前世の知識でポーションを作ったら聖女の常識がひっくり返った件。メロン味のポーションは世界を変える革命の香り。元・婚約者へは復讐と愛を届ける
「ローリア、聖女候補に選ばれたそうだな。さすがおれの婚約者だ」
笑うカイインの顔が、どうしようもなく鼻につき、誇りに思うと言いたげな顔に、作り笑顔を張り付けた。
「ありがとうございます、カイイン様」
聖女候補―知らせを聞いた瞬間は、素直に喜べた。
転生して十年、前世の記憶を思い出したのは物心ついたとき、特にこれといったチート能力はなく、ごく普通の家庭に生まれ育ったから、どう生きるかばかり考えていた時、神殿から届いたのが聖女候補の知らせだ。神殿に仕えれば、貧しい村の生活から抜け出し、安定した暮らしができ、それだけじゃなく人の役に立てるかもしれないとの希望に胸を膨らませていた、ほんの数時間前の自分を殴ってやりたい。
「だが、聖女候補ってことは神殿に入ることになるんだろう? おれたち、会えなくなっちゃうじゃないか」
カイインが抱きついてくる手から、嗅ぎ慣れない甘い花の香りがした。
誰かの香水だ。
聖女候補に選ばれた後も、他の女と遊んでいた、いや、聖女候補に選ばれたからこそ、かもしれないのは、箔がつき、他の女へのアピールポイントになったせいだろうな。
「ご安心ください、カイイン様。神殿に入っても、月に一度は実家に帰ることができますから」
精一杯の笑顔で答えても、カイインは満足そうに頷いた男は、本当に愛しているのだろうか、いや、愛してなどいないし、利用価値があるから、手放さないだけだなと思う。聖女候補になった女と婚約者という立場は、男にとってこの上ないアクセサリーなのだ。
「愛してるよ、ローリア。君はおれの唯一の聖女だ」
耳元で囁かれる甘い言葉も、今の私には酷く陳腐に聞こえるが、もう、うんざりだ。男の嘘も、甘い香りの香水も男に振り回される自分の弱さにも。聖女候補として選ばれたのだから、もう、誰も馬鹿にはしないのに、どうしてこの男は、こんなにも蔑ろにするのか。
(聖女になって、捨ててやる)
心の中で、緩く静かに誓う。
聖女候補として神殿に入り、力をつけて、この不誠実な婚約者を捨てて、本当の幸せを掴むことが新しい目標になった。
「ありがとう、カイイン様。私も、カイイン様を愛しています」
口から出た言葉は、どこまでも嘘くさい響きを持っていたが、カイインは満足そうに微笑んだ裏に隠された冷たい決意に、気づかずにいるのは胸がスカッとなる。
神殿での生活は、ローリアにとって新鮮な驚きの連続だった。豪華絢爛な聖堂に、厳かな空気が漂う図書館、自分と同じく聖女候補として選ばれた少女たちが皆、清らかで、どこか浮世離れした雰囲気を持っていることに、戸惑いを覚えていた。
「ローリア様、よろしければご一緒にいかがですか?」
声をかけてきたのは、同じ村から聖女候補として選ばれた、ショルショアは絵本から飛び出してきたような可憐な少女で、柔らかな笑顔は見る者すべてを癒す力を持つ。
「ありがとう、ショルショア。喜んで」
二人は連れ立って、中庭へと向かった。
色とりどりの花が咲き誇る中庭で、ショルショアが楽しそうに歌を口ずさんだ歌声は、鳥のさえずりのように美しく思わず耳を傾ける。
「ショルショアの歌声、本当に綺麗」
ローリアの言葉に、ショルショアは少し照れたように微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、ローリア様だって素敵ですよ。祈りは、とても温かいです」
ショルショアの言葉に、胸の奥が温かくなるのを感じた。神殿には、カイインのような不誠実な人間はいない。皆、純粋に真摯に、聖女という道を目指している場所にいられることが嬉しかった、けれど、平穏な日々は長くは続かなかった。
ある日、ローリアはカイインからの手紙を受け取る。
「ローリア、聖女候補の生活はどうだ? 早く君に会いたい。愛しているよ」
