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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「出来心」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/07/28


落語声劇「出来心(できごころ)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約30分


必要演者数:最低3名

      (0:0:3)

      (3:0:0)【性別準拠人数比率】

      (2:1:0)

      (1:2:0)

      (0:3:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


新米(しんまい):新米の泥棒だが、かなり間抜け。親分に見込みがないから堅気(かたぎ)にな

   れと言われる始末。でも親分の観察眼は間違(まちが)ってない。


親分(おやぶん):新米の親分。

   あくまで泥棒を続けるという男の為に、空き巣から始めろと

   あらゆるテクニックを教え込む。


八五郎(はちごろう):貧乏長屋の住人。結構(けっこう)小狡(こずる)い考えの持ち主で、

    泥棒に入られたと悟(さと)るや、五か月分溜(た)め込んでいて催促(さいそく)されてい

    る店賃(たなちん)を待ってもらう言い訳にしようと企(たくら)むが…。


男:新米の泥棒が空き巣を始めて最初に出会う人。

  明らかに挙動不審な新米泥棒を疑ってかかる。


大家(おおや):八五郎(はちごろう)の住む貧乏長屋(びんぼうながや)の大家(おおや)。

   八五郎(はちごろう)が五か月分も溜(た)め込んだ店賃(たなちん)を盗まれた(嘘)と知ったら

   払うのを待ってやろうと言い出す、懐(ふところ)の広い人。




●配役例


新米・枕:

親分・大家:

八五郎・男:




枕:商売と名のつくもので、優しいものはないと申します。

  アレぁ優しいよ、誰だってできるなんて人から見える商売でも、

  決してそうではないものです。

  これはなにも堅気(かたぎ)の仕事だけに限ったことでもないようで。


親分:おい新米(しんまい)、こっちへ入れ。


新米:へっ、どうも親分、お呼びだそうで。


親分:お呼びだそうでじゃねえよ、ええ?

   仲間が言ってるぞ。

   おめえは泥棒にむいてねえって。

   もう足洗って堅気(かたぎ)に戻した方がいいってみんなそう言うんだ。

   堅気(かたぎ)に戻れ。


新米:えぇ、そんなこと言わねえで、もう少し面倒(めんどう)見てやってもらえやせ

   んか親分。

   お願いしますよ。せっかくね、親分を慕(した)ってここへ来たんでござん

   すから。なんとかこの道で…。


親分:なんとかこの道ったっておめぇな、泥棒なんてのは人の物を盗みゃ

   それで仕事になるだろうと思う。誰だって盗みの一つや二つしねえ奴は

   ねえがな。

   ところがおめぇ、これが商売となるってと、なかなか安直(あんちょく)にいかね

   えもんなんだよ。

   泥棒ってのはおめぇみたいにその、ぼんやりしてちゃダメだんだ。

   ま、どうしてもこの道で行きたいってんなら、了見(りょうけん)入れ替えなきゃ

   ダメだ。

   今までみてえな甘っちょろい了見(りょうけん)じゃなくて、明日からと言わず、

   たった今から真面目(まじめ)な気持ちで悪事に励(はげ)むってんなら、

   まあ置いてやってもいいけどよ。

   それァそうと、おめぇ今までになんか商売したことあんのか?


新米:へい、親分聞いて下さい。

   こないだね、家尻(やじり)を切りました。


親分:ほお、家尻切(やじりぎ)りか。土蔵破(どぞうやぶ)りたぁ難しい仕事だな。

   で、どうした。


新米:へい、親分に教わった通りね、土蔵(どぞう)の土手(どて)ッ腹にてめえの身体(からだ)が

   やっと入るくらいの穴を開けやした。


親分:そうだ、あんなのに無駄に大きな穴を開けるこたぁねえ。

   それで、どうしたんだ?


新米:中へ入りましたが、どうもおかしいんですよ。


親分:なにがおかしいんだ?


新米:ええ、入ってみるってえと、辺(あた)り一面に草がぼうぼうと生(は)えてるん

   ですよ。


親分:蔵の中一面に草がぼうぼうと生(は)えてる?

   珍しい蔵だな。


新米:そうでしょ?

   あっしも珍しいなァと思ってよくよく見たら、どうも様子(ようす)がおかし

   いんです。


親分:どうおかしいんだ?


新米:大きな石がね、ゴロゴロゴロゴロしちゃってて。


親分:大きな石?


新米:ええ、ずいぶん大きな石なんですよ。

   小さいやつでもだいぶ大きいんです。


親分:ふうむ、そういう蔵があんのか。


新米:あっしもそういう蔵があんのかなァと思ってよくよく見るってと、

   どうも様子(ようす)がおかしいんですね。


親分:今度はどうおかしいんだ?


新米:ひょいっと上を見るとね、星が出てるんですよ。


親分:また妙(みょう)ちきりんな蔵だな…。


新米:妙(みょう)ちきりんでしょ?

   あっしも妙(みょう)ちきりんだなァと思ってよくよく見るってと、

   …親分の前ですがね、大笑いなんですよ。


親分:なんだその大笑いってのは。


新米:蔵だと思って入ったら、お寺の練塀(ねりべい)切り破って墓場ん中に入っちゃ

   ってたんです。


親分:そんなの蔵だか墓だか分かりそうなもんじゃねえか!


新米:それがあいにく暗くてわからなかったんです。

   星を見てから気が付きました。

   そら(空)見たことかって。


親分:何をくだらねえこと言ってんだお前は!

   そんな事を言ってる泥棒があるか、ええ!?

