星を追う者、選択する
大学には基本的に体育祭みたいなものは存在しない。それは大学入学前に聞かされていた事実であった。運動が大の苦手である俺こと山崎昴はそのことに狂喜乱舞していた。
しかし、どうやら大学にも保健体育の講義はあるらしい。しかも必修...。
前期は保健の座学のみであったが後期では実技の講義となってしまうらしい。そんな受け入れ難い現実を前にして世の運動音痴たちは絶望する...
...のが一般的な運動音痴ども。だが、俺は違う!
同じ学部の同期である男、大山魁星に恋をする俺はここで絶望なんてしない。
ピンチはチャンス!体育実技の講義であるならば、スポーツウェア姿の大山くんを堪能することができるではないか!!
「大山くんのスポーツウェアってどんな感じなんだろ...」
やっぱり半袖短パン?もう少し寒くなったらウィンドブレーカー?スポーツサングラスとかも絶対似合う!!
てかもしも大山くんとペアになっちゃったらどうしよう?
なんて妄想を膨らましながら俺は1人呟いてしまう。
「おい、昴?お前どれにするか決めた?」
と、1人妄想の世界にトリップしてしまっていた俺を現実に引き戻す声が。他学部だが、俺が所属している漫研サークルの友達、ノブの声だ。
(あぶねぇ〜、さっきの呟き聞かれてなくて良かったぁ)
「え?あぁ、ちょっとまだ決めてない」
俺は肝を冷やしながらも無難に返事をしておいた。
「せっかくだからみんなで選択合わせようぜ」
とノブが提案してくる。
そう、選択。俺は今大きな壁を前にしている。
説明すると、今回の体育の講義は少し特殊で他学部の学生と合同で行う講義になっている。その代わり、学生はテニス、サッカー、バスケ、野球の中から各々好きなスポーツを選択することができるシステムになっている。
選択期間は今週中。今日が月曜日だから今日入れて後5日以内にどのスポーツにするか決めて、希望届を担当教諭の部屋の前に置かれているボックスに提出するとのこと。
ノブの提案はみんなで楽そうな所に参加して適当に過ごしておこうという魂胆だろう。だとするとある程度個人技のテニスあたりが無難であろうか?
しかし、それでは一つ大きな問題が出てしまう。
それは、もし大山くんがテニスを選択しなかった場合、俺は大山くんのスポーツウェア姿を楽しむことも大山くんとペアになる夢もなくなってしまうということだ!!
いや、しかしせっかくノブたち他学部の友達と一緒に講義を受けるチャンスでもあるわけだが...
俺は友情と恋を天秤にかける。せっかく誘ってくれた友達と大山くんのスポーツウェア。そんなの、道は一つしかないじゃないか。
俺はそっと瞳を閉じて、大山くんの会話に聞き耳を立てる。
(コイツらは別に適当に話を合わせておいて直前で俺だけ変更すればそれで済む話。問題は大山くんのチョイスを入手すること!)
しかし、場所は他学部の学生まで入れる大教室。そんな沢山の生徒が集まる中、選択希望の話をしているのは当然我々だけではなく、部屋は喧騒に包まれていた。
(こんな状態じゃ、いつものように大山くんの話を盗み聞きするのは無理だな...)
俺はやむなく、別の方法を取るしかなかった。
水曜日
「とは言ったものの...」
俺は頭を抱えてしまっている。
水曜日になり、締切は刻一刻と迫ってきているが、俺はまだ大山くんの選択について有益な情報を何一つ得られていないし、有効な手立ても思いつかないでいる。
結局俺ができたことといえば、大山くんらの話に聞き耳を立てる通称、耳ダンボ作戦しかない。
しかし、都合よく体育の話なんてしてくれるわけもなく、彼らはテレビ番組や遊びに行った話などに花を咲かせている。
(くそ、どうすればいい?もう大山くんに直接聞くしか?いや、そんなことができるなら俺はとっくに彼をゲットできている!!)
「そういや大山、体育の選択もう決めた?」
(!!?)
それは俺が今最も欲しい言葉であった。まさに救いの手!
