続くだろう」

「突然何を言い出すの?」

「だから、三田井市の重役達が彼女が拘留されてる拘置所に出向いて、人は幾つからでも再出発出来ます。どうか三田井市の市長に就任してください、て頭を下げなきゃ駄目だ! 頂き女子りりちゃん市長が誕生すれば、メディアに大きく取り上げられて、三田井市は活気付く! そのくらいの話題作りをしなきゃ駄目だって言ってるんだよ!」 

 こんな考えは普通の世間話のギャグであり、笑いながら話すこと。そんな話を野江良は熱弁しているのだから……、正直そんな奴の方が可笑しいし嗤われる。


 因みに頂き女子りりちゃん……とは、二〇二〇年代前半に起きた、恋愛詐欺及びその関連事件を犯した犯人である。「頂き女子りりちゃん」を名乗る女(逮捕当時二十五歳)が、マッチングアプリなどで知り合った男性らの恋愛感情を利用し、三名の被害者から約一億五千万円を騙し取った。

 

 またその手法をマニュアル化し、オンラインで販売、その購入者らが、約一千万円を詐取する事件を幇助した他、自身が詐取した金を所得として申告せず、所得税約四千万円を脱税した……そうだ。

 そんな罪を犯した女性が、いくら罪を償い戒心したとしても、縁もゆかりもない九州の三田井市長選に立候補など、誰だって現実的に考えて、あり得る筈などないではないか。


「何それ? フフフン……」母が鼻で笑うのも当然。

「人が真剣に言ってんのに、何笑ってんだよ!」

「だって笑うしかないじゃないの、そんなバカげた話」

「俺は真剣なんだぞ!!」声高の野江良の熱を感知したのか、突然火災警報器が、

『ピュー!、ピュー!、火事です! 火事です!』ブザーを鳴らし、誤作動を起こす始末。現に家の中では火の手どころか、煙すら立っていなかったのだから。


 これに母は、

「うわっ! 何処か燃えてるの!?」慌てて野江良の部屋を出ていく。しかし父は、

「何処も燃えてないし煙も出てない。誤作動したんだろう」この様な時でも冷静。父は昔から一見冷静で、いつも淡々としている人。

 そのことはさておき、この時点で野江良の精神状態は、既に可笑しくなっていた。自分の中で涌いた言葉でゲラゲラ笑う、又は大粒の涙を流す……。それと、何かテレパシーの様なものが宿った錯覚も出てくる。自分の中で、これまでに出会ってきた人、又は出会いもしたことがない有名人などと会話をしている……まるで何かが憑依したかの様な気分だ。これまでの人生で、一度もそこまで精神状態が病んだ経験はない。現にこの日から一週間以上、野江良からは記憶がごっそり抜け落ちてしまう。

 

 そして到頭……、野江良は意識を失い昼に一回、夜も意識不明に陥り、痙攣発作まで起こして、一日に二度も救急搬送された。奇しくも、この日も日曜。

 救急車の『ピーポーピーポー』というサイレンは、中々インパクトがあるもの。夢見心地、微かにでも記憶の中にありそうなものだけど、意識を失っている野江良には、昼も夜も全く記憶が残っていない。

 昼に救急搬送された際は、医師から、特に異常なし、と診断されて返されたそうだが、夜は、内科的に検査をしたい、との判断でそのまま入院となったそうだ。


 野江良が気が付いたのは翌日の昼過ぎ。市立病院のベッドの上だった。初めここが何処なのか解らなかったが、

「俺は初めて一日に二度も救急車に乗ったぞ」苦笑いを浮かべる父の言葉で、野江良は病院、しかも個室だと理解した。

 

 しばらくしてドアがノックされ、担当の女性医師が「失礼します」と入ってきた。その医師から告げられた病名は、横紋筋融解症と言う、耳慣れない、初めて聞く病名だった。

「この病は、薬や怪我などが原因で、筋肉が壊れてしまう病気なんです。原因には何らかの治療薬の服用による影響や怪我、てんかん、熱中症などがありますけど、薬の服用が原因の場合、速やかに服用を中止することが大切です。横紋筋融解症の原因となる薬には様々なものがありますが、コレステロールが高い時に飲む薬などがよく知られています。その様な薬は服用されていますか?」