手紙の文面は、以前と変わらず、甘くて嘘くさい言葉で彩られていたし、さらに手紙に添えられていた、もう一通の手紙に息をのんだ。それは、ショルショア宛の手紙だ。
「ショルショア様、今度、村で祭りが開かれます。よろしければご一緒にいかがですか?」
差出人の名前は、カイイン。ローリアの心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。どうして、カイインがショルショアに手紙を?と考えながら震える手で二通の手紙を握りこむ。
カイインは聖女候補という箔として利用するだけでなく、他の聖女候補にも手を伸ばしていて、しかも、よりにもよって純粋で心優しいショルショアに。
(許せない。絶対に、許さない)
激しい怒りがこみ上げてきた。
カイインへの怒り、カイインに利用されようとしているショルショアへの同情と、そんなカイインに未だに囚われている自分自身への苛立ちに。
「ローリア様、どうかなさいましたか?」
背後から聞こえたのは、ショルショアの心配そうな声だったので、ローリアは慌てて手紙を隠し、作り笑顔を浮かべた。
「な、なんでもない。少し、ホームシックになったみたい。ははは」
笑うローリアの顔は、もう以前のような優しい表情はなく、目は獲物を狙う猛獣のように鋭く、冷たい。聖女になることで男を捨てて、本当の幸せを掴む決意は、今、怒りという燃料を得て、さらに強固なものへと変わっていった。
(カイイン、覚悟して。あなたの不誠実な行い、必ず後悔させる)
手紙を強く握りしめた手の中で、手紙は無残にシワくちゃになっていた。神殿での修行は、以前よりも苛烈なものとなったが、日々の祈りや座学に加えて、高度な魔法の訓練にも打ち込むようになった。原動力は、カイインへの復讐心。
「ローリア様、少し休まれたらどうですか?もう三時間も続けていますよ」
心配そうに声をかけてくるショルショアに、ローリアは作り笑いを浮かべる。
「大丈夫。もっと強くならないといかないから」
ショルショアは、不思議そうな顔をした。
「どうしてそんなに急ぐんですか?私たちは、神に愛されること、安らぎを与えるためにゆっくりと力をつけていけば、いいのですよ」
ショルショアの無垢な瞳に一瞬、胸が痛んだが、すぐに感情を押し殺した。
(ショルショア……あなたは、カイインのような男の裏側を知らないから、そんなに純粋でいられるの)
カイインからの手紙は、あれからというもの、その後も続いた。信じられないことに、ローリア宛てのものと、ショルショア宛てのもの。頻度が増すにつれ、ローリアの怒りは深く冷たいものへと変わっていき、ローリアはショルショアに尋ねた。
「ショルショア、カイイン様からの手紙、どう思ってる?」
ローリアの言葉に、ショルショアは顔を赤らめる。渡せと言われているので、渡しているに過ぎないけど。
「え、えっと……カイイン様はとても優しい方です。でも、ローリア様の婚約者の方なので、ちょっと困ってしまって」
ショルショアの答えに、ローリアは安堵し、カイインの甘い言葉に騙されてはいなかったと同時に心の隙間に入り込もうとしていることが分かり、怒りは再び燃え上がった。
「ショルショア、いいことを教えてあげる。あの男は、婚約者であると同時に、他の聖女候補にも同じように手紙を送ってる。神殿にいる、ほとんどの聖女候補に」
え、とショルショアは目を見開いた。
「そ、そんな……!ど、どうしてそんなこと……を?」
「さあ?でも、一つだけ言えることがある。聖女候補を自分の地位や名誉を上げるための道具としか見ていない。そんな男に心を奪われてはいけない」
ショルショアは何も言えずに、震える手で自分の手紙を握りしめた差出人の名前は、カイイン・ヴォルカノ。ローリアの婚約者で、ショルショアの表情は、困惑から、次第に失望、怒りへと変わっていった。
その日の夜、ローリアは一人、図書館にいながらも、復讐計画を立てる。