   おめえにゃまともな仕事は無理だ。

   だいいちお前、土蔵破(どぞうやぶ)りなんてのはな、いちばん難しいんだよ。

   しょうがねえ、俺が教えてやるからな、ひとつ空(あ)き巣(す)でも探してみ

   ろ。


新米:え?


親分:空(あ)き巣(す)を探せ。


新米:はぁはぁ、空(あ)き地(ち)を探すんですか。


親分:空(あ)き地(ち)を探してどうすんだよ。

   おめえは泥棒だろうが。

   家(うち)でも建てようってのか?

   そうじゃねえよ、人の住んでねえとこを探すんだ、いや、

   住んでねぇぁいや、住んでるけれども人のーー見ろ、おめえが

   そういう事を言うから俺まで変なのがうつっちまったじゃねえか!

   人がいるけども今いねえ、つまり、留守(るす)を探すんだよ。


新米:あぁ~、留守(るす)なら留守(るす)だってハナから言って下さいよ。

   留守(るす)ならいくらでもありそうですね。


親分:いや、そりゃいくらでもあるんだが、これがなかなか初めのうちは

   表(おもて)を見ただけじゃ区別がつかねえ。

   俺ぐらいになると、ひと目で留守(るす)かどうか分かるんだがな。

   当たりを付けるには、まず声を掛けるんだ。


新米:へ?わざわざ声を?


親分:そうだ。

   表(おもて)からごめんください、ごめんくださいとやるんだ。


新米:なるほど。


親分:それで返事があって誰か出てきたら、これァダメだ。

   もし返事が無かったら中へ入って仕事だ。


新米:返事がなけりゃ仕事にかかっていいんですね。


親分:ただな、返事がねえからって安心しちゃいけねえ。

   おめえが入れるようなとこはな、大体(だいたい)近所に出かけててすぐ戻って

   来るようなのばかりだ。

   そん時はな、泥棒ってのは慌(あわ)てねえように逃げ道てものを考えとか

   なくちゃいけねえ。

   表(おもて)から帰ってきたら裏へ、裏から帰ってきたら表(おもて)へ逃げる。

   これが肝心(かんじん)なんだ。

   万が一「どろぼォーーーーーッ!」かなんか言われて慌(あわ)てて表へ

   飛び出すとな、かえって近所の人が出て来て捕まっちまう。

   そんな事になってこりゃいけねえと思ったら、すぐ家の中に取って

   返して盗んだものを全部おっぽり出すんだ。

   そして両手をついて謝るんだ。


新米:え、えっ、せっかく盗んだのに?


親分:しょうがねえだろおめぇ。

   命には代(か)えられねえってやつだ。

   「誠に申し訳ございません。長いこと職につけずにいまして、

   家(うち)に帰ると八十になるお袋が長(なが)の患(わずら)い、十三を頭(かしら)に五人の子供がお

   ります。ほんの出来心(できごころ)からの盗みでございます。」

   とな、涙の一つもこぼして哀(あわ)れっぽく持ちかけてみろ。

   あぁそうか、出来心(できごころ)じゃ仕方がねえ、可哀想(かわいそう)にな、

   これからはもうこんなことするんじゃねえぞ、って諭(さと)されてな、

   上手(うま)くすりゃあ何がしかの銭(ぜに)もくれて逃がしてくれるって寸法(すんぽう)だ。


新米:へえぇ、銭(ぜに)をもらえるんですか?

   なんだか親分の話を聞いてるってとなんですね、盗むよりも捕まっ

   たほうが儲(もう)かるような気がしますね。


親分:いやいや、必ずくれるってわけじゃねえぞ。

   くれるかもしれねえ、だからな。


新米:あ、かもしれない、ぁそうですか…。

   じゃとにかく向こう行って、ごめんくださいって声を掛けるんです

   ね。


親分:そうだ。


新米:で、返事が無かったら中へ入って仕事すると。

   「はぁ~い」って誰か出てきちゃったら、「すいません、ほんの

   出来心からの盗みでございます」って言うと。


親分:そりゃ捕まってから言う言い訳だよ!

   いきなり顔合わせて、出来心(できごころ)からの盗みでなんて言ったら、

   てめえが泥棒だって看板ぶら下げて歩いてんのと同じじゃねえか!

   しっかりしろィ!

   そういう時にはな、とぼけて何丁目何番地はどのへんでございます

   か、なに屋(や)なに兵衛(べえ)さんのお宅はご存知(ぞんじ)ですかって聞くんだよ。

   向こうが知ってようが知らなかろうがかまわねえ。

   ありがとうございます、さようならって出てくりゃいいんだ。


新米:あ、なるほど…これァうまいですね。分かりやした。

   ぇ~じゃああの、これから行ってきやす。


親分:おう、うまくやってこい!


新米:【つぶやく】

   ぇ~、まず声かけて、返事なかったら入って仕事…。

   誰かいたら、なに屋(や)なに兵衛(べえ)さんのお宅はどのへんで、

   何丁目何番地はご存知(ぞんじ)ですかって聞いて…あれ?

   っと、この家(うち)から始めるか…。


   ごめんくだーい、ごめんくだーい。

   少々うかがいますごめんくだーい。

   少々うかがいますー。


親分:【声を落として】

   おーい…!

   隣からやるんじゃねえよ…!

   町内を離れてからやれェ…!


新米:【声を落として】

   ぁっ、へ、へい…!


   【二拍】

   このくらい離れたらいいかな…?

   ごめんください、ごめんください!