(ナイスだ取り巻きども!コイツらもたまには役にたつじゃないか)
しめしめと思いながら俺は大山くんの回答を今か今かと心待ちにする。
(果たして大山くんの回答は?)
「いやー、実はまだ決めてないんだよなぁ。今週ちょっと忙しくて」
ーーズコーッ!!
(そりゃないぜ大山くん!!)
俺は机に突っ伏してしまう。せっかくのチャンスだったのに...
しかし、選択科目の話の流れになったのも事実。もしかしたら待っていれば彼のチョイスが聞けるかもしれない。
(諦めるな俺!)
...と、自分を鼓舞していた矢先
「はい、こんにちはみなさん。講義を始めます」
あぁ、無情かな。せっかくの良い流れも教室に入ってきた教授によってぶった斬られてしまう。
(タイムアァップ!ゲームセット!!)
結局その日はもう体育のたの字も大山くんらの話題に上がることはなかった。
金曜日
「結局何も無いまま金曜を迎えてしまった」
まさに何の成果も得られませんでしたぁ!!
今週いっぱい頑張ってみたが、最終的に一番近づけたのが水曜の一件だなんて。
運命を呪わずにはいられない。
俺はキャンパス内の休憩スペースに腰を下ろし、自分の運の無さに絶望する。気分は燃え尽きたジョーだ。
「もう、ノブたちと同じテニスを選択してしまおうか」
うん、きっとそうだ。友達の誘いを無下にして恋を優先しようとした俺を神は許さなかったんだ。そう思うことにしよう。
俺は肩を落としながらも渋々希望届とボールペンを取り出しテニスと記入しようとする。そんな時だった、
「あ、大山くん」
なんと向こうから歩いてくるのは大山くん。遠目から見てもわかる圧倒的なガタイの良さと存在感。
しかし、大山くん手に何か持ってる?
(まさか、あれは!?)
大山くんの希望届!?
バチバチッ!バチーン!!
昴に電流走る!
それを見た瞬間、俺の脳内に最終手段の作戦が流れ込んできた。
俺は即座に立ち上がると、希望届のボックスまで走った。
(これはまさに神が垂らした蜘蛛の糸。しかし、大山くんと直接接触する危険な作戦だ)
心臓がバクバクしている。これは走っているからなのか崖っぷちの緊張感からなのかもはや分からない。
「はぁ...はぁ...ついたぞ...」
息を切らしながらも俺は段ボールで作られた簡素な希望届ボックスの前に立っていた。
「流石に歩いていた大山くんはまだ来ていないだろう」
俺は近くの物陰に潜み様子を伺う。
(息が上がって...静かに、静かにしないと...)
息を整えながら大山くんの到着を待つ。日頃から運動してないからちょっと走っただけで息が上がってしまう。
そんなことを考えていた矢先
コツ...コツ...
(誰かが階段を登ってきてる!?きっと大山くんだ!!)
ドクン!ドクン!
息は整ってきたはずなのに心臓は再び高鳴り出す
階段を登る足音の持ち主が正体を見せる。
(やはり大山くんだ)
思うが先か俺はボックスの前に早足で立つ。
タッチの差で大山くんの前に立つことに成功した。
(あとは作戦通りに...)
俺は自分の白紙の希望届をボックスに入れるフリをした後、後ろに立っている大山くんへと向き合う。
「よ、よかったら出しときますよ?」
俺は震えそうな手をなんとか抑えつつ右手を差し出す。なんなら声は少し震えてしまった。
「あ、どうも!ありがとうございます!」
大山くんは笑顔でお礼を言って、二つ折りに折り畳まれた紙を俺に渡してきた。
「それじゃ!」
大山くんは振り返り階段を降りていく。それを見送る俺。
こうして俺は、大山くんの希望届を手に入れることに成功した。
(な、なんとかうまくいった...正直不自然ではなかったろうか?)