(神殿で力をつけて、誰もが認める聖女になる。婚約を破棄する。でも、ただそれだけじゃ、足りない)
カイインとの関係を断ち切るだけでなく、彼が築き上げた名誉、人生そのものを、根底から破壊してやりたいと思うようになっていた。そのためにと探すと、一人の少女の存在にたどり着いた。名を、クローサというのだが、数年前までカイインの婚約者だったが、彼に一方的に捨てられたという噂の少女なのである。
「クローサ……」
ローリアは、名を呟いた。
カイインの不誠実さを証明し、社会的に抹殺するためには、クローサという少女の協力が不可欠だなと、新たな目的を見据えた。ただ復讐を果たすだけでなく、カイインによって傷つけられた少女たちの無念も晴らすために、ローリアは、自らクローサに会う。
クローサは、寂れた街の片隅で、小さな花屋を営んでいたみたいで、ローリアは、神殿の許可を得て、人目につかないように店を訪れた。店のベルが鳴ると、奥から一人の女性が出てきて、淡い茶色の髪を一つにまとめ、質素なエプロンをつけた噂に聞く通り、美しいが、瞳の奥は、深い悲しみに沈んでいる。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
問いかけに、身分を隠さず名乗った。
「ローリアと申します。カイイン・ヴォルカノの、現在の婚約者です」
クローサの顔から、一瞬にして表情が消え、ローリアを冷たい目で見つめ返した。
「……何の用でしょう。私には、あなたと話すことは何もありませんので。帰ってください」
追い返されそうになったが、引き下がる気はない。
「お待ちください。私は、カイイン様のことを知りたいのです。婚約を破棄した理由を」
ローリアの言葉に、嘲笑するように口角を上げた。
「理由……なんて、ありませんよ。ただ、飽きられただけです。私のような平民では地位にふさわしくないとでも思ったのでしょうね」
ぐっと胸に突き刺さる。カイインに利用されて、使い捨てられたのだと、ローリアはクローサの前にひざまずいた。
「お願いです。カイイン様は、今も同じことを繰り返しています。私だけでなく、他の聖女候補にも手を出し、自分のアクセサリーのように扱っています。不誠実さを暴き、これ以上誰も傷つけないようにしたいのです。どうか、お力をお貸しくださいませんか」
真剣な眼差しに、クローサは驚き、戸惑った瞳に宿っていた冷たさが、少しずつ溶けていく。
「無理ですよ……信じられません。どうしてあなたは、そこまでするのですか?愛しているから、ではないのですか?」
その問いに静かに首を振る。ありえないと。
「いいえ。彼を愛してはいません。ただ、彼のせいで傷ついた、あなたや、これから傷つくかもしれない誰かのために、戦いたいのです」
ローリアの言葉に、クローサは自分を重ね、カイインに捨てられたとき、一人で絶望の淵にいた。誰にも相談できず、ひたすらに悲しみに暮れていたが、もし、あの時、ローリアのような人が現れていたら、どれだけ救われただろうか、とクローサは、手を差し伸べる。
「わ……わかりました。あなたに協力します。カイイン・ヴォルカノという男が、いかに不誠実で、卑劣な人間であるか証言します」
二人の間に、静かな共謀が生まれ、聖女候補のローリアと、元婚約者のクローサの女性たちは、カイイン・ヴォルカノという男に傷つけられた者として、手を組んだ。復讐の第一歩として、二人は神殿へと向かうとクローサの証言を得て、ローリアはカイインの不貞を神殿に訴えようとしていたがその計画は、想像をはるかに超える展開を見せることになる。
(カイイン……あなたの時代は、もうすぐ終わるから)
復讐という炎を瞳にメラメラと宿し、静かに燃え盛っていた。神殿の裁定は厳格だと、ローリアとクローサの訴えは、神殿の最高位の聖職者たちによって審議され、カイインが一人だけでなく、他の聖女候補たちにも不誠実な手紙を送っていたこと。