男:おい。

  そこのあんた。


新米:!ぁ、ぁっ…どうも…。


男:お前さん、そこ空(あ)き家(や)だよ。


新米:ぇっ…空(あ)き家(や)…。


男:あの、表通(おもてどお)りに酒屋あるだろ。

  そこが大家(おおや)さんだから、行って聞いてみな。

  貸(か)し家(や)探してんだろ?


新米:あ、いえ…留守(るす)さがしてます…。


男:なんだと?変な野郎だなこいつは。


新米:そ、そう見えますか…?


男:うさん臭(くせ)え野郎だ。


新米:はあ、ごもっともで…。


男:なんだとこの野郎ッ!


新米:うわわッ、ごめんなさいィッ!


   【二拍】


   なかなか難しいねこれ…留守(るす)の家(うち)なんてどこにでもあると思ってた

   けど、そうでもねえよ…難しいなァこれ。

   あれ?走った勢いでこんなとこに飛び込んで来ちまったけど…

   汚(きた)ねえ長屋(ながや)だなあこらァ。

   ははあ、貧乏長屋(びんぼうながや)かな?

   両側の軒(のき)が腐ってぶら下がってやがる。

   …あれ、いちばん奥の家(うち)が少し戸が開いてるよ。

   ちょっと行ってみようか。


   ごめんください。ごめんください。

   少々うかがいます。

   …もうちょっと開けてやろうかな…。

   ごめんください…!

   …どなたもおいでになりませんか…?

   誰もいないという事は、物騒(ぶっそう)ですよ…泥棒が入りかかってますよ…

   ?

   …こりゃぁありがてえや。

   犬も歩けば棒に当たるだ・・・。


   …あれ?なんだこの家は…空(あ)き家(や)か?

   いやそうじゃねえ。部屋の真ん中に越中(えっちゅう)ふんどしが干(ほ)してあるって

   事は、人が住んでるからなんか干(ほ)してあるって事だな。

   けど変な家(うち)だな。

   たいがい人が住んでたらなんか置いてあるもんだけどな…ちゃぶ台(だい)

   とか、茶箪笥(ちゃだんす)とか、七輪(しちりん)とかさ。

   けど、何にもねえな、この家(うち)は。

   畳(たたみ)って畳(たたみ)が全部見えるって家も珍しいよ。

   にしても汚いね…こりゃ畳(たたみ)とは言えねえな…。

   「たた」が無くなって「み」ばかりになっちゃってるよ。

   ん、なんだこりゃ。土鍋(どなべ)があるな。

   何が入ってるかな…ってああ、おじやだ。

   …食ってやろ。朝から何も食ってねえんだ。

   この縁(ふち)の欠けた茶碗(ちゃわん)にちょいとよそって…いただきましょうかね。

   ずずーっ、んむ…んむ…ずずっ、ずずーっ、んむ…んむ…。


   【しみじみと】

   うまい…うまいねこれ。

   お代わりいただこう…ってあ、あと半分しかねえや。

   一杯半てのはしみったれだね…。

   ずずっ、ずずーっ、んむ…んむ…。

   ンまいなこれェ…かつ節(ぶし)使って出汁(だし)とってるね…!


八五郎:お隣のばあさん!いま帰(けえ)ったよ!

    留守中(るすちゅう)に誰も来なかったかい?


    ああ、誰も来なかった、うん、ありがとありがとう。

    今日はもう出かけねえから。


新米:い、いけねぇ、この家(うち)のやつ帰(けえ)って来ちゃった…!

   どっどっどっどうしよう…!

   【残りのおじや全部かき込む】

   ずずっ!ずずーっ!

   【もぐもぐしながら】

   うんとね、表(おもて)から帰ってきたら裏に…ッあっ!大変だ!

   裏ぁ石垣(いしがき)で行き止まりだ!

   【慌てる】

   どっどっどうする石垣(いしがき)でびったりこっちまであぁぁダメだ逃げらん

   ねえあぁこれどうしようかなっいけねェ入ってくるあぁこれどうし

   ようかなあぁぁぁしょ、しょうがない、この台所の板上げて、

   なか入ってぬかみそ桶(おけ)の隣にこうやって…あとを閉めて…

   はあぁぁなんまんだぶなんまんだぶ…!


八五郎:あれ?誰か来たのか?

    誰も来ねえからって少し戸を開けていったら、いま盛大に開(あ)いて

    るじゃねえか。

    おや、土鍋(どなべ)の蓋(ふた)が…っあ!

    誰か俺のおじや食っちゃったのか?

    もらったのがあんまりうめえから残しといたんだよ?

    なんだよおい、人が食っちゃうくらいなら食っとけばよかったよ

    …。

    あ、ああ、あ、なんだこれ、なんだこの足跡は。

    泥の足跡いっぱい付いてるな…泥かあ……泥棒…。

    !これァ泥棒だよ…!

    さあ大変…でもなんでもねえな。

    俺の家(うち)に入ったってなんにも持ってくもんねえんだからな。

    バカな野郎だね…入るにこと欠(か)いて、俺んとこ入るこたぁねえだ

    ろ。

    他の家(うち)ならなんか持ってくもんあるだろうに、間抜けな奴だな…

    いや待てよ。これァ悪く言えませんよ。

    せっかく入った泥棒だ。こいつをただ逃(のが)す手はないね。

    大家(おおや)さんとこから店賃(たなちん)の催促(さいそく)が来てたね。

    矢のような催促(さいそく)だよ、五つも溜(た)まってんだ。


    よし、これ言い訳に使っちまおう。

    せっかく入ってくれた泥棒だ、ありがたいと思わなくちゃいけね

    ぇや。


    大家(おおや)さーーーん!

