Vol.1 妖精が降って来た!
この小説は恋愛ファンタジー小説になります。
世界観や妖精のイメージなど全てオリジナルで構成された物語です。
ハートフルで優しい物語を目指して執筆しておりますので、そこのところよろしくお願い申し上げます。
午前十二時三十分、終電に滑り込み乗車を成功させて無事に最寄の駅の改札をくぐった吉成紘(Hiro Yoshinari)は、いつものように日を跨いだ晩い時刻にライブハウスから自宅へ向かっての道のりを歩いていた。当然の事ながら人っ子一人見当たらない。薄暗い夜道を照らす灯りは、温かな家庭から照らされる団欒の灯火ではなくてパチパチと消えかけた街灯のみ。大学入学と同時にこの町に越してきて早三年――最初は不安でしかなかった暗く静かな夜の通りも、時が経てば我が家へと繋がるオアシスロードとも感じられるぐらいだ。そのオアシスロードに癒されながら今宵も家路へと歩む。
時を遡る事ニ時間前、今宵――…まぁ正確に言えば昨夜であるが、紘は“Blue Birds”のメンバーと共にステージに上がり、客の脚光を浴びながら曲を歌っていた。以前からこの日には新曲披露を予定しており、ハウス内でも宣伝は滞り無く行われていたはずだった。それにも関わらず客足は微妙で、寧ろいつもより少ないのではないかと感じられる程だった。ライブハウスのオーナーは近所で同じ時間にロックバンドの“RED SCREAM”のライブがあったからと慰めてくれた。メンバー二人も同意して、今日は早めに解散する事にしたのだ。そして今現在に至る。
「あーあ……オーナーはあんな事言って慰めてくれたけど全然納得いかないっての。クソッ!!」
大きな独り言と同時に深い溜息を零す。確かに人気ロックバンドとガチッたのは不運でしかなかったが、自分達のバンドにそれぐらいの魅力しか無かった事にモヤモヤを感じていた。所謂、“負けず嫌い”発動である。行き場の無いモヤモヤは右の拳に全集中していき、手近な塀を思いっきり殴ろうと振りかぶる。だが、寸でのところで我に返りゆっくりとその拳を引っ込めた。
「……クソ……負け犬な上に根性無しかよ。早く家帰って寝――…ぐはっ!?」
オアシスロードも今回ばかりは本領を発揮する事も叶わず、引っ込めたばかりの右拳を暫くボーっと眺め、再び一歩歩き出そうと足を前に出した。その瞬間、上着のフードに何かが落下したようなズッシリとした重みを感じ、勢いで首が一瞬締め付けられて蛙が潰れた時のような声を出してしまった。
何とか呼吸を確保した後には色々な説が頭を過ぎった。
フードの中身は隕石かもしくは星の欠片か……。『いやいや、最近観たSF映画に影響され過ぎ……俺』と自ツッコミを入れ、首を左右に振り全否定で脳内処理をする。
では、昆虫か何かか?十一月初旬に蝉やカブト虫級にデカイ昆虫なんて……考えたくない。
顎に手を添えて他には無いかと考えれば一つの結論に辿り着いた。
「鳥だ。迷った小鳥が何かの拍子に木から落ちて俺のフードに……」
そうと思えば躊躇う事もせず上着を脱ぎにかかる。しかし、それなら騒がしくてもよさそうなフード内は音一つしない静けさだった。サーッと俺の顔から血の気が引いていくのを感じる。
「もしかして……もう手遅れだったり?」
自然の生き物が動かなくなる原因は容易に想像が付いた。中を覗こうとフードに掛けた手を一度止める。覗くか止めるかを天の神様に尋ねるように空を仰ぐ。答えなど導かれるはずもなく、ゴクリと生唾を呑めば意を決して勢い良くフードを開いて覗いた。
「―――…!!」
フードの中を覗いた紘は言葉を失う。何も言わないままガバッとそのフードの被り口を閉じた。隕石や星の欠片、今の季節のカブト虫の方が余程現実的であると思わずには居られない程の強い衝撃に、暫くの間放心状態に陥ったのだった。
「いやいやいや……俺落ち込んでたし?悪い見間違えでしょ?鳥だろ……羽あったし。ほーら鳥――…じゃねーよ、やっぱ!」
自問自答を繰り返し、乱れた心音を必死で平常に保とうと試みる。心を沈め深呼吸を何度も繰り返し、もう一度フードの中を覗いてみた。だが、そこにあったのは小鳥ではなく、ましてや隕石でもカブト虫でもなくて、白い翼を持った水色の髪の小さな女の子だった。