過去にクローサを捨てた経緯が、詳細に語られるクローサの証言は、不誠実さを決定づけるものになる。カイインが送った甘い言葉の手紙、その一方で他の貴族の娘と会っていたことを示す証拠を提出し、偽りの顔を剥がすに十分だった。
「カイイン・ヴォルカノは、聖女候補であるローリア様を欺き、聖女という神聖な地位を自分の名誉のために利用しようとしました。同様に、多くの女性たちを傷つけた行いは、神の教えに背くものです」
神殿の最高司祭が、厳かに裁定を読み上げた。
「これより、カイイン・ヴォルカノとローリア・ローズの婚約を無効とする。また、カイイン・ヴォルカノには、神殿への出入りを禁じ、罪を償う期間として、貴族の義務から離れて謹慎を命じる」
聞き終えると、静かに胸を撫で下ろす傍らにいるカイインは、神殿の最高位の司祭たちの前で、ひざまずき、顔を青ざめさせる。
「まさか……ローリア、お前、おれを……!ふ、ふざけるな!」
カイインは、信じられないというように、ローリアを睨みつけた目には、憎悪と絶望が入り混じっていたが、もうそういった感情には、心を動かされなかった。
「あなたの罪は傷つけた女性たちの数だけ、重いのです」
冷たく言い放ち、顔を背けた裁定後、ローリアとクローサは、二人で中庭を歩く。
「これで、本当に良かったのですか?」
ローリアに尋ねてきた。
「ええ。誰も傷つけられない。彼の呪縛から解き放たれました」
清々しい笑顔を浮かべた日、ローリアは、神殿の最高司祭に呼ばれた。
「ローリア様。あなたの勇気ある行動と清らかな心は、神も認められるでしょう。私たちは正式な聖女となることを、心より願っております」
最高司祭の言葉に驚きと、深い安堵感を覚えた。聖女になる、という当初の目標は、カイインへの復讐という目的へとすり替わっていたが、結果として真摯な行いが認められたことに、静かにうなずく。
「ありがとうございます。皆様の期待に応えられるよう、精一杯、努めさせていただきます」
こうして、聖女として神殿に迎え入れられることになった彼女は、カイインという不誠実な男を断ち切り、自分自身の力で未来を切り開いたのだ。隣には、共に戦ったクローサの姿があって、二人の女性は、互いの痛みを分かち合い、新たな友情を築く。
(カイイン様……あなたのおかげで、本当の強さを手に入れることができ、本当の幸せを見つけました)
晴れやかな空を見上げた。
聖女となったローリアの生活は、かつての聖女候補時代とは一変し、カイインのような不誠実な男の婚約者としてではなく神の代理人として、人前に立つことになった。立場は、多くの責任とふさわしい力を与え、最高司祭から一つの任務を言い渡される。
「不治の病に苦しむ村があります。村人たちは、長きにわたり神に祈り続けておりますが、病は一向に治る気配がありません。どうか、あなたの力で、彼らを救って差し上げてはいただけませんか」
二つ返事で任務を引き受けた。
自分の力を役立てることは、聖女を目指した、最初の最も純粋な願いだったから。
ショルショアとクローサ、数名の神殿騎士と共に村へと向えば、静まり返っていた。
活気はなく、家々はひっそりと佇み、道行く人々は皆、顔色が悪く、咳き込んでいて、広場に集まった村人たちは、ローリアの姿を見ると、希望に満ちた目で見つめてくる。
期待に応えるように、静かに祈りを捧げたものは、心の奥底にある、純粋な癒しの力を呼び覚ますもの。
光が、手から広がり、村全体を包み込めば、村人たちの顔色に、少しずつ赤みが戻り、咳き込んでいた者たちの咳が止まる。
「ああ……神よ……!」
一人の村人が、涙を流しながら叫んだら、次々と村人たちは感謝の言葉を述べ、ひざまずいたので微笑み、語りかけた。
「長い間、神を信じ、祈り続けてきたからです。力は、あなた方自身の信じる心が生んだものです」
その言葉は、村人たちの心に深く響いたそれは、彼らに力を与えるだけでなく、希望を与えたのだ。