    大家(おおや)さーーーん!ちょいと出て来てくれェ!

    大変だよォーー俺んとこに泥棒が入ったんだ!

    大家(おおや)さんちょいと早く出てきてくれェー大家(おおや)さん泥棒だよ大家(おおや)さ

    んどろぼうどろぼう大家(おおや)ァーーー!


大家:誰だ、いま俺のこと泥棒大家(どろぼうおおや)っつったのは!

   いつ俺が泥棒した!


八五郎:ぁあっはは…いやどうもすいません。

    「が入った」って真ん中を取っ払(ぱら)っちゃったら、その、ね、いや、

    すいません。

    あの、大家(おおや)さん、泥棒が入りました。


大家:泥棒が入った?お前のところへか。

   何か置いて行ったか?


八五郎:いや、置いてったんじゃなくて持って行ったんですよ!

    泥棒なんですから。

    いや、大変なんですよ。あの、大家(おおや)さんのとこにね、

    溜(た)まってた店賃(たなちん)五つ、やっと払えそうだってんで持ってこうと

    思ってたら、そっくり持ってかれちまったんで。

    すいませんが、もう少し待ってもらいてえんです。


大家:おうそうか。

   そりゃ泥棒が入ったら店賃(たなちん)どころじゃねえな、うんうんうん。

   わかったよ、待ってやろう。


八五郎:あ、そうすか、待ってくれますか!

    あぁ良かった…どうも、ありがとうございます。

    じゃ、あのもう結構(けっこう)ですから、またいずれお会いいたしましょう

    。


大家:おいおい、何がまたいずれだこの野郎。

   俺はな、この長屋(ながや)の大家(おおや)だ。そういう事があったら、ちゃんと届け

   を出さなくちゃいけねえんだ。

   まずそこへ座れ。

   矢立(やたて)と紙を出して…ほれ、何を盗(と)られたか言ってみろ。


八五郎:…え?


大家:何を盗(と)られたか言ってみろ。


八五郎:い、言ってどうするんで?

    あ、あの、お上(かみ)へ持ってくんですか?

    あ~…それ持ってくとどうなるんですか、それ。


大家:どうなるってお前、そんなこといちいち聞かなくたっていいよ。

   ほれ、俺の仕事なんだから。

   いや、どうなるったってまあそうだな、泥棒が捕まった時には、

   盗まれた物がこっちへ戻って来るよ。


八五郎:あ、盗まれた物がこっちに戻って来るんですか。いいですね。

    へえぇ、いいなそれ。

    人の家で盗まれた物はこっちへ戻ってくるんですか?


大家:人の家で盗まれた物はその人の家へ戻るんだよ。

   お前の盗まれた物が、お前のとこへ戻るんだ。


八五郎:あぁそうすか。

    じゃあいいです。あっしはね、そう言うこと気にする性質(たち)じゃ

    ありませんから。


大家:そうはいかねえんだ。こっちの仕事なんだから、何を盗られたか

   言ってみろ。


八五郎:【つぶやく】

    ぇっ、ぇえ弱っちゃったなこらァ…。


    あのね、大家(おおや)さんの前ですけど、あの、あれですか。

    あの泥棒ってのは何を盗(と)るんですか?


大家:俺に聞くなよ。

   お前が盗(と)られたんだから、盗(と)られた物を片(かた)っ端(ぱし)から言ってけばいい

   んだ。俺がそれを書いてくからな。

   で、何を盗(と)られたんだ?


八五郎:いぃえそれがね、片(かた)っ端(ぱし)からったってね、いや、あの、見て下さ

    いよ。これもうそっくり盗(と)られちゃったんだ。

    もうきれーいに盗(と)られちゃうとね、もうどこに何があったかての

    を忘れちゃうくらい盗(と)られちゃってるんで。


大家:わけのわかんねえこと言ってやんな。

   まあ、俺も詳しくは知らねえが、泥棒なんてものはな、絵で見ると

   タンス開けて着物とか、あと布団(ふとん)なんかも持ってくな。


八五郎:あ、布団(ふとん)布団(ふとん)布団(ふとん)!ええ、布団(ふとん)持ってかれました!


大家:おお、布団(ふとん)か。布団(ふとん)持ってかれちゃ寝る事はできねえな。

   どんな布団(ふとん)だ?


八五郎:綿(わた)の入ってる布団(ふとん)です。


大家:あたりめぇだよそりゃ。綿(わた)の入って無い布団(ふとん)があるか。

   綿(わた)が入ってなきゃ、ただ布っ切れが二枚じゃねえか。

   綿(わた)が入って初めて布団(ふとん)てんだよ。

   表(おもて)はどうなってる?


八五郎:表(おもて)は賑(にぎ)やかですよ?


大家:長屋(ながや)の表(おもて)の事じゃないよ!

   布団(ふとん)の表(おもて)の事だよ!


八五郎:布団(ふとん)の表(おもて)…

    ぁ~…あ、大家(おおや)さんのとこにあの、干(ほ)してる布団(ふとん)があります

    よね?あの布団(ふとん)の表(おもて)は、何ですか?


大家:俺んとこのはな、表(おもて)は唐草(からくさ)だな。


八五郎:あぁそうすか、じゃあうちのとこも唐草(からくさ)ですね。


大家:ふむ、じゃあ布団(ふとん)の表(おもて)が唐草(からくさ)、と…。

   裏はどうなってる?


八五郎:裏は石垣(いしがき)で行き止まりです。


大家:お前の家(うち)じゃないよ!布団(ふとん)の裏!