なんて考えている暇はあまりなく、他の人が来る前に大山くんの選択科目を確認せねば。
俺は大山くんの希望届を開ける。そこには大きな文字でサッカーと書かれていた。
俺は急いで紙を閉じボックスに入れる。そして自分の希望届にもサッカーと記入してボックスに入れた。
(完璧だ。正直サッカーなんて全然できないが、大山くんさえいれば俺はなんでもいい)
ちょうどそのときガヤガヤと話しながら階段を登ってくる音が聞こえてきたため、俺はそそくさとその場を後にする。
「なんと清々しいことか」
俺は達成感と幸福感に満たされながら外に出る。思えば今週一週間短いようで長かった。
「太陽の光も俺を祝福してくれている」
俺はスキップしそうな足取りで次の講義の教室へと向かった。
次の週の月曜日。迎えた体育実技第1週目。
ヒュゥゥ!
天候は曇りだが木枯らしが吹き荒れていて寒い。しかし天候などどうでも良くなるくらい俺の心は冷え切っていた。
(どうしてこんなことに...)
俺は他の選択者と一緒にサッカーのグランドに立っていた。しかしそこに大山くんの姿は無く、ましてや当然ノブたちの姿もない。
(いや、ノブたちは俺が嘘ついたから分かるけど、なんで大山くんもいないん!?)
1人ポツンと立たされているそんな状況に俺は呆然とするしかなかった。
(大山くんは...どこ?)
俺はまとまらない思考で大山くんを探し辺りを見渡す。
今気づいたが隣はテニスコートでテニス選択者が集まっているのが分かった。
(ん?あれは...大山くん!?)
そこには遠くからでも目立つ彼の姿。見間違えるはずがない。
俺は思わずテニスコートの方に駆け寄ってしまう。
「お?なんだよ昴。サッカーやってたのかよ知らなかったわぁ」
俺が話に来たと勘違いしたノブが声をかけてくる。
「は、ははは」
ノブの声は半分しか聞き取れない。
どうして大山くんがテニスコートにいるのか分からなく頭にはてなマークが3個くらい並んでいる俺の横で、大声を出す別の声が。
「おーい!魁星!!お前が代わりに希望届出してくれたおかげで助かったわぁ!!」
と大山くんに向かって語りかける取り巻き。仮に取り巻きBとする。
その声に大山くんは親指を突き上げリアクションする。
俺は今真横で語られた真実に全身の力が抜けていくのを感じた。
(つまり、あのとき大山くんが持っていたのは取り巻きBの希望届だったということか...)
確かにあの時は選択競技を確認するのに夢中で名前までは確認していなかった。なら仕方ないか、俺が悪い...
「そんなわけねぇだろぉぉお!」
俺は思わず叫んでしまった。
「えぇー!?じゃあなんでサッカー選択したし!?」
ノブは突然発狂した俺を見てドン引きする。
ピィー!!
「はい、集合!」
その時サッカーグランドからホイッスルと教師の声。どうやらサッカーが始まるらしい。
俺は取り巻きBに恨みのこもった視線を向けながらもグランドに戻っていく。
結果的にはあのままテニスを選択していれば、ノブたちとも、大山くんとも同じ選択になり全て丸く収まっていたということであった。
「あのとき、大山くんと出会っていなければ...」
あのとき蜘蛛の糸を垂らしていたのは、どうやら神でも仏でもなくとんでもない悪魔だったようだ。
ピィー!
「試合開始!」
とうとう大山くんがいないサッカーの試合が始まってしまった。当然サッカーなどできない俺はただボールを追いかけるしかできない。
「コイツなんでサッカーできねぇのに選んだんだよ」
なんてヒソヒソ言うチームメイトの視線が痛い。
(お、俺だってこんなはずじゃ)
大山くんのユニフォーム姿、大山くんとパスを出し合う俺、大山くんとぶつかって接触する俺、そんな姿を思い描いていたというのに。なんだこれは!?ただの地獄じゃないか!!
しかし、ちょうどその時
「!、あいつしばく」
相手チームにいた取り巻きBにボールが渡る。
俺はすぐさまやつに近寄り恨みがたっぷり詰まったスライディングキックをお見舞いしてやる
(くたばれぇぇえ!!!)
「おー、なんだ根性はあんじゃん」
なんて、チームメイトに言われながらボールではなく取り巻きBを追いかけまわし、俺はサッカーを楽しんでいた。