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揺蕩う音符とシンデレラ 〜無能力者の私がなぜか貴族トップの家の次期当主に溺愛される〜  作者: 泉紫織
第2部

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セブンティーン

 11月14日。今日は琴葉の17歳の誕生日である。ラッキーなことに、休日であるため学園は休み、珀も仕事をなんとか終わらせて、デートに行くことになっていた。


 嵐の前の静けさであることくらい、ふたりともわかっている。あれから軍事会議を繰り返し、引き込める家は少しずつ引き込み、作戦を練り上げているのだから。


 そんな毎日だ、たまには娯楽を挟まなければ、息も詰まる。というわけで、音楽会のチケットをゲットしたふたりは、ホールへと向かっていた。


「音楽会なんて本当に久しぶりです」

「その……大丈夫なのか?以前行ったのは、神楽家にいた頃だろう?」

「ええ。ですが、音楽会で何かあったわけではありませんから、大丈夫です。それに……」


 心配そうな珀に、琴葉は笑顔を向ける。


「珀様と一緒なら、なんでもできますから」


 珀は、そうか、と一言だけ呟いたが、琴葉は知っている。これは照れているだけで、嬉しいと思ってくれていることを。


 誰かを喜ばせるために言葉を選ぶことなんて、珀と出会うまで知らなかった。嘘偽りのない感情を伝えるだけで、こんなにも相手が喜んでくれるだなんて。


 ああ、これを幸せと呼ぶのだ——。


 音楽会は、知名度の高い誰もが聞いたことのあるような曲から、マイナーな曲までさまざま演奏された。琴葉は厳しい音楽教育の賜物で、全曲知り尽くしていたが、やはり音楽の道を選んだプロが奏でる重厚感のある音は、心を動かされるものだ。


 弦楽器の優雅な音色、金管の存在感ある音圧、木管の優しい木漏れ日のような音の連なり、その中でもしっかりと主張するティンパニなどの打楽器の弾ける音。それらが重なってホールの壁に当たって響き渡る。耳が心地いいと言っている。


 珀は知らない曲もあったようだが、楽しんで聴いていたようだ。目を閉じている珀の横顔は、この世のものとは思えないほど美しくて、なんて素敵な空間なのだろうと思ったほどだった。


 今日が終わってしまえば、また戦に向かうピリついた空気が戻ってくるのだ。せめて今日くらいは、今くらいは、この幸せに浸らせてほしい。


 きっと珀も同じ気持ちだろうと思う。それがわかるということもまた、ともに過ごしてきた月日を感じさせて幸福を自覚する。


 能力を発動しないように気をつけながら、心の中で静かに祈った。——神様、大いなる意志よ。どうか平穏が続きますように。誰も苦しまず、誰も何も失わないようにしてください。


 音楽会が終わり、余韻に浸りながら会場の外に出る。


「本当に素敵でした……あれが重みのある音なのですね」

「ああ。素晴らしい演奏だったな」


 珀が琴葉以外を褒めることはほとんどない。その彼が「素晴らしい」と言ったのだ。きっと心の中で相当絶賛しているのだろう。琴葉にはそれがわかって、くすりと笑ってしまう。


 珀は少し恥ずかしそうにすると、気を取り直して次の場所に行こうと告げる。


 公演はお昼すぎの時間帯に行われたため、夕食にはまだ早い。というわけで、ふたりはホテルのラウンジでアフタヌーンティーを堪能することにしたのだった。


 秋は駆け足で遠ざかって行っているように感じる。貴族向けの店は、もうすでにクリスマスカラーに彩られている。


 アフタヌーンティーのメニューでも秋と冬が混ざっていた。和栗のモンブランや柿が使われている小さなタルト、アップルパイ、抹茶のムースケーキが金色のケーキスタンドに並ぶ。


 お互いの写真を撮るのも当たり前になってしまった。スマホを手にしたこともなかった時代が懐かしいくらいだ。


 珀がケーキを口に運んでいるところをパシャリ。珀が驚いてこちらを見る。


 すると、同時にSNSの通知が。


『琴葉〜!誕生日おめでとう(クラッカー、ケーキ、風船の絵文字)爆睡してて遅くなっちゃってごめん(手を合わせる絵文字)素敵な1年になりますように(流れ星の絵文字)』

 

 千広からだった。友達から誕生日を祝ってもらうのは初めてのことで、思わず顔が綻ぶ。絵文字だらけのメッセージは千広らしく、声が勝手に頭の中で再生される。


「どうかしたのか?」

「千広さんから誕生日のお祝いメッセージが来て」


 嬉しそうな琴葉を優しい顔で見つめる珀。琴葉は千広に返信すると、ケーキをゆっくりと口に運んだ。


 ——その日は本当に幸せな1日だった。隣には愛する人がいて、自分たちのデートのために、裏で奔走する人がいて、誕生日を祝ってくれる友達がいて。ずっと神楽家のメイドとして生きていくものだと思っていたあの頃とは比べものにならないほどの幸福。


 貴族の役割なんて忘れ去ってしまいたい。戦いが目の前に迫っていることなんて考える必要がない、平和な日常が続いてほしい。


 ああ、自分の神楽の力に、未来を変える力があればいいのに。琴葉は何度もそう考えてしまう。美麗の能力を間近で見てから、なおさら。絵を現実にできる能力があるのなら、未来を変える能力があってもいいじゃないか。


 でも、そんなことはできない。能力者といえど、起こってしまったこと、やってきてしまった現実に立ち向かって、そこから少しでもいい方へ戻すことしかできないのだ。


 帰りの車の中で、このまま珀とずっと一緒にいられるように願いを込めて、珀の少し冷たい無骨な手をぎゅっと握った。


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