八五郎:あ、布団(ふとん)の裏。

    裏はですね、大家(おおや)さんのとこでよく干(ほ)してる、

    あの布団(ふとん)はなんですか?


大家:ああ、俺のとこのはな、丈夫向(じょうぶむ)きであったかだからって、花色木綿(はないろもめん)

   だよ。寝冷(ねび)えをしないんでな。


八五郎:あ、そうなんですか。

    あっしんとこもね、丈夫向(じょうぶむ)きで、あったかだってんで、

    花色木綿(はないろもめん)です。

    …寝冷(ねび)えをしないってんで。


大家:それじゃまるっきり同じじゃねえか。


八五郎:恨みっこもないよね?


大家:別に恨んじゃいないよ!

   ぇ~、これァ敷(し)き布団(ぶとん)だな。

   掛け布団(ぶとん)はーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    えぇ掛け布団(ぶとん)も盗(と)られました。


大家:どんな掛け布団(ぶとん)だ?


八五郎:あぁあの、アレですね。

    ビードロの掛け布団(ぶとん)ですね。


大家:びいどろぉ?ビロードの事じゃねえか。


八五郎:あっ、ビロードビロード。ビロードです。


大家:で、どんな色なんだ?


八五郎:え~色はね、黒いんです。


大家:おぉ、黒のビロードか。


八五郎:えぇ、黒いんですけど立てるとこう、縁(ふち)が黒くなってましてね、

    真ん中が赤い布(きれ)になってるんで。


大家:ほぉ、おめえそいつは鏡布団(かがみぶとん)っつって乙(おつ)なモンだよ。

   へぇ…っておい、そんな乙(おつ)な布団(ふとん)がおめえの家にあったってのか?


八五郎:ぁいや、それはね、夕(ゆん)べ女郎買(じょろうか)いに行った時にそれで寝たんで。


大家:そんな夕(ゆん)べの女郎買(じょろうか)いの話はどうでもいいんだよ!

   おめえの家(うち)の布団(ふとん)の話をしてんだ!

   それでこの布団(ふとん)は何組くらい盗(と)られたんだ?


八五郎:三十六組は盗(と)られました。


大家:おいおいおい、おめえの家(うち)にそんな数の布団(ふとん)があるわけねえだろ!


八五郎:ぁ、表(おもて)の宿屋の話です。


大家:表(おもて)の宿屋はどうでもいいんだよ!おめえの家(うち)の…まぁいいや、

   二組(ふたくみ)ぐらいにしとくか、二組(ふたくみ)…と。

   で、それからどうだ、柔(やわ)らかもんか何か盗(と)られたか?


八五郎:柔(やわ)らかもん盗(と)られましたねぇ、ええ。

    おじやにおかゆに…


大家:食べ物じゃない、着る物だよ!

   羽二重(はぶたえ)とか…


八五郎:羽二重(はぶたえ)!そう!

    羽二重(はぶたえ)を盗(と)られましたよ羽二重(はぶたえ)を。

    羽二重(はぶたえ)盗(と)られてもう弱っちゃった。


大家:で、どんなやつだ?


八五郎:羽二重(はぶたえ)のね、衣紋付(えもんつ)きですね。


大家:ほう、黒紋付(くろもんつき)か?


八五郎:えぇ黒紋付(くろもんつき)。


大家:?…おめえの家(うち)に紋付(もんつき)なんてのがあったか?


八五郎:えぇあるんですよ。あの、先祖伝来(せんぞでんらい)の紋付(もんつき)がね。


大家:先祖伝来(せんぞでんらい)?

   だいいちおめえに先祖(せんぞ)なんていたのか?


八五郎:あ、ありますよ!

    あっしがいきなりオギャアと生まれてくるわけないでしょ!

    先祖(せんぞ)があって、順々に生まれてくるんですから。


大家:そりゃまそうだろうけどさ。ふぅむ、これァ驚いたな。

   ええと、羽二重(はぶたえ)の黒紋付(くろもんつき)…と。

   で、紋(もん)は?幾(いく)つくっついてんだ?

   三所紋(みところもん)か?五(いつ)ツ所紋(ところもん)か?


八五郎:ぇ、えっと…六所紋(むところもん)かな?


大家:六所紋(むところもん)!?

   なんか紋(もん)がひとつ余計(よけい)だなそれ。半端(はんぱ)じゃねえか。

   どこに付けてんだ?


八五郎:ぁー、お尻へ付けますか。

    肛紋(こうもん)(肛門)、なんて。


大家:なに下(くだ)らねえこと言ってんだよ!

   まったく…まぁいいや、五(いつ)ツ所紋(ところもん)にしておこう。

   それで、どんな紋(もん)だ?


八五郎:え?


大家:どんな紋(もん)だって聞いてんだよ。


八五郎:ぇえと雷紋(かみなりもん)(雷門)だったかな。


大家:雷紋(かみなりもん)!?そんな紋(もん)があるかよ!

   どういう形してんだ?


八五郎:え、どういう形って言われたって弱っちゃうね。

    ぇえと、こう、なんかね、こんなふうに、こんなね…あの、

    人間のお尻が三つくっついてるようなもんですね。


大家:汚(きたな)い紋(もん)だね、お前のとこの紋(もん)は。

   あ、そうか、そりゃ片喰(かたば)みってんだろうな。


八五郎:えぇ、うわばみですね。


大家:片喰(かたば)みだよ!