夜、ローリアは一人、森の中で祈りを捧げていた。
村人たちを癒したにもかかわらず、彼女の心は満たされない。
(誰かのためだけに使うべきではない。この力を、カイインのような、私利私欲のために力を使う者を罰するために使うべきかもしれない)
カイインへの復讐のために、力を求めたことを思い出した時の、憎しみと怒りに満ちた感情が、再び心を揺さぶった。
自身の力が、善にも悪にもなりうることに気づき、深い葛藤を覚える。
「ローリア様」
背後から聞こえたのは、ショルショアの声で、静かにローリアの隣に座った。
「とてもお優しいお方です。力は、誰かを傷つけるためにあるのではなく、誰かを救うためにあるのです」
ショルショアの言葉に、涙をこぼした。
「私は、復讐のために、力を求めていたの。そんな私が、聖女だなんてって。おかしいから」
ローリアの言葉に、ショルショアは優しく微笑んだ。
「どんな始まりだったとしても、村の人々を救ったのは、紛れもない事実です。過去ではなく、今、これから、ローリア様がどう生きるか、それが大切なのではありませんか?」
心の靄が晴れるのを感じた。
復讐心から始まった道のりだったとしても、その道が、最終的に誰かを救う道へと繋がったことこそが、自身の力であり、聖女として進むべき道なのだ。
再び、前を向いた。
復讐心という呪縛から完全に解き放たれ、純粋に救うという使命感に満たされていた翌朝、ローリアは、村を後にした。
背中には、村人たちの感謝の言葉と、新たな希望が満ち溢れ、完全な聖女として、この世界を歩み始めるると、神殿に戻ったローリアは、自室で一息つく。
手に持った温かい紅茶の香りが、安らぎを与えてくれる。
窓の外では、陽が傾き始め、オレンジ色の光が神殿の白い壁を照らしていた。
(これで、本当に良かったのかな……?)
紅茶を一口飲むたびに、村で見た顔を思い出していた。
聖女として行ったことは、確かに村人たちを救ったが、病の根本的な原因を突き止めたわけではないし、多くの不治の病や、人々を苦しめる問題が山積している。
単に祈りという形で力を与えるだけでなく、直接的に助ける方法を模索し始めたい。
「ポーション……」
カップをソーサーに置き、静かに呟いたとき、脳裏に蘇ると多くの医学的な知識があった。
ハーブや薬草の調合、病気の原因究明。
魔法薬師は存在するが、知識はまだ、前世の医学レベルには遠く及ばないので、知識を活かせば、もっと多くの人々を救えるのではないかと考える。
立ち上がり、書棚へと向かったそこには、神殿に代々伝わる、膨大な量の魔法書や薬草に関する書物が並んでいた。
一つ一つ手に取り、ページをめくっていく内容は、単なる治療魔法や、神の奇跡に頼るものばかり。
(これじゃ、足りない。もっと、科学的な根拠に基づいたものが……)
記憶を頼りに、薬草や魔法素材を組み合わせ、効果的なポーションを生み出せないかと考えた頭の中には、様々な情報が渦巻く。
熱を加えると効果が倍増する薬草、特定の魔法と組み合わせることで、副作用を抑えられる素材。
夢中で書物を読み漁り、メモを取る。
「ローリア様、どうかなさいましたか?」
扉がノックされ、ショルショアが心配そうに顔を覗かせたので、慌ててメモを隠し、作り笑いを浮かべた。
「なんでもない。少し、新しい研究をしようと思って」
ショルショアは、ローリアの様子を不思議そうに見つめたが、それ以上は何も聞かなかった。
ショルショアが部屋を出ていくのを確認すると、再び、研究に没頭する。
(知識を、皆に役立てる)
瞳には復讐の炎ではなく、知的好奇心と、救いたいという純粋な願いの光が聖女という枠を超え、新たな革命を起こそうとしていた。
部屋の明かりは、夜遅くまで消えることはなく自身の前世の知識と魔法を組み合わせ、誰も成し遂げたことのない、画期的なポーションの作成に挑む試みは、聖女としての地位を揺るがすかもしれない、危険な賭け。