「いえ、コレステロールの薬は飲んでいませんけど、抗鬱薬は毎日飲んでいます」母が答える。

「そうですか。んー……ひょっとしたら、抗鬱薬にも原因があるかも知れませんね。採血の結果には異常は見当たりませんでした」

「ありがとうごさいました。一度精神科の医師と相談してみます」今度は父が頭を下げる。

「私もそうされた方が良いと思います。では失礼しました」女性医師は会釈して病室から出ていく。

 

 この日は一日で退院許可が出され、親子は自宅へと戻る。

 今回の事態を知った、姉の瑠美に言わせれば、

「ここんとこ連日猛暑だし、熱中症に睡眠不足、それに栄養失調が重なったんじゃない。後は、薬の副作用もあるかも知れない」メールでこう分析したそうだ。


 その日の夕方、自宅の自室で、野江良は鏡で自分の顔を見て愕然とした。髪はボサボサで触ると脂ぎり、頬はげっそりと痩せこけ、無精髭も伸び放題の状態。尚且つ両手を見てみると、爪も伸び放題で、ご丁寧にも黒く汚れまで溜まっていた。

 母によれば、

「一週間以上もシャワーも浴びてなければ、食事も満足に摂らなかったんじゃない」だそうだ。通りでこの有様……と言う訳である。野江良は直ぐにシャワーを浴びて頭を洗うが、これだけの動作でハーハーと息切れ状態……。後は洗顔して局部だけ洗ったのだが、それでもまた息切れ……。身体まで洗う気力はなかった。頭から全身を洗える様に体力が回復するまでに、二ヶ月は掛かってしまう。

 

 シャワーを浴びた後は、電気シェーバーで伸び放題の髭を剃るのだが、無精髭が長過ぎてシェーバーの中に入っていかず、ポロポロ下に落ちてしまう始末。おまけに電気シェーバーにも関わらず、顎からは出血。それでも野江良は剃るのを止めず、忽ち顔は血で赤く染まっていく。

 以上の様に、野江良は社会生活どころか、日常生活すら儘ならなくなってしまう。


 後日、野江良は市立病院と精神科の病院で二度も脳波の検査を受けたが、どちらの病院でも脳には異常は見られず。精神科の担当男性医師も、

「何故あんなことになったのか、私にも正直解らないです」首を傾げる、しかないだろう。結果は、原因不明なのだから。

 最終的に主治医は野江良と同席した母に、

「兎に角、抗鬱薬はしばらく止めて、睡眠導入剤などの、必要最低限の薬だけにしておきましょう。気晴らしくらいはして良いですけど、今は脳を刺激する様なことは避けて、睡眠は確り取って栄養も摂ってください。睡眠を取って脳を休める為なら、寝坊も大目に見てあげてください」こう診断結果を告げる。

「気を付けます」

「解りました」野江良と母は、主治医に頭を下げた。ASDは治療のしようがないが、鬱病に関しては、投薬から治療のやり直しという訳だ。


 しかし、野江良にはまだ、テレパシーの様に自分の世界で誰かと会話する、憑依状態が続いており、精神的には不安定だ。その証拠に、突然姉の瑠美に何度も電話を掛けてしまい、仕方なく出た瑠美から、

「言ってることが支離滅裂だもん……」と言われてしまう。野江良自身には、言われた言葉は記憶に残っているのだが、自分がどんな支離滅裂なことを言ったのかまでは、全く覚えていない。

 

 主治医も、

「これはもう、鬱の状態を通り越して、精神病です。この状態が続くのであれば、入院を視野に入れておいてください」母にこう診断結果を告げるしかなかった。

 精神病の状態も、二ヶ月くらいは続くのであった……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