八五郎:ぇあぁ片喰(かたば)み片喰(かたば)み。


大家:ぇえと、片喰(かたば)み紋(もん)で…五(いつ)ツ所紋(ところもん)、黒紋付(くろもんつき)が一枚と…。


八五郎:で、裏が花色木綿(はないろもめん)と。


大家:なに?…おめえな、羽二重(はぶたえ)なんて結構(けっこう)な着物の裏に、花色木綿(はないろもめん)なん

   てくだらねえ布(きれ)を使うわけねえだろ。


八五郎:ぇぇ、でも丈夫向(じょうぶむ)きであったかい。

    寝冷(ねび)えをしない。


大家:なに言ってんだい…。

   紋付(もんつき)着て寝るバカがどこにあるんだ。


   【二拍】

   他に何か盗(と)られたか?


八五郎:あとは帯(おび)を一本、盗(と)られました。


大家:帯(おび)か、どんな帯(おび)だ?


八五郎:裸(はだか)の帯(おび)です。


大家:裸(はだか)の帯(おび)?博多(はかた)の帯(おび)じゃねえか?


八五郎:あぁそうか、博多(はかた)の帯(おび)だ博多(はかた)の帯(おび)。

    …裏が花色木綿(はないろもめん)。


大家:そんなところに花色木綿(はないろもめん)つけるかよ!


八五郎:丈夫向(じょうぶむ)きであったかい。

    …寝冷(ねび)えもしない。


大家:…何をグダグダ言ってんだい…。

   ぇー帯(おび)を一本、博多(はかた)の帯(おび)な…。

   それからどうだ、夏物(なつもの)なんか盗(と)られたか?


八五郎:夏物(なつもの)!盗(と)られましたよ!スイカにキュウリにまくわ瓜(うり)!


大家:そういう夏物(なつもの)じゃないんだよ!着る物だ。

   上布(じょうふ)かなんか盗(と)られてないか?


八五郎:ぁそうそうそう、上布(じょうふ)上布(じょうふ)!

    ぇ~とても丈夫(じょうぶ)な上布(じょうふ)で…


大家:なに言ってんだよ。

   えーと、この上布(じょうふ)は縞(しま)か、絣(かすり)か?


八五郎:ぇぇし、縞(しま)か絣(かすり)(霞)か雲か。


大家:なんだよそれは…。

   縞(しま)か?


八五郎:っそうそう島、しま、しま、…桜縞(さくらじま)(島)かな。


大家:桜縞(さくらじま)ァ?

   おめえ、そんな鹿児島みてえな縞(しま)があるかよ!

   で、大名(だいみょう)か?


八五郎:ぇっ大名(だいみょう)…。

    大名(だいみょう)までァいかないでしょう、うち辺(あた)りは。

    旗本(はたもと)かな?


大家:旗本(はたもと)ォ!?そうじゃないよ!

   縦(たて)じまのこう、細いのを大名(だいみょう)ってんだよ!

   ったくしょうがねえな…じゃ、縞(しま)の…大名(だいみょう)、と…。


八五郎:安宅(あたけ)か本間(ほんま)か。


大家:淡路(あわじ)や佐渡(さど)の大名豪族(だいみょうごうぞく)じゃないんだよ!


八五郎:え、ホンマ(本間)ですか?


大家:くだらないよ!


八五郎:で、裏が花色木綿(はないろもめん)。


大家:……あのな、夏物(なつもの)なんだよ。

   ぴらぴらしてる。

   向こうが透(す)けて見えるようなのを上布(じょうふ)ってんだ。

   そんなもんに裏地(うらじ)を付けてどうすんだよ!


八五郎:丈夫向(じょうぶむ)きであったかい。

    寝冷(ねび)えもしない。


大家:バカの一つ覚え言ってんな、ほんとに…。

   あとは何か盗(と)られたか?


八五郎:あ、あとね、そういえば刀ァ盗(と)られましたね!

    刀を一本。


大家:刀ァ!?おめえの家(うち)に刀なんかあったのか?


八五郎:あったんですよ!ええ、先祖伝来(せんぞでんらい)の刀がね!


大家:また始まりやがったな。

   えーと、それでどんな刀だ?

   長剣(ちょうけん)か、短剣(たんけん)か?


八五郎:えぇと…中剣(ちゅうけん)かな。


大家:中剣(ちゅうけん)!?

   そんな刀があるか!

   長い刀が長剣(ちょうけん)で、短い刀が短剣(たんけん)だ。


八五郎:あぁ…え、じゃあ、じゃんけん…。


大家:な、なに言ってんだよ!

   もしどっちでもないってんなら、中剣(ちゅうけん)て言い方じゃなくて、

   脇差(わきざし)ってんだよ。


八五郎:あぁそうすか!

    いやでもあっしの名前がね、八五郎の(はちごろう)八公(はちこう)ですから。

    別に忠犬(ちゅうけん)と言っても、おかしくないかなって…。


大家:…あのな、俺ァおめえの洒落(しゃれ)を聞く為にこうやってあれこれ書いて

   るんじゃないよ!

   まったく…、で、銘(めい)はあるかい?


八五郎:あ、銘(めい)ね。

    銘(めい)はないんですけどね、えー、埼玉(さいたま)に叔母(おば)さんがね。


大家:おめえの身内(みうち)を聞いてるんじゃないよ!

   刀の銘(めい)があるのかって聞いてるんだ!

   無銘(むめい)か?


八五郎:む~~…無銘(むめい)!無銘(むめい)です!

    たしかあそこにね、「むめい」って書いてありました!


大家:あのな、何か書いてあったらそれはもう無銘(むめい)とは言わねえんだよ!