誰の目も、誰の評価も気にしていなかったし、目の前にいる人を救うために、新たな一歩を踏み出したローリアは、夜通し書物を読み漁り、数種類のポーションのレシピを考案した。
その中でも特に力を入れたのは、回復ポーション。
怪我や病気の治療には、抗生物質や鎮痛剤が不可欠だったが、この世界では聖女の癒しの力か、単なる薬草に頼るしかなかった。
ギャップを埋めるべく、薬草を組み合わせて効果的な回復ポーションを創り出そうとするため、神殿の薬草園に足を運んだ。
「おや、ローリア様。何かお探しですか?」
園丁が声をかけてきた。
「珍しい薬草を探しているの」
記憶を頼りに、あまり知られていない特定の効果を持つ薬草を探し出した。
「宵闇の雫に、朝露の葉……それに、風の嘆き」
園丁は、次々と口にする薬草の名前に、驚きを隠せないようだった。
それらは、いずれも、普通のポーションには使われない、毒性を持つ可能性もある危険な薬草だったからだ。
薬草を手に取り、自室に戻った彼女は、秘密裏に神殿の一室を借り、ポーションの調合を始めた。
ガラスのフラスコに、薬草を入れ、丁寧に火にかけていく間、自分の魔力を少しずつフラスコの中に注ぎ込んでいった。
魔法と科学の融合。
誰も試みたことのない、危険な実験の数時間後、フラスコの中で緑色の液体が完成した液体はメロンのような、甘く爽やかな香りを放っていた。
「メロン味……」
ローリアはその香りに、思わず笑みがこぼれ、完成したポーションを小瓶に詰め、一つを手に取った。
(これを、どうやって試そう?)
人体実験など、もってのほかだなと、ローリアは自らの指先に、魔法で小さな傷を作った。
血が滲むのを確認し、小瓶の蓋を開けてからポーションを傷口に垂らすと、傷口は一瞬にして塞がる。
痛みも、違和感も、全くない。
信じられない、という顔で自分の指先を見つめ、回復力は自身の癒しの魔法をはるかに上回っていることを確信する。
「……成功だ」
小瓶を握りしめ、静かに呟いた。
ポーションがあれば、どれだけの人が救えるだろうか。
病に苦しむ人、怪我を負った兵士、日々の生活の中で小さな怪我を負ってしまう、名もなき人。
ポーションは、癒しの魔法とは違い、誰にでも手軽に使える、求めていたものだった。
神殿の最高司祭に謁見を求めた。
「最高司祭様。私に、このポーションを使わせていただけませんか?」
メロン味のポーションが入った小瓶を、最高司祭に差し出せば司祭は差し出した小瓶を、不思議そうな顔で見つめた。
中身が、常識を覆すほどの力を持っていることなど、知る由もなかった差し出した小瓶を手に取る。
「これは、一体……?」
「回復ポーションです。従来のポーションとは違い、魔力を触媒に、複数の薬草を調合しました。どのような傷でも、瞬時に癒すことができます」
最高司祭は眉をひそめる。
神殿に伝わるポーションのレシピは、何百年もの間、変わっていないので、常識を覆すような発言を、にわかには信じられなかった。
「ポーションが、本当にあなたの言う通りの力を持つと証明できますか?」
頷いた瞬間、部屋にいた神殿騎士の一人が、訓練中に負った傷を最高司祭に見せた。
「司祭様、この程度の傷でしたら、証明になるかと」
最高司祭は、ローリアに小瓶を返す。
「では、お願いします」
小瓶の蓋を開け、メロンの香りが漂う液体を、騎士の傷口に垂らすと、騎士の傷は魔法のように一瞬にして消え去った。
騎士は、驚きと興奮が入り混じった顔で、自分の腕を見つめる。
「な、すごい……!本当に、一瞬で……!」
最高司祭は、目の当たりにし言葉を失った。
その間にすかさずこちらは微笑み、語りかける。
「量産が可能です。私の魔力は必要ですが、従来のポーションよりも、はるかに安価に、大量に作ることができますから」
神殿のあり方を根底から揺るがすものだった。
聖女の癒しの力は、神の奇跡であり、限られた者にしか与えられないものであるが、ポーションは、誰もが手にできる科学と魔法の結晶。
