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揺蕩う音符とシンデレラ 〜無能力者の私がなぜか貴族トップの家の次期当主に溺愛される〜  作者: 泉紫織
第2部

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ラストティーンの始まり

 8月11日の夜。珀の誕生日である12日は、珀は仕事で琴葉は実地演習があるため、誕生日デートができない。お互いに忙しい身だ。その辺りは仕方がないため、時間がある時に一緒にいるようにしている。


 日付が変わる瞬間を祝おうということになり、その夜はゆったりと二人で過ごす。メイドが用意してくれたお菓子とノンカフェインの紅茶を飲みながら、ソファで体を寄せ合うのだ。


「珀様は最近、これまで以上に忙しそうですね」

「ああ。革命の会の情報収集やら月城の探り入れやらで宝城の仕事が多い上に、最近さらに魔形が凶暴化しているからな」

「そうなのですか?」


 珀は少し遠くを見つめながら答えた。


「そうだな。手に追えないと連絡が来て俺や隼人が駆り出されるケースが増えている」

「研究は追いついていないのでしょう?」

「原因究明は未だ叶っていない」

「……困ったものですね」


 静かな沈黙が涼しい部屋に横たわる。夏だから仕方がないとはいえ、最近は暑い日が続いていて、そんな中で討伐を繰り返すのはかなり体に負担がかかっているはずだ。


「ちゃんと休みも取ってくださいね」

「家に帰ってくれば琴葉がいるから、それで休みは取れているさ」

「それは嬉しいお言葉ですが、体も休めないと……」

「琴葉、お前にも同じ言葉をそっくりそのまま返してやる」


 困ったように笑いながら珀は琴葉を見てこう言う。


「学徒動員は慣れたか?」

「ええ。千広さんと一緒ですし、攻撃チームがとても強いですから」

「その代で強い攻撃能力者と言うと……新島家の長男か」

「そうなんです!悠火様はこの間の革命の会に襲われた際も一瞬で敵を倒していらしたのですよ」

「そうか、琴葉はああいう強くて実直な男が好みなのだな」


 悲しそうに珀が言うものだから、琴葉は慌てて訂正する。


「違います!私が好きなのは珀様だけです!それに——悠火様はきっと、千広さんがお好きなのです」

「ほう。どうしてそう思った?」

「ええと……確信はありませんし、私はそういう雰囲気には疎いのですが……実地演習のたびに千広さんに近づいて話しかけているのです。千広さんには特別な気配りをしているように感じます。討伐中も千広さんに危険が及ぶとすぐに援護に入っていますね」

「若くていいな」


 珀は苦笑いする。そうなのだ、実地演習の様子を見るに、悠火は千広に好意を抱いているように思う。積極的に話しかけに行っている。千広もそれを受け入れているようだが、どう思っているのだろうか。


 会話を重ねているうちに、気づけば日付が変わろうとしていた。


「もうそろそろです、18歳にお別れを告げましょう、珀様」

「そうだな。この1年は俺も琴葉も危険な目に遭うことが多かったように感じる。明日からの1年はお互い安全に役割を果たしつつ、二人の時間を増やしていきたい」

「私もそう願っています」


 時計の針がかちりと動き、8月12日になる。


「珀様。19歳の誕生日、おめでとうございます!ラストティーンですね」

「ありがとう」

「これ、プレゼントです。受け取ってくださいますか……?」


 包装してもらったプレゼントを紙袋に入れて渡す。珀は目を見開いて驚いた。


「いいのか?」

「もちろんです」

 

 無骨な手で丁寧に包み紙を開く。そこには、先日琴葉が庶民の店で買ったカレンダー付き置き時計と保温性のマグカップが入っている。時計はすでに静かに動いていた。


「これは使い勝手が良さそうだな。両方とも普段使いできそうでありがたい」

「実は、庶民向けの商店街に出向いて探したのです。以前のデートで意外と庶民向けの商品に興味を示していらしたので……。貴族向けとは異なって、庶民向けは生活のコスパやタイパを重視するいわゆる便利グッズが多いようですね。時計にカレンダーがついているなど、考えつきもしませんでした。それに、いつも仕事中に飲まれるコーヒーが冷めてしまうとおっしゃっていたのを思い出して、保温性ならば解決できるかもしれないと思ったのです」


 もともとあまり喋るタイプではない琴葉だが、珀が喜んでくれるか不安で、早口で捲し立てる。それを珀は優しい瞳で見つめながら頷いて聞いてくれる。


「俺の普段の愚痴から考えてくれたのだな。早速使わせてもらおう。——琴葉、愛してる」


 喜んでくれているようで安心したのも束の間、珀の美しい顔が近づいてきて、柔らかい唇が降ってきた。もうキスなんて何度もしているというのに、未だに慣れない。珀の顔は整いすぎているし、柑橘系のいい匂いがする上、薄い唇は見た目よりも柔らかいのだ。それらすべてを意識してしまって思考が停止してしまう。


「……私も愛しています。喜んでいただけてよかったです」


 顔を赤くし、目を逸らして応える琴葉。


「こっちを向いて言ってくれないか」


 甘い声にびくりとする。心臓が高鳴って、溶けてしまいそうだ。


「愛しています……」


 目の前のご尊顔をしっかり見て、少し怒ったように繰り返すと、珀は満足そうにニヤリと笑った。


「私は珀様のお誕生日をお祝いしたかったのに……これでは逆ではありませんか」


 少しだけ文句を言うと、珀はまたニヤリと笑うだけで何も言わない。


 こうして、短い誕生日会は幕を閉じたのだった。カーテンの隙間から月明かりがこぼれていた。


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