   何にもないから無銘(むめい)と言うんだ。

   ぇ~…無銘(むめい)の脇差(わきざし)が一振(ひとふ)り、ねぇ…。


八五郎:裏が花色木綿(はないろもめん)。


大家:バカ野郎!

   刀に裏なんか付くか!


八五郎:丈夫向(じょうぶむ)きで、あったかい。

    寝冷(ねび)えをしない。


大家:【わざと無視して】

   さ、あと盗(と)られたのはなんだ?


八五郎:あ、あとはですね…タンスなんか盗(と)られました。


大家:なんだその、「タンスなんか」とは。

   タンスならタンスと言え。


八五郎:え、えぇタンスタンス。


大家:だいいち、おめえの家(うち)にタンスなんかあったのか?

   いっぺんだって見た事ねえんだが。


八五郎:えぇ大家(おおや)さんに見つからねえように裏の方に隠してましたんで。


大家:別に隠すこたぁねえだろ。

   で、どんなタンスなんだ?

   何(なに)でできてる?


八五郎:ぇ、き、き、き、桐(きり)ですよ。


大家:桐(きり)のタンス!

   そんな結構(けっこう)なタンスがおめえの家(うち)にあったのか?

   これァ驚いたな…。

   で、桐(きり)はどんな桐(きり)だ?

   総桐(そうぎり)か?前桐(まえぎり)か?

   それとも三方桐(さんぽうぎり)か?


八五郎:ざん切(ぎ)りかな。


大家:ざんぎりィ?

   …ま、おめえの家(うち)だから前桐(まえぎり)だろうな。

   前桐(まえぎり)のタンスが一棹(ひとさお)と。


八五郎:裏が花色木綿(はないろもめん)。丈夫向(じょうぶむ)きであったかい。

    寝冷(ねび)えをしない。


大家:おめえな…タンスに裏は付けねえよ。

   あ、タンスの覆(おお)い掛けか。


八五郎:そうそうそう覆(おお)い掛けですよ。裏が花色木綿(はないろもめん)、丈夫向(じょうぶむ)きであった

    かい。寝冷(ねび)えをーー


大家:【↑の語尾に喰い気味に】

   わかったわかった、一人でいつまでも言ってろ。


   あとはなんだ?


八五郎:え?


大家:あとは何を盗(と)られたんだ?


八五郎:えぇあの、ですからさっきも言った、大家(おおや)さんとこへ持ってこう

    と思ってた、あの、あれ、お金ですよ、お金。

    店賃(たなちん)を盗(と)られました。


大家:おぉそうだったな、店賃(たなちん)か。そうかそうか。

   そりゃあ額(がく)は大きいだろ。


八五郎:えぇ大きいすね、畳二畳敷(たたみにじょうじき)くらい。


大家:なに言ってんだい…。

   額面(がくめん)が大きいのかってんだよ。

   ぇ~店賃(たなちん)五か月分な…。


八五郎:裏が花色木綿(はないろもめん)、丈夫向(じょうぶむ)きであったかーー


大家:お札(さつ)に裏を付ける奴があるかい!バカだな。


新米:おぉいおいおいおいッ!!冗談じゃねえやこらァ!

   さっきから黙って聞いてりゃ、アレを盗(と)られたコレを盗(と)られたって

   嘘八百(うそはっぴゃく)ならべやがってよ!

   てめえの家(うち)にゃ、何にもねえじゃねえか!

   嘘ばっかりつきゃがって!


   噓つきはな、泥棒の始まりってんだこの野郎ォ!

   この大噓(おおうそ)つき!!

   とんでもねえ野郎だ!俺と一緒に奉行所(ぶぎょうしょ)へ来い!


大家:【少々あっけにとられている】

   なんだこいつは。

   いきなり縁(えん)の下から飛び出して来やがった。

   ははぁおめえはなんだな、この家(うち)へ入った泥棒だな?


新米:泥棒?冗談じゃねえやな!

   泥棒ったって、何か盗(と)りゃ泥棒だろ!

   この家(うち)は盗(と)るもんなんか何もねえんだ!

   どこ見たって盗(と)るもんなんか一つもありゃしねえじゃねえか!

   俺ァおじやを一杯半食っただけだ!


大家:おじやを一杯半食おうと半分食おうと、人のもの盗(と)ったら泥棒だろ

   この野郎ッ!

   そんなとこでえばってる奴があるか!

   そこへ座れィ!

   俺ァこの長屋(ながや)の大家(おおや)だ!


新米:えぇ!?

   【いきなりトーンダウン】

   大家(おおや)さんですか…ぁあいけね、夢中になって飛び出しち

   ゃった…あ、あのぁの、あれでございます。

   実はあっしは長(なげ)えこと失業いたしておりまして、家(うち)へ帰りますと

   十三になるお袋が長(なが)の患(わずら)いで、八十を頭(かしら)に五人の子供がおります。

   ほんの出来心(できごころ)からの盗みでございます。

   お金ください。


大家:な、なんだこいつは…!?

   そうか、どうもおかしいと思ったらおめえはなんだな、

   新米泥棒(しんまいどろぼう)だな?

   まぁたとえな、なんだろうとそうやって出来心(できごころ)だと言われちゃ、

   こっちも矛先(ほこさき)が鈍(にぶ)るよ。無理にお上(かみ)に突き出したくはねえ。

   大体(だいたい)よ、おめえみてえな奴は泥棒にむいてねえ。

   早く足を洗え。


新米:えぇみんなからそう言われます。


大家:そうだったら早く洗った方がいいやな。

   出来心(できごころ)と言われちゃあ、こりゃしょうがねえ…

   あれ?

   あれ?八公(はちこう)の野郎どこへ行きやがったんだ?