「ローリア様……あなたは、本当に、この世界の常識を変えるおつもりですか?」
司祭の言葉に頷く。
「はい。聖女になったのは、救うための知恵と力を与えてくださったのだと、信じています。このポーションは一つの形です」
深くため息をついた後、まっすぐに見つめた男。
「わかりました。あなたに、このポーションの量産を許可しましょう。しかし、これを悪用する者が現れないよう、細心の注意を払ってください。そして……」
最高司祭は、言葉を区切りローリアに問う。
「ポーションの味は、なぜ……メロンなのですか?」
質問に、クスリと笑った。
「せっかくなら、美味しい方が、飲む人も嬉しいでしょう?」
答えに、思わず顔を綻ばせた。
神聖で、厳格な聖女像とはかけ離れた、人間らしい一面に若き聖女の未来を、世界の未来に、大きな希望を感じ、こうして新たな革命を起こす。
創り出したメロン味の回復ポーションは、瞬く間に広まり、多くの命を救うことになる。
開発したメロン味の回復ポーションは、瞬く間にこの世界に広まり、効果は絶大で、兵士たちの負傷率は劇的に低下し、病気に苦しむ村々では周りも健康を取り戻していく。
功績を称えられ、救済の聖女と呼ばれるようになった頃、カイインは自身の犯した罪の代償を支払っていた。
貴族としての地位を剥奪され、謹慎を命じられた彼は栄光を失い、蔑まれる日々を送り、住む屋敷も華やかさを失い、ひっそりと静まり返っている。
ある日、カイインの元に一人の男が訪れ、男が己に仕えていた執事だったことを思い出す。
「カイイン様、お探し物が届きました」
執事が差し出したのは、一本の小瓶。
中には、淡い緑色の液体が入っている。
「これは……」
小瓶に見覚えがあった。
最高司祭に差し出した、メロン味の回復ポーションの小瓶を手に取る。
「何故、こんなものが……?」
「ローリア様が、あなたに、と」
カイインは、信じられないというように、執事の顔を見つめた。
憎しみを抱き、陥れたはずのローリアが、なぜ、自分にこんなものを?
問いに、執事は静かに答えた。
「ローリア様は、もう、あなたを恨んでいらっしゃいません。ポーションを必要とする日が来るかもしれない、と仰っていました」
言葉を理解できなかったが、意味を理解するのに、時間はかからなかった。
数日後、カイインは、道端で馬車に轢かれ、瀕死の重傷を負い、通行人たちは、カイインの悪行を知っており、誰も彼を助けようとしない。
自業自得だと笑われる。
意識が遠のく中、かろうじて手に握っていた小瓶に手を伸ばし、液体を震える手で飲み込んだ。
メロンの甘い香りが、口の中に広がると全身を温かい光が包み込み、傷口がみるみるうちに塞がっていく。
驚きと深い後悔の念に、涙を流した。
(ローリア……おれは、お前を、こんなにも傷つけたのに……なぜ、ああ!)
自分を陥れた男を、恨むのではなく、救おうとした心の広さに、カイインは、自分の愚かさを思い知らされた。
男にポーションを贈ったのは、単に彼の命を救うためだけではなく、自らの罪と向き合い、償う機会を与えるためなのだとその後、全快した後、静かに屋敷を出る。
身分を捨て、一人の人間として、ローリアが助けた村々を巡り、病に苦しむ人々を助けることに残りの人生を捧げたそれは、ローリアの清らかな心に触れ、初めて見つけた人生の目的となった。
一方、ローリアは、メロンの名で聖女としての務めを果たしながら、新しい研究にも没頭して、回復ポーションだけでなく、様々な病に対応するポーションを開発し、医療を一新させる。
その過程で、一人の優秀な研究者と出会い、共に世界をより良くしていくことを誓い合上。
復讐から始まったが、最終的には、愛と許し、救いという真の聖女の道へと繋がっていき、過去に囚われることはないまま、聖女として後の世界に、希望という名の奇跡をもたらし続けた。
⭐︎の評価をしていただければ幸いです。