誤算
史学科で学んできた野江良だったが、気付かされたことがある。考古学と史学は似ている様で、全くの別物であるということ。
考古学は物質的であるのに対し、史学は良かれ悪かれ人間性だと感じたのだ。自分に興味があったのは、ヒューマンだった。だがこれも、史学を専攻したからこそ気付いた視点。
そこで野江良は、同じ視点を持っていた、年上の学友一人と共に、シナリオライターで客員講師の、大野タケシの大野ゼミを受講することにした。
最初の内は大野から、
「この部分が解り難い」「史実と考察が極端に入り混じっていて、読み難い」などと、流石はクリエイター、忌憚なく指摘されていた。その度に野江良は、もっと頭を使ってください、と下手なプライドを持ちムカつくのではあるが、正直な気持ち、書いている本人が解らなくなっていく。だが、回を増す内に……。
「君は考古学よりも文筆の方が向いているかも知れないな」大野からこうアドバイスされた。そして……。
大学四年となり、野江良は大野ゼミにて、卒業制作として、弘田宜蒼と言うペンネームで、『大名・山下家が歩んだ道』と言う、架空の大名家、本拠とした城の物語を史実も交えてオリジナルで書いてみようと決める。
少し話を戻し、大野ゼミを受講する様になってから半年後。港区にある青山文化会館にて、大野主催の黒澤明研究会なる会が、週一の土曜日に催されていた。野江良は大野から、来てみないか、とお誘いを受けて承諾。会費は一回の出席につき五百円。
黒澤明研究会と言っても、特に黒澤作品ばかり鑑賞して議論する訳ではなく、木下惠介監督などの往年の映画も鑑賞する。
木下作品を観終わり、大野は野江良に、
「つまんなかったか」と訊いたが、
「いえ、内容が解り易いですよね」と返す。
「こういう昔の映画も観なきゃ駄目だ」
「温故知新ってやつですね」野江良が言うと大野は、
「そうそう」と満足気。
解散となり大野は、野江良と他大学から来ていた男子学生に、次回も来なさい、と声をかけ、二人は承諾する。以降、野江良は出席出来る時は必ず青山まで出向き、黒澤作品の『生きる』や『どですかでん』など往年の映画を鑑賞した。
東大理学部の乃衣瑠はというと、大学時代は四十五人クラスの中で女性は三人だけという環境で学んでいた。男性ばかりの教室で、女性は大切にされ、意外と心地良さも感じていた。四年の卒業研究では、トマト遺伝子を煙草の葉に移し、その機能を調査する実験をした。
しかもミス東大にも選出され、正に才色兼備な女性だ。だが一方、研究と言う、地道で辛抱強くやらなくてはならない分野は、生来飽きっぽい性格の自分には向いていないな、こう勘付いていた。
卒業まで残り数カ月、野江良は何とか期限までに卒業制作の作品を書き上げた。その作品に大野タケシは、面白い発想ではあるが、リアリティがない。登場人物も実在した人物が何人か消えていて、その人物は何処へ行ったのだろうと、疑問が残る作品である、しかし、再編集して賞に応募してみるのも一つの道である、こう批評した。
卒業式を一カ月後に控え、黒澤明研究会に出席した野江良は、会が終わり解散となった会館の廊下で、大野に別れの挨拶をした。
因みに最後に鑑賞した作品は、黒澤明監督最後の作品となった、『まあだだよ』。
「期待外れで済みません」頭を下げる野江良に大野は、
「そんなことは気にしなくても良い。これから先、色んな職を経験してからでも遅くはないよ。文筆にも君なりの味が出てくるだろう」最後のアドバイスをし、こう付加えた。
「小説にしてもシナリオにしてもそう、素人が端から人を惹き付ける様な壮大な作品は、書けない。まずは、自分のことを書けば良いんだよ」
大物シナリオライターからの正直なアドバイスに、
「ありがとうございます」野江良は言葉に感謝の念を込め、軽く頭を下げて会館を出る。
これで今後二度と、大野タケシ先生と自分は、再会することはないのだろうなあ……、野江良は勘付いていた。現に、卒業後に大野タケシと顔を合わせることはなかったのだから。
それはさておき、肝心の就職はと言うと……。