   姿が見えなくなったぞ?


   ってあッ!この野郎ッ!

   八公(はちこう)ッ、おめえが縁(えん)の下に潜(もぐ)り込んで何してんだ!

   こっちへ出て来いッ!


八五郎:へぃっ…。


    どうも、大家(おおや)さん…しばらくで。


大家:何がしばらくだバカ野郎ッ!この人を見ろ!

   たとえ嘘(うそ)にもそういう暮らしをして、それで貧しくってしょうがね

   えから出来心(できごころ)でこんな事をしてるってんだ。

   てめえはなんだって、盗(と)られもしねえのにあれ盗(と)られたこれ盗(と)られ

   たって、そんな嘘ばかり並べるんだ!


八五郎:【少々べそをかいている】

    大家(おおや)さん、これもほんの出来心(できごころ)です。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


柳家小三治(十代目)



※用語解説


・家尻(やじり)を切る

盗人が家や蔵の後ろ壁を切り開いて侵入し、盗みを働くこと。

また、その盗賊自体を指す場合もある。


・了見(りょうけん)

料簡とも書く。

思いを巡らす事、考え、思案。


・練塀(ねりべい)

土と瓦を交互に積み重ねて作られた土塀のことで、特に江戸時代では

寺社仏閣や武家屋敷などでよく見られていた。


・犬も歩けば棒に当たる

実は幸運説と災難説の二つの意味が存在している。

うろつき歩いている犬が人に棒で叩かれるという事から、

「でしゃばると思わぬ災難にあう」という、戒めの意味と、

現在では「何でもいいからやってみれば、思わぬ幸運にあう」

という事の「たとえ」としても使われているようです。


・店賃(たなちん)

お家賃のこと。


・矢立(やたて)

今で言う、筆記用具のセット。


・鏡布団(かがみぶとん)

裏布を表の方に折り返して、額縁(がくぶち)のように縫(ぬ)い上げた布団。

鏡の形に似ているところからいう。


・柔(やわ)らかもん

白い糸で白生地(しろきじ)を織ってあとから色を染めた染めの着物のこと。

呼び名の通りやわらかいのが特徴。 色無地(いろむじ)や訪問着、付け下げなどが

これにあたる。


・羽二重(はぶたえ)

平織りと呼ばれる経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交互に交差させる織り方で織られた織物の一種。

絹を用いた場合は光絹(こうきぬ)とも呼ばれる。

通常の平織りが緯糸と同じ太さの経糸1本で織るのに対し、羽二重は経糸

を細い2本にして織るため、やわらかく軽く光沢のある布となる。

織機(しょっき)の筬(おさ)の一羽に経糸を2本通すことからこの名がある。

白く風合いがとてもよいことから、和服の裏地として最高級であり、

礼装にも用いられる。

日本を代表する絹織物で『絹のよさは羽二重に始まり羽二重に終わる』と

言われる。

そりゃアニメの中で故・桂歌丸師匠が怒るわけだ。


・紋付(もんつき)

物や羽織に家紋を付けたもののことを指す。

特に礼装用の和服を指す場合が多い。

紋付は、格式を表すために用いられ、結婚式や葬儀、卒業式など、

フォーマルな場で着用される。


・黒紋付(くろもんつき)

葬儀で着る紋付で家紋が縫われている。

昔は祝い帯を締めて結婚式に出る事もあった。


・三所紋(みところもん)

背中に一つ、両胸に二つ家紋が縫われている紋付。


・五(いつ)ツ所紋(ところもん)

背中に一つ、両胸に二つ、両袖に二つ家紋の計五つが縫われている紋付。


・片喰(かたば)み紋(もん)

多年草の片喰(カタバミ、酢漿草とも書く)の葉をかたどった家紋。

片喰は夜に葉を閉じた姿が葉が食いちぎられたように見えることから

「片喰」と名付けられた。雑草として踏まれても枯れない力強い生命力

から家紋として用いられ、もっとも歴史のある家紋の一つとなる。


・花色木綿(はないろもめん)

花色と書くが、実は青色。

多くは裏地に使われる。


・上布(じょうふ)

細い麻糸(大麻と苧麻)を平織りしてできる上等な麻布 。

過去に幕府などへ献上、上納された。縞や絣模様が多く、

夏用和服に使われる。


・安宅(あたけ)

淡路の安宅氏のこと。


・本間(ほんま)

佐渡島の本間氏のこと。


・佐渡(さど)

佐渡島のこと。


・淡路(あわじ)

淡路島のこと。


・脇差(わきざし)

一般的な日本刀よりも短い日本刀のこと。

江戸時代、武士は腰に2振の日本刀を差していたが、その短い方が脇差。

打刀が使えなくなった場合の予備の武器として使用された他、武士階級

ではない町民も持つことが許されたため、江戸時代には特に多くの名刀が

作られた。


・総桐(そうぎり)

家具、特にタンスなどの主要部分が全て桐材で作られているものを指す。


・前桐(まえぎり)

タンスなどの家具で、前面の板にのみ桐材を使用し、側面や背面には

桐以外の杉などの安価な材料を用いたものを指す。

主に桐材が高価だった時代に、全体を桐材で覆うのではなくコストを抑え

るために用いられた製法。


・三方桐(さんぽうぎり)

タンスなどの前面と左右の側面を桐材で作り、その他の部分は桐以外の

材料で作られたものを指す。主に桐箪笥に見られる構造で、前面と側面を

桐にすることで、外観の美しさと桐の特性を活かしつつ、コストを抑える

ことができる製法